「SaaSの代理販売」契約スキーム3類型の法的整理
大企業がSaaSを導入する際などに、そうした大企業と古くから太いパイプを有するパートナー企業が代理販売者として契約主体となるケースがあります。本記事では、このような「SaaSの代理販売」について、SaaSを運営するベンダーとユーザーとの間でどのような法律構成となっているか、3つの類型に分けて契約スキームを整理します。
SaaSの代理販売契約とは
SaaSプロダクトを販売するにあたって、多くの場合SaaS開発元では営業リソースに限りがあることから、他のパートナー企業を起用して販売活動を行わせることがあります。このようなパートナー企業の販売支援を得るために締結される契約が、代理販売契約です。
特に、大企業等にすでに食い込んでいるパートナー企業のパイプを活用できれば、SaaS企業にとって心強い存在となります。また、SaaSプロダクトはその性質上「売って終わり」ではなく、長期の利用期間中に渡ってソフトウェア提供以外の顧客サービスやクレーム対応も求められる時代となり、そうした場面で信頼関係の構築に長けたパートナー企業の存在感は、ますます高まっています。
なお、契約書のタイトルとしては
- 代理店契約書
- 販売店契約書
- ビジネスパートナー契約書
など様々なパターンがあり、名称はこれに限られません。
SaaS代理販売の法的スキーム3類型の整理
(1)代理店販売(売買)スキーム
パッケージソフトウェア・オンプレミス時代の代理店販売については、以下のような2つの契約により、パートナー企業が代理店としてソフトウェアを「販売(売買)」するという契約形態が撮られていました。
- ソフトウエア開発元→代理店に対するライセンス(サブライセンス権付き)を定義する代理店契約
- 代理店→ユーザーへのライセンス販売を定義するエンドユーザー向け販売契約
クラウド以前の時代には、パートナー企業が、専門知識を要するカスタマーサポート等の具体的サービスや、一定のカスタマイズを提供するサブベンダー的役割を果たすこともありました。ソフトウェアに不具合があった場合の責任も実態としてパートナーが負うケースも多く、このような契約形態でも問題はありませんでした。
しかし、同じソフトウェアとはいえSaaSをこれと同様の法的構成で販売しようとすると、問題が生じます。
納入後ベンダーから手を離れユーザー環境下で駆動する従来のソフトウェアとは異なり、SaaSとして役務提供されるクラウドサービスでは、ユーザーがアクセスするのはSaaSベンダーのサーバーであって、代理店であるパートナー企業の管轄外であるためです。ソフトウェアの利用環境維持に関する負担を負っていないパートナー企業が、ユーザーに対し販売者(売主)として負える責任には、おのずと限界があります。
また、エンドユーザーの個人情報等を含むユーザー情報の取得・利用・管理がSaaSベンダーの責任下で行われる点でも、上述した二つの契約で構成されると観念するのは、無理があるように思われます。
(2)業務委託(準委任)スキーム
では、実態に即した契約スキームとするには、どのような法的整理がなされるべきでしょうか。
この点、SaaSベンダーが、販売代理を行うパートナーに対し
- 営業(仲介)
- 収納代行
- 保守サポート一次対応
等を業務委託し、合わせて、ユーザーからSaaSベンダーに対しても、ソフトウェア利用申込みを行うという、二重構成の準委任契約を締結していると考えるのが自然です。
ところが、法的整理としてはこれが正しくとも、SaaSベンダーからすれば、わざわざパートナーを挟んだのにユーザーとの直接契約とあわせて2本の契約を締結・管理しなければならないというのは面倒です。さらに、パートナー企業との間でユーザーに対する対応責任が不明確になる等責任分界上も望ましくありません。
そのため、実際にこのスキームで契約を締結しようとすると、パートナー企業ごとに契約交渉から相当な手間と労力が発生します。
(3)契約上の地位提供スキーム
このように、もやもやと法的整理がなされないままSaaSというサービス提供形態が普及していく中、より現実的な法的整理を試みた文献があります。
齊藤友紀ほか『ガイドブックAI・データビジネスの契約実務〔第2版〕』102頁では、上述の代理店販売よりも業務委託と捉えた方が素直としつつ、「サブスクリプション」すなわち利用料の定期払いでサービスを利用させるという契約の本旨に重きを置いた、以下のような整理が提案されています。
一案としては(一般に言われるような)クラウドサービスの提供を受ける権利ではなく、「クラウド事業者と一定期間契約できる地位」とすることが考えられる 。具体的には、たとえば、 1ライセンスが月額1000円のクラウドサービスを、パートナーが1ライセンスつき月額200円の報酬により販売する場合を想定する(略)。ユーザーからパートナーに対しサービス利用申し込みがあった場合、①クラウド事業者からパートナーに対し、1年分のサブスクリプションが9,600円で販売され、 ②パートナーがクラウド事業者に対し、ユーザーから各月に支払いを受ける利用料金の一部を、分割払いする、と構成するのである。
