電子契約入門—第9回:電子契約締結後の対応・訴訟になった場合の対応・まとめ
本連載も最終回になりました。今回は、電子契約締結後の対応として、契約書PDFファイルをどのように保管するか、また、修正・変更・契約解除の必要が生じた場合にどのように対応するか、そして訴訟等の場面でどのように証拠提出するかについて説明し、最後に、本連載のまとめとして、連載各回の概要を示したいと思います。
電子契約締結後の契約書PDFファイルの保管
(1)電子契約事業者による保存
多くの電子契約サービスでは、電子契約締結後の契約書PDFファイルは、電子契約事業者の使用するクラウド上のサーバーコンピューター上に保存されることになります。そして、契約当事者は、必要に応じて当該サーバーコンピューターにアクセスして、当該契約書PDFファイルを確認できることが通常です(契約当事者は、いつでも手元のコンピューターに、当該契約書PDFファイルをダウンロードできることとされているサービスが多いところです。)。
また、電子契約サービスによっては、電子契約締結後の契約書PDFファイル(時刻認証局(TSA)による保管タイムスタンプが付与されたもの)を、自動的に電子メールの添付ファイルとして契約当事者双方に送付するものもあります。
(2)契約当事者による独自バックアップの必要性
では、契約当事者は、電子契約締結後の契約書PDFファイルの保管について、どのように対応すべきでしょうか。
既述のとおり、電子契約締結後の契約書PDFファイルは、電子契約事業者の使用するクラウド上のサーバーコンピューター上に保存されていることから、契約当事者は、必要に応じて当該サーバーコンピューターにアクセスして、当該契約書PDFファイルを確認すればよく、これとは別に自ら当該契約書PDFファイルを保管する必要はないとも考えられます。データ消失リスクとの関係で考えても、電子契約事業者は、電子契約締結後の契約書PDFファイルを保存するサーバーコンピューターにつき、適切にバックアップを行っていることが通常ですので、これを信頼すれば足りるという考えも成り立ちうるところです。
しかし、連載第3回で言及したベンダーロックインのリスクや、連載第7回で言及した電子契約事業者の事業継続リスクも勘案して、可能であれば、契約当事者においても、契約書PDFファイルを自社サーバーコンピューター等に保存するなどして、独自にバックアップを取得しておくことが望ましいと考えます(なお、電子帳簿保存法との関係で、自社サーバーコンピューター等に保存すべき場合も考えられます。)。
(3)独自バックアップと「長期署名」との関係
上記のように契約当事者が独自にバックアップを取得しておくこととした場合には、連載第4回で説明した「長期署名」との関係に留意する必要があります。
すなわち、(連載第4回で「長期署名」に関して説明したとおり)電子署名が付与された契約書PDFファイルにつき、当初のタイムスタンプの有効期間(約10年)を経過した後も署名検証が可能となるのは、当該有効期間満了前に新たに保管タイムスタンプを付与したものに限られることになります。
多くの電子契約事業者は、電子契約サービスの内容として(あるいはオプションとして)「長期署名」のサービスを提供しているところ、ここで「長期署名」の対象となる(当初のタイムスタンプの有効期間満了前に新たに保管タイムスタンプが付与される)契約書PDFファイルは、電子契約事業者の使用するクラウドのサーバーコンピューター上に保存されている契約書PDFファイルのみであって、当然のことながら、当該電子契約サービスの利用者の手元に既にダウンロードされて存在する契約書PDFファイルには(利用者サイドで自らの手元のコンピューターに保存された契約書PDFファイルに、別途、新たなタイムスタンプの付与を行わない限りは)新たな保管タイムスタンプは付与されていないことに注意が必要です。
そのため、契約当事者が独自に契約書PDFファイルをバックアップしている場合、必要に応じて、電子契約事業者の使用するサーバーコンピューター上に保管されている契約書PDFファイルに対して新たなタイムスタンプが付与された後に、改めて(署名検証可能期間が延長された)当該契約書PDFファイルをダウンロードして、利用者の手元のコンピューターに保存するという対応を採ることも考えられます。
