契約書の原本を紛失した場合の初動対応と挽回策
契約書を紛失したときに初動対応として行うべきこと
あるはずの保管場所から契約書の原本が見当たらなくなることは、珍しいことではありません。ビジネスで契約書に関わった経験がある方なら、一度はそうした「ヒヤリハット」な経験はあるのではないでしょうか。
万が一、あなた自身が管理していたはずの契約書を紛失したときの初動対応として行うべきことを、以下順番に整理してみます。
1. 簡単にあきらめず、探し直す
なくしものすべてに通じる経験則ではありますが、自分では紛失した・見つからないと思っても、探し直すと出てくるのはよくあることです。押印済みの製本された契約書であればなおさら、社内の誰かが勝手に捨てることは、通常では考えられません。
- もう一度自分の机の上や引き出しの書類・ファイルをくまなく探す
- 自組織の書類を保管しているキャビネットも探す
ことで出てくることも少なくありませんし、片付けが下手な人が慌てて探しても見つからなかった書類が、整理整頓が得意な同僚が本人に代わって探したところすぐに発見された、というのもよくある光景です。
部署内で探しても見つからなければ、全社に呼びかけてみます。
- 会社の文書保管庫に移されていた
- 別の部署の担当者が何らかの理由で閲覧・利用していた
- (自分が保管していたはずというのは思い込みで)前任の担当者が持ったまま異動していた
といったケースもありえるためです。
2. 社内に存在する契約書の写し(コピー)を探す
探してみたものの、いよいよ社内には原本がないことがほぼ確定したとします。
この場合、次の行動に移る前に、まず社内に存在するはずの契約書の写し(コピー)を探します。写しあくまで写しであり、それがあれば解決とはなりませんが、写しの有無によって、この後とるべき挽回策も変わってくるためです。
以下、契約書の写し(コピー)が見つかる可能性が高い、主な社内捜索ポイントを挙げてみましょう。
(1)押印記録簿
押印作業を担当する法務部や総務部では、権限者に代わって押印した事実を記録するため、押印記録簿を作成していることが通例です。内部統制上の必要性から、押印規程にそうした記録の作成義務を規程に定めることが多いためです。
この押印記録簿には、その企業の方針や運用の徹底度合いにもよりますが、
- 押印日
- 押印申請者
- 押印作業者
- 押印対象書類名
- 押印箇所
といった、いつ・誰が・何に・どのようにといった情報に加えて、押印した契約書のコピーを取りファイリングして保管しているケースがあります。
なお、ここで写し(コピー)が見つかった場合でも、当事者全員の押印が完了したものではなく、自社側のみが押印した状態で保存されていることも多い点は、注意が必要です。
(2)稟議書・法務部門への社内申請書
その契約書の締結・執行に関し承認を求める稟議書や、法務部門への契約検討依頼等を捜索します。
想像のとおり、こうした社内申請書には、参考書類として添付した契約書コピーが保存されているケースがよくあるためです。
ただしこの場合、押印記録簿以上に押印が完了していない状態での写し(コピー)であることがほとんどです。それでも、何も無いよりは随分と挽回が可能になります。
(3)経理伝票
捜索ポイントとして以外に盲点なのが、経理伝票です。
その契約書に紐づく売上の計上や支払いを会社から行う際、証憑として経理の売上伝票や支払伝票に締結済み契約書の写し(コピー)を添付することをルールとしている企業は、少なくありません。
このケースでは、契約当事者全員の押印がなされた状態での写し(コピー)が発見される可能性が高くなります。
3. 電子ファイルで保存されていないか検索する
それでも押印した契約書の写し(コピー)が見つからない、となれば、次善策として、写し(コピー)に相当する電子ファイルが保存されていないか検索します。
2の(1)で挙げた押印記録簿を作成する担当部署や自部署の事務担当者が、契約書をスキャンしてPDFファイルとして保存しているケースが可能性として挙げられます。これが無い場合には、その他の主な検索先としては、以下が挙げられます。
- コンピュータのローカルドライブ