確かに、このような構成であれば、
- 料金収受をメインとした窓口機能はパートナー企業が責任を負う
- サーバーによって提供されるソフトウェアの機能はSaaSベンダーが責任を負う
という実態に即した整理といえそうです。
なお、同書102頁では、このような契約スキームとして整理する場合には、
クラウド事業者とユーザとの関係においては、サービス提供料を実質的に無償とする、あるいは弁済済とする対応が必要になり、クラウドサービス利用規約の記載もこのような構成を反映して修正する必要が生じうる
と注意喚起しています。
書籍情報
ガイドブック AI・データビジネスの契約実務〔第2版〕
- 著者:齊藤 友紀 (著), 内田 誠 (著), 尾城 亮輔 (著), 松下 外 (著)
- 出版社:商事法務
- 出版年月:2022/12/13
SaaS代理販売契約の検討ポイント
パートナーに独占権を持たせるか
パートナーとしては、自社の競争力の向上のために代理販売の独占権を望む一方、SaaSベンダーとしては、独占性を与えてしまうと、そのパートナーが成果をあげない場合、SaaSプロダクトの販売全体が滞ってしまいます。こうなると、プロダクト自体の浮沈がそのパートナーの能力と一連託生となります。パートナーに独占権を与えるかは最も重要な検討ポイントです。
再委託を認めるか
一般的な業務委託契約では、委託した一部の業務の再委託が認められるケースが多いですが、SaaS代理販売契約においては、SaaSベンダーが知らない相手に第三者に自由に再委託されることは、代理販売権の切り売りを認めることにもなりかねません。パートナー企業傘下に有力な販路を持つ企業がある等の事情がないかぎり、安易に認めるべきではないでしょう。
競合プロダクトの取扱いを禁止させるか
SaaSベンダーとしては、競合するプロダクトを販売代理店が取り扱うことを制限したいと考えるのが普通です。反面、パートナー企業の立場としては、自社の顧客にとってベストなプロダクトを、いくつかの選択肢をもって提案したいと考えます。パートナーに独占権を持たせる場合は競合プロダクトの取り扱いを禁止し、非独占とする場合にはこれを認めるのが通常と考えられます。
ベンダーのプロダクト仕様変更を認めるか
意外に抜けがちな視点が、仕様変更に関する制限規定です。SaaSプロダクトは、SaaSベンダーが顧客のニーズを把握しながら、最新の技術を反映し日々ソフトウェアをアップデートできるのが特徴です。しかし、特にパートナーが複数存在する場合、自社の販売条件の前提としていた仕様が急に変更されると、自社の顧客への説明や提案との齟齬が生まれるなど、支障が生じます。一定期間の事前通知をもって仕様変更を認めるとするのが通常ですが、パートナーの立場からは合意に基づく変更とする条件を望むケースが少ありません。
末端価格で売上計上したいモチベーションが法的整理を歪めている?
このようなSaaS代理販売契約には細かな論点もありますが、やはり最も重要なのはベースとなるスキームの選択です。冒頭で確認したように、SaaS代理販売の契約には3つ法的スキームでの整理が考えられる中、(1)の代理店販売(売買)スキームはSaaS時代にもっとも適切でない契約であることは異論を待たないところでしょう。
しかし現実には、そうした法的整合性を無視するかたちで、代理店販売契約のスキームが採用されてきたケースが少ない印象があります。これには様々な理由がありますが、SaaSベンダーへの紹介手数料相当分が売上として計上されるべきところ、ユーザーに販売する末端価格の総額を売上計上したいというパートナー企業の思惑がそうさせてきたことは、法務担当者からもよく耳にするところです。
新収益基準において、そのような実態の伴わない末端価格での総額売上計上が認められなくなり、監査法人等の視線も今後ますます厳しくなっていくことが予想されますが、実際の現場ではまだ混乱も見られます。SaaSに代表されるクラウドサービスの契約において、ベンダー・ユーザー双方が留意しておくべき論点です。
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今すぐ相談この記事を書いたライター
弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部リーガルデザインチーム 橋詰卓司
弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部マーケティング部および政策企画室所属。電気通信業、人材サービス業、Webサービス業ベンチャー、スマホエンターテインメントサービス業など上場・非上場問わず大小様々な企業で法務を担当。主要な著書として、『会社議事録・契約書・登記添付書面のデジタル作成実務Q&A』(日本加除出版、2021)、『良いウェブサービスを支える 「利用規約」の作り方』(技術評論社、2019年)などがある。