電子契約締結後の契約書PDFファイルの修正・変更・契約解除
「紙の契約書」による契約の場合、契約内容を修正・変更する必要があるときは、別途の合意書を作成する方法のほかに、当該「紙の契約書」に直接に字句の修正・変更を加えて訂正印を押印する方法により、修正・変更を行うことがあります。
これに対して、電子署名を用いるタイプの電子契約の場合には、電子署名を付与した後に契約書PDFファイルに修正・変更を行うことができないため、契約内容を修正・変更する必要があるときは、当該修正・変更の合意に係る新たな契約書PDFファイルを作成し、契約当事者双方が電子署名する方法を用いる必要があります。
また、契約期間中に契約当事者双方の合意により契約を解除するようなケースでは、「紙の契約書」による契約の場合には当該契約書を物理的に破棄して済ませることもできますが、電子契約の場合には契約書PDFファイルを物理的に破棄することはできないことから(そして、契約の一方当事者が手元のデータを消去したとしても、相手方当事者がデータのコピーを保存している可能性は否定できないことから)、当該契約解除の合意に係る新たな契約書PDFファイルを作成し、契約当事者双方が電子署名する方法を用いる必要があります。
訴訟等の場面でどのように証拠提出するか
(1)訴訟における通常の対応
契約書PDFファイルを民事訴訟において証拠として利用する場合、実務的には、①電磁的記録そのものをCD-R等の媒体に記録したものを証拠提出する方法のほか、②当該契約書PDFファイルを紙に印刷したものを証拠提出する方法も採り得ます。なお、後者の方法を採用した場合において、相手方当事者又は裁判所から、電磁的記録そのものを確認したいと求められたときは、電磁的記録そのものをCD-R等の媒体に記録したものを改めて証拠提出すべきことになります。
ここで、連載第5回で説明したとおり、契約書PDFファイルを民事訴訟の証拠として用いる場合には、「紙の契約書」を証拠として用いる場合と同様に、当該契約書PDFファイルについてその「成立の真正」を証明する必要があります。
もっとも、実務では、裁判所は、相手方当事者が証拠の「成立の真正」を争わない場合には、あえて当該契約書PDFファイルの「成立の真正」を証明することを(証拠を提出した側の当事者に)求めない扱いが通常です。
したがって、相手方当事者が契約書PDFファイルの「成立の真正」を争わない場合には、上記の対応で足りることになります。
なお、この場合も、利用した電子契約サービスに関する、電子契約事業者が提供する資料(電子契約サービスの内容や契約締結行為の各過程を説明した資料)がある場合には、電子契約に対する裁判所の理解を助けるために、当該資料を併せて証拠提出することが適切であると考えられます。
(2)契約書PDFファイルの成立の真正を争われた場合の対応
以上に対して、相手方当事者が契約書PDFファイルの「成立の真正」を争う場合には、(証拠を提出した側の当事者は)当該契約書PDFファイルの「成立の真正」を証明することになります。この場合、(実務的には「二段の推定」が及ぶか否かにかかわらず)①電磁的記録そのものをCD-R等の媒体に記録したものを証拠提出することに加えて、②電子署名検証画面(Adobe acrobat readerの「署名パネル」など)を印刷したものを証拠提出し、また、必要に応じて、③契約締結に至る交渉経緯等を示した記録(電子メールなどを含む)等を証拠提出することになります。
なお、連載第8回で説明したように、電子契約サービスによっては、電子契約締結の過程において用いられた電子メールアドレスが重要な意味を有する場合があり、この場合には、契約締結に用いられた相手方当事者の電子メールアドレスが実際に相手方当事者によって利用されていたものである事実を裏付ける資料も証拠提出する必要があります。そのような資料としては、例えば、①当該相手方当事者から送付された他の電子メール(電子メールアドレスの表示のあるもの)、②当該相手方当事者の電子メールアドレスの記載のある名刺、③合意書等で特定の電子メールアドレスを契約に用いる旨が合意されている場合には当該合意書等、などが考えられるところです。
(3)民事保全事件の対応