- ファイルサーバー上の共有プロジェクトフォルダ
- ワークフローシステムの添付ファイル
- 電子メールの送受信履歴
特に、案件担当者のメールの送受信履歴には、交渉最終段階の電子ファイルが残っているはずです。改変可能なWordファイルであることが多く、証拠力は落ちますが、何もないよりマシと言えます。
4. 相手方から返送されたかを確認する
そもそも紛失したというのは思い込みで、実はまだ相手方が当社分含む2通を抱えたまま返送していないだけだったというケースも、筆者は経験したことがあります。
紙の契約書のやりとりはただでさえ面倒なものですし、一度に複数の会社との契約締結をハンドリングしていると、記憶の中で取り違えてしまうケースもあるでしょう。
ただし、取引の相手方を疑うのは慎重にすべきですから、社内のすべての可能性を調べ尽くした上で、相手方に確認するようにします。
契約書の紛失を「無かったこと」にするための挽回策
特に、重要な契約書の原本を紛失したのであれば、やはり紛失状態から原状回復したいというのが人情です。
そこで、契約書の紛失を「無かったこと」にするための挽回策として取りうる手段を整理します。
a. 紛失した契約書の当社保管分を再度締結し直す
契約書を紛失したことを正直に相手方に連絡し、改めて当時合意した内容で契約書を作成のうえ、相手方にも再度押印をしてもらうことで、当社保管分を新たに作成し直すという挽回策です。
これは王道と言えば王道ですが、
- すでに相手方とのトラブルが発生している場合、交渉上不利になること
- 相手方からの契約条件の再交渉を誘発しかねないこと
がリスクとして存在することに注意してください。
なお、契約書を作成し直す行為がいわゆる「バックデート」にあたるのでは?と思ってしまう方もいらっしゃるかもしれません。
この点、もともと当時合意して締結までした契約書と同じ合意内容が書かれた契約書を作成するのであれば、当時の日付で契約書をいわば「再成」するだけであり、当時存在しなかった合意を捏造してあったことにする悪質なバックデートとは異なります。
b. 契約書の写し(コピー)を原本と同一なものとして取り扱う
契約書を再度締結しなおしてもらうのは、相手方の社内手続き的に負担が少なくないばかりか、心象もよくありません。相手方にも応じていただきやすい、もっとカジュアルな挽回策はないものでしょうか?
ここで選択肢の一つとしてとりうるのが、
・相手方が保有している契約書の写し(コピー)
・当社内で発見できた写し(コピー)
このような写し(コピー)を、原本の内容を完全に写し取った文書、すなわち「謄本」として取り扱うというものです。
民事訴訟規則(文書の提出等の方法)第143条は、訴訟上の証拠として契約書を提出する際のルールとして、
文書の提出又は送付は、原本、正本又は認証のある謄本でしなければならない。
2 裁判所は、前項の規定にかかわらず、原本の提出を命じ、又は送付をさせることができる。
と定めています。コピーの書面上に「原本と相違ないことを認める」のように記載し、契約当事者全員が押印することにより、認証のある謄本としておくことが望ましいところです。
c. 契約書の写し(コピー)のみで許容する
契約書の解釈について争われる可能性は、よほどのことがなければ極めて低いのが実情です。
特に、契約金額が低い取引であったり、継続的で良好な関係先との契約書であれば、コピーが見つかればそれで十分という考え方もあります。
契約書を紛失しない文書管理体制を構築する
以上、契約書の原本を紛失したときの初動対応と挽回策について、整理をしました。
多くのケースで契約書を紛失してもどうにかなってしまうとはいえ、相手方に失礼を承知で再押印対応を依頼する際の心労や、万が一トラブルの火に油を注ぐことを想像すれば、日頃の文書管理の大切さが理解できると思います。
紛失のリスクを避けられない紙の契約書管理から卒業し、電子契約へ移行することも含め、契約書管理のあり方について今一度点検をしておくことをお勧めします。
(文:橋詰)
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