大阪弁護士会『知的財産契約の実務 理論と書式』—伝説の知財実務書の凱旋
本記事では、2022年5月30日発行の新刊、大阪弁護士会『知的財産契約の実務 理論と書式』を紹介します。名著と言われながら絶版になっていた伝説の書が、満を持して15年ぶりの抜本改訂。期待以上のパワーアップを遂げていました。
伝説の知財実務書が大ボリュームUPを伴って抜本改訂
特許・実用新案・意匠・商標・著作、さらには不正競争防止法が保護する営業秘密や商品形態まで、数限りない法的論点を内包した「知的財産」という実務分野。
特許権だけ・商標権だけを扱う契約書であればまだよいのですが、特・実・意・商・著作・不正競争すべてにまたがる成果物を取り扱う契約書をゼロから作らなければならない・レビューしなければならないときがあります。そうした場面に出くわしてから、それぞれの法分野について信頼のおける実務家の本を1冊1冊確認していたのでは、実務のスピードにはとても間に合いません。
そんなとき、「各法律を逐条レベルで検討しなくても、この本1冊に書いてある論点を抑えれば、少なくとも重要論点について踏み外さないで済む」という本が欲しくなります。しかし、そんな都合のよい本はなかなかない……いや、正確には大阪弁護士会『知的財産契約の理論と書式』がまさにそれだったのですが、絶版となり、長らく「知る人ぞ知る本」として、刊行後法改正が重ねられているにもかかわらず、中古市場でプレミアがつくほどでした。
そんな「伝説の書」が、実に15年ぶりに抜本改訂。しかも、3分冊となりページ数にして合計1,400ページと、前著の1.7 倍超にボリュームUPして帰ってきました。
書式要素を増やし「知財版AIK本」へと進化
肝心の内容ですが、「実務」書ではあるもののいきなりテクニック論に走ることなく、各法律について抑えるべき基礎的論点をしっかり解説した上で、それを書式へ落とし込むための具体的ノウハウを教授するという基本構成については変更はありません。
実務解説の充実度について一例をあげれば、「意匠・商標・著作編」P183以降のアサインバック契約についての解説などに、その特徴がよく現れています。後行商標の登録に関するコンセント制度(先行商標権者の同意がある場合に、類似した後行商標の登録を認める制度)が日本では認められていないために、先行商標の商標権者に後行商標の登録をしてもらったあとで、その譲渡を受ける実務がしばしばあります。
こうした手続きは、条文からはわからない、実際に手を動かしてみて初めて気づく細かな損得ポイントが多いものですが、
なお、後行商標の名義を、後行商標の使用者に戻す手続のタイミングは、商標登録後としても構わないが、登録査定後、商標登録前のタイミング(通常は、登録料納付時)で名義変更した方が、名義変更に関する印紙代が安価に済むため、登録料納付時に手続をしてしまう場合が多い(「意匠・商標・著作編」P186)
このレベルで手ほどきしてくれる書籍は、そう多くありません。
加えて、そうした実務を具体的な書式へとどう落とし込むかについて、旧版よりも具体的な記述が増えています。その進化ぶりは、契約実務解説パートにおけるサンプル条項例の多様化に顕著に現れています。各単元の冒頭でセオリーとなる「基本(条項)例」を示した上で、応用例をいくつか紹介する構成へとブラッシュアップされています。理想的な条項例だけでなく、「適切ではない条項例」も意識的に取り上げているのは特徴的です。
これらは、法務パーソンにとって欠かせない鉄板本と言われるようになった阿部・井窪・片山法律事務所『契約書作成の実務と書式』(通称「AIK本」)を意識したかのように見えます。事実、改訂版のブックタイトルには、前著になかった「書式」の文字が入っており、このタイトル変更に込めた意図を想像するに、改訂版の編集方針として、書式要素の強化をしようという強い意図が働いていたのではないかと推察します。
装丁・ブックデザインにも漂う名著のオーラ
旧版からその内容について非の打ちどころはなかった一方、装丁・ブックデザインに関してはいくつか不満があったのも事実です。
- サンプル条項例に罫囲みがついておらず、本文に埋もれて探しにくい
- ページ四方の余白多すぎもったいない(総ページ数はもっとスリム化できたのでは)
- なぜか脚注を使わず、本文内にカッコ書
- ハードカバーで耐久性はあるが、分厚さとあいまってハンドリングしにくい
しかし、改訂版ではこれらがすべて解消されました。そのおかげでより見やすく、総ページ数の増分以上に情報の密度が濃くなっています。ハードカバーからソフトな表紙にも変更されつつ、薄いビニールコーティングがかかっていて汚れにくくなるという、さりげない工夫もありました。
そして…最高にありがたかったのが、前著になかった索引が追加されたことです。近年、大部な辞書的書籍でも編集の都合で索引を端折る法律書が散見される中、これだけでも本書の価値は数倍に高まったといえます。
「先端技術・情報編」ではクラウド型電子契約についても解説あり
3分冊となった本書のうち、「先端技術・情報編」では、AIやOSSといったリーガル部門といえども深い理解が必要な技術分野に加えて、(ずばり知財そのものというわけでもない)システム保守契約・SaaS契約などの周辺領域の契約実務についても、重厚な解説がなされています。
そして、クラウドサインのようなクラウド型電子契約サービスについても、P395-398と4ページも割いて詳しく取り上げていただいていました。この分野は、執筆者に電子契約事業者サイドの顧問弁護士等が関わるケースが多く、どうしてもポジショントークになりがちです。しかし本書では、きわめて中立的というよりもむしろ批判的な立場からの分析が展開されます。電子契約サービス利用時のリスクを冷静に捉えたい企業法務の方々に参考になるでしょう。
なお念のため、同書P398には、
多くの民間企業が提供する電子契約締結サービスでは、各契約当事者の担当者のメールアドレスに紐付く形式で、その契約の締結を承認したログをその民間企業が保管するというサービスであるが、①その担当者が契約を締結する代理権を有しているか否かが不明確である、②その担当者が退職した後も、契約締結のログを確認するためにその担当者のメールアドレスを有効な状態で保持しなければならない、③その民間企業が破産した場合に契約締結を承認したログを保管し、証明できる主体が存在しなくなるといった問題がある。(「先端技術・情報編」P398)
といったリスクの指摘がありますが、契約締結の証跡保存をサーバー監査ログに依存せず、契約書PDFファイルと一体となる署名データに格納し、さらに長期署名も施した上で、ユーザーがファイルダウンロード後は弊社環境から独立して保存することができるクラウドサイン方式については、このような懸念も解消されるものと考えています。
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