契約に関する事例・判例・解説

デジタル庁はマイナポータル利用規約の「一切免責」条項をどう改定したか

デジタル庁はマイナポータル利用規約の「一切免責」条項をどう改定したか

デジタル庁が、2023年1月4日付けでマイナポータル利用規約を改定しました。しかし、そのことを知らずに改定日を迎えたユーザーも多いのではないでしょうか。本記事では、①改定後のマイナポータル利用規約が改定前と比較してどう変わったか?②改定プロセスに問題はなかったか?の2点について検証します。

デジタル庁がマイナポータル利用規約を2023年1月4日付で改定

マイナポータルとは

マイナポータルとは、マイナンバーカードに搭載された電子証明書を利用して行政手続きをオンライン上でデジタルに行ったり、行政からのお知らせを受信・確認できるサービスです。

利用にはマイナンバーカードの取得とマイナポータルの利用者登録が必要となりますが、この手続きさえ行えば、国民は完全に無料でサービスを利用することができます。

マイナポータル利用規約から「一切免責」の規定を削除し規約改定プロセスも明確化

このマイナポータルを利用するにあたっての契約条件に相当するのが「マイナポータル利用規約」です。

2022年12月28日、デジタル庁はマイナポータル利用規約変更を公表し、マイナポータルのトップページからリンクするかたちで、改定後の内容をユーザーに示しました。

修正箇所としては、「機構」→「J-LIS」などの定義語変更など細かいものを含めると100ヶ所以上におよびます。その中で法的にもっともインパクトがあったのは、マイナポータルで何か事故等が発生した際の責任を免除する「免責規定」の改定です。

改定前の旧利用規約23条では、特に限定なく「デジタル庁は一切の責任を負わない」としていたところ、改定後の24条では、「デジタル庁の故意又は重過失によるものである場合を除き」の文言が加えられました。

これとあわせて、利用規約の改定を「通知を行うことなく、いつでも同意なしに改正できる」としていた条文を、「利用者の一般の利益に適合し、又は、変更の必要性、変更後の内容の相当性その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき」のみ限定しました。

なぜいまマイナポータル利用規約の変更が必要になったのか

国民(ユーザー)からの批判が殺到したため

マイナポータルはサービスを開始してすでに5年以上経過していますが、なぜいまマイナポータル利用規約の変更が必要になったのでしょうか。

その理由の一つが、国民(ユーザー)からの批判です。特に2022年以降、健康保険証や運転免許証とマイナンバーカードを一体化する政策に反発する国民の一部から、マイナポータルの規約内容が無責任であるという批判が強まっていました。

朝日新聞は2022年11月24日付記事で、この問題を取り上げていました。

「マイナポータル、国は免責「一切負わない」規約に批判も」(朝日新聞デジタル)

マイナンバーカードで行政サービスが受けられる「マイナポータル」の利用規約に疑問の声が広がっている。利用者に損害が生じても、所管するデジタル庁が「一切の責任を負わない」とする条項があるためだ。

2023年6月施行の消費者契約法改正に対応するため

加えて、デジタル庁は明言こそしていませんが、法改正への対応という側面もあったと考えられます。

すでに現行の消費者契約法においても、消費者に一方的に不利益な免責文言は無効とされています。これに加えて、2023年6月1日付けで改正消費者契約法が施行され、免責の範囲が不明確な(免責範囲が最大限広く解釈可能と読める)条項をあえて置くことで、事業者らが本来負うべき責任を限定および最小化しようとするいわゆる「サルベージ条項」も無効とされることが明確化されたからです(関連記事:サルベージ条項規制とは?利用規約の免責条項を無効化する令和4年改正消費者契約法への対応)。

さきほど見たとおり、改定前の免責文言においても現行消費者契約法にも抵触していたおそれもあったところ、こんどの改正消費者契約法施行まで残り6ヶ月のタイムリミットを切り、デジタル庁がようやく重い腰を上げて改定に踏み切ったことがわかります。

2020年4月施行の民法定型約款規制に対応するため

また、改定プロセスに関する条文変更については、すでに施行済みの改正民法への対応をあわせて行ったものと推察されます。

改正民法の定型約款規制においては、定型約款に該当する利用規約の変更が相手方の同意なしに行うことができるのは、あくまで「契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき」(民法第548条の4)に認められることが明確化されました。

改定前のマイナポータル利用規約は、この改正民法に抵触しかねない内容を含んでいたため、改定民法の趣旨に沿うかたちで変更を行った様子が見てとれます。

マイナポータル利用規約の免責条項改定手続きに問題はなかったか

利用規約改定についての事前予告・周知は?

