宮川賢司『電子署名活用とDX』—商業登記電子署名のみが持つ法人代表者の権限確認機能に刮目せよ
この記事では、アンダーソン・毛利・友常法律事務所の弁護士宮川賢司先生による書籍『電子署名活用とDX』を紹介します。当事者型と事業者型の違いを理解する際に陥りがちな落とし穴や、電子署名の運用上最大のリスクともなりうる電子署名代行の実態にも鋭く踏み込んだ、ハイレベルな電子署名本です。
当事者型・事業者型の違いを理解する際の落とし穴にハマらないために
2020年9月に三省連名の「電子署名法Q&A」が発出されて3年が経とうとしている現時点でも、いまだに「認証局を介して身元確認を行う当事者型の電子署名を利用しないと、押印同等の推定効が得られない」という誤った解釈に囚われている法務担当者や取引担当者は少なくありません。
そこで、まず最初に(そうした担当者が無条件に信じている)押印が持つ3つの機能をいま一度丁寧に分解した上で、各機能ごとに電子署名に置き換えて解説をするアプローチを取ることにより、そうした誤解から抜け出せない法務パーソンを救おうとするのが、本書『電子署名活用とDX』です。
著者であるアンダーソン・毛利・友常法律事務所の弁護士宮川賢司先生は、押印の機能を
- 最終意思確認機能
- 本人確認機能
- 権限確認機能
この3つに分解し整理します。その上でこの3分類に
- 実印
- 銀行取引用の認印(銀行印)
- 担当者用の認印
といった印章の種類を掛け合わせてマトリックス化しています。こうすることで、印章の種類ごとに法的な届出制度の有無・一般的な管理実態の違いによって、印影が付された書類の安全性が異なってくることをわかりやすく視覚化できるわけです。
電子署名の有効性について正しく理解できていない担当者と会話していると、そもそも押印についての「本人確認機能」と「権限確認機能」の違いすら区別できていない(その違いに自覚的でない)ことが多いという実感があります。
そのような迷える担当者に対し、いきなり電子署名の有効性を検討するのでなく、まず押印の有効性を支える要素から丁寧に検討し、正しい理解に導くための新しいフレームワークを提示しているのが、類書にない特徴です。
商業登記電子署名を基準に民間電子署名サービスの強弱を精緻に比較
こうして押印の機能を土台として再確認した上で、本書では「商業登記電子署名」を基準点として、民間が提供する電子署名サービスの有効性・安全性の強弱を論じている点が特徴的です。
ここでいう商業登記電子署名とは、法務局が会社の代表者に対してのみ発行する商業登記に基づく電子証明書を用いた電子署名のことです。本来、押印でいう実印(代表者印)に代わる電子署名たりうるのは、この商業登記電子署名しか存在しません。なぜなら、押印機能論でいう「3 権限確認機能」について、代表者としての権限(資格)の証明を電子証明書によって公的に証明する機能は、法務省の商業登記電子署名のみに唯一認められている特権であり、法律により民間認証局には認められていないからです(関連記事:「商業登記に基づく電子認証制度」の解説—法人代表者の実印と同等の法的効力を持つ電子署名を実施する方法)。
ところがおかしなことに、当事者型を信奉する法務担当者の多くが、この商業登記電子署名と当事者型の民間電子署名の違いについて理解しておらず、盲目的に「当事者型ならとにかく安全性は最上級」と思い込んでいる実態があります。
この点、本書24ページの表でも整理されているとおり、法人については、商業登記電子署名以上に確実な権限確認機能を有する電子署名は(どんなに厳重な身元確認を行う民間認証局サービスによっても)存在しないということは、非常に重要な指摘です。
- 法人において、権限確認機能を完全に有する電子署名は(法人の代表者印と同様)法務省による代表者資格認証制度に裏付けられた商業登記電子署名のみであること
- 当事者型であっても事業者型であっても、3条電子署名の要件を備えていればこの2つの間で法的な有効性・安全性についての差異はないこと
これらを正確に理解した上で、電子署名の「強弱」を比較する必要があります。
日本特有の押印慣行が産んだ「電子署名代行」「電子署名用(共有)メールアドレス」の現実にいかに立ち向かうか
さらに本書はこうした電子署名法の解説・解釈にとどまらず、電子署名に関する実務的論点を深掘り、高みを目指します。中でも特筆すべきは、日本特有の押印慣行が産んだ「電子署名代行」「電子署名用(共有)メールアドレス」に関する問題点を指摘している86ページ以降の記述です。
紙の契約書に押印をする場合、多くの会社では、契約の重要度に応じて社内規定で定められている社内決裁を経た上で、適切な印鑑を押印しています。また、 代表印は、代表者自らではなく、社内の適切な権限を有する者が代わって押印すること(押印代行)があります。電子契約でも、電子署名名義人以外が電子署名名義人に代わって「電子署名代行書」を行いたいというニーズがあります。(P86)
本書では、このような電子署名代行の実態も受け入れるべきとする一方で、なりすましリスクを低減するために、
- 契約のリスクの重みによって電子署名アカウントを選択する
- 企業ドメインメールを利用しプライベートメールは避ける
- CCに取引関係当事者をできるだけ多く含める
- グループアドレスの利用を希望された場合はアドレス指定についての書面を相手方代表者から得ておく
といった総合証拠化アプローチ・ハイブリッドアプローチの採用を検討すべきとします。
電子署名代行・共有メールアドレス利用については、本メディアは一貫して最小限に止めておくべきという立場ですが、処理可能なリスクの範囲で現実のビジネス推進ニーズにも応えなければならない法務パーソンにとっては、本書は心強い援軍となるでしょう。
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今すぐ相談この記事を書いたライター
弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部リーガルデザインチーム 橋詰卓司
弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部マーケティング部および政策企画室所属。電気通信業、人材サービス業、Webサービス業ベンチャー、スマホエンターテインメントサービス業など上場・非上場問わず大小様々な企業で法務を担当。主要な著書として、『会社議事録・契約書・登記添付書面のデジタル作成実務Q&A』(日本加除出版、2021)、『良いウェブサービスを支える 「利用規約」の作り方』(技術評論社、2019年)などがある。
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