今回のマイナポータル利用規約の免責条項改定手続きにおいて、問題はなかったかといえば、その点には一部疑問が残ります。

まず第一のポイントが、利用規約改定についての事前予告・周知がいつからはじまったかです。これはユーザーの一人であり、仕事柄利用規約に関心が相当程度高いはずの私でも、朝日新聞報道にまったく気づきませんでした。

私がこの改定の実施について初めて知ったのは、2022年12月29日付け朝日新聞報道「マイナポータル「一切免責」改定 デジタル庁、規約へ「無責任」批判受け」がきっかけでしたが、本記事によれば、デジタル庁は12月28日からマイナポータル上で下図のように表示することで、このことを公表していたようです。

2023年1月3日時点にマイナポータルで表示されていた実際の事前予告の内容をスクリーンショットとして保存しておきましたが、筆者の知る限り、別途ユーザーへのメール等での通知、デジタル庁ウェブサイトへの掲示、官報公告等は行われていません(念のためデジタル庁に事実確認中)。

したがって、2022年12月28日から2023年1月3日までの期間にマイナポータルにアクセスしない限り、本改定の実施についてユーザーは気づけなかったことになります。

変更への同意は求めたか?

事前予告を行わず、ユーザーごとに個別に変更への同意を求めるという方法も採り得ますが、マイナポータルの場合はどうだったでしょうか。

筆者が(規約改定後の)2023年1月4日朝8:00に初めてアクセスした際には、トップページに「利用規約を改定しました」という事実報告の一文こそありましたが、リンク先は新しい利用規約の全文表示のみで、改定に関する事情説明等は特にありませんでした。

またログインのプロセスにおいても、具体的に改定後の利用規約に同意を求める手続きはありませんでした。

改正後のマイナポータル利用規約25条に沿った対応は有効か?

前述のとおり、デジタル庁は利用規約の改定手続きに関しても、今回の2023年1月4日付改定で条項を変更しています。それによれば、

  • 緊急の場合を除き、改正の効力発生日の7日前までにマイナポータルにおいて本利用規約を変更する旨及び変更後の本利用規約の内容並びにその効力発生時期を掲載し公表する
  • 本利用規約の改正後に、利用者がマイナポータルを利用するときは、利用者は改正後の利用規約に同意したものとみなされる

との条件が書き加えられています。

今回の改正はこの手続きに従ったものと思われますが、今回の改定“後”の利用規約に定めに従った(7日前にマイナポータルで予告した)からといって、改定“前”の利用規約に基づいて行われるべき今回の改定手続きの適法性を裏付けるものとならないと考えるのが素直です。

さらにいえば、改定前の利用規約は無限定にいつでも利用規約を改正できると定めており、改正民法に照らしてもその有効性が疑われる条文だったところ、デジタル庁は、もう少し丁寧な改定プロセスを踏んでもよかったのではと思わざるをえません。

利用規約に関する令和5年改正消費者契約法対応の先例として

以上、今回のマイナポータル利用規約改定手続きの顛末をまとめてみました。

一般ユーザーの目から見ると、今回のマイナポータル利用規約改定プロセスはいささか拙速な様子が見られました。しかし、令和5年改正消費者契約法の施行によるサルベージ条項規制対応を間近に控えた民間企業の立場からは、決して他人事とは思えません。

今回のデジタル庁による利用規約改定プロセスは、改正消費者契約法対応の貴重な先例となるのではないでしょうか。

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この記事を書いたライター

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弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部リーガルデザインチーム 橋詰卓司

弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部マーケティング部および政策企画室所属。電気通信業、人材サービス業、Webサービス業ベンチャー、スマホエンターテインメントサービス業など上場・非上場問わず大小様々な企業で法務を担当。主要な著書として、『会社議事録・契約書・登記添付書面のデジタル作成実務Q&A』(日本加除出版、2021)、『良いウェブサービスを支える 「利用規約」の作り方』(技術評論社、2019年)などがある。

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