以上の記載は通常の民事訴訟についてのものであるところ、民事保全事件のうち、仮の地位を定める仮処分のように、口頭弁論又は債務者が立ち会うことのできる審尋期日を経る必要があるとされている事件の場合には、同様の対応で差し支えありません。
これに対して、仮差押命令申立事件などの民事保全事件の場合には、債務者が立ち会うことのできる審尋期日などを経ないことから、別途の考慮が必要です。すなわち、この種の事件の場合、債務者(契約の相手方当事者)に対して審尋がなされませんので、相手方当事者が契約書PDFファイルの成立の真正を争うか否かが不明な状態で、裁判所に対して電子契約に係る電磁的記録の成立の真正を疎明する必要があることになります。
この場合、実務的には、①電磁的記録(契約書PDFファイル)を紙に印刷したもの、及び、②電子署名検証画面(Adobe acrobat readerの「署名パネル」など)を印刷したものを証拠提出しておいて、債権者審尋の席上では裁判官に対して(①②に対応する電磁的記録が存在することと、相手方当事者による電子署名が付与されていることを裁判所に示す趣旨で)持ち込んだコンピューターを用いて当該契約書PDFファイルをAdobe acrobat readerなどのソフトウエアで開いて見せて、その上で「署名パネル」を画面に表示させて、相手方当事者による電子署名付与の事実を裁判官に確認して貰うという対応が考えられます。なお、前記⑴の最終段落のとおり、利用した電子契約サービスに関する、電子契約事業者が提供する資料がある場合には、電子契約に対する裁判所の理解を助けるために、当該資料も併せて証拠提出すべきことになります。
連載第7回でも言及したとおり、電子契約が証拠として裁判所に提出された民事保全事件(債権仮差押命令申立事件)は、著者が関与しただけでも複数件存在するところ(当事者署名型電子契約のケースも、事業者署名型(立会人型)電子契約のケースも、いずれも存在します。いずれも、東京地裁の保全部に申し立てた事件です。)、それらの事件では上記の対応で裁判所の理解を得ることができましたので、同様の対応で実務上も差し支えないものと考えます。
なお、迅速な対応が必要となる民事保全事件において上記の対応を超える対応をすることは適切さを欠くように思われますので、必要以上に沢山の資料や証拠を提出しない対応とすること(そして、裁判所に更なる対応を求められた場合には、上記の対応で発令に至った実例がある旨を説明すること)が妥当であると考えられるところです。
本連載のまとめ
本連載を終えるにあたって、まとめとして、連載各回の概要を以下に示します。
(1)連載第1回 「紙の契約書」の役割(前提知識その1)のまとめ
電子契約について正しく理解するためには、「紙の契約書」による契約について理解する必要があります。なぜならば、電子契約について正しく理解するためには、電子契約のリスクの所在とそのリスクのコントロール方法を正確に把握する必要があるところ、そのためには(電子契約の導入以前に一般的に利用されているところの)「紙の契約書」による契約のリスクの所在とそのリスクのコントロール方法を理解し、これと対比することが有用であるからです。
「紙の契約書」にも様々なリスクはあるところ、そのリスクは実務上受容されており、「紙の契約書」による契約は一般に利用されています。そうであれば、電子契約についても、「ゼロリスク」を求めることなく、そのリスクを受容可能といえるかを検討すべきです。
「紙の契約書」の役割は、原則として(法令に特別の定めがある場合を除いては)契約の成立要件ではなく、「証拠」です。
「紙の契約書」は、後に契約の存在や契約の内容を(契約の相手方当事者や第三者から)争われた場合における「証拠」として役立つことになります。
(2)連載第2回 「紙の契約書」に押印をする理由(前提知識その2)のまとめ
「紙の契約書」を作成するに際しては、契約当事者双方が当該「紙の契約書」に押印をすることが通常です。
このように押印をすることの理由の1つとして、押印には文書の「成立の真正」(文書がその作成名義人の意思に基づいて作成されたこと)の証明を容易にするという機能がある点が挙げられます。すなわち、「紙の契約書」を民事訴訟の場面において証拠として用いるためにはその「成立の真正」を証明する必要があるところ、「紙の契約書」に印章(主に「実印」)の押印による印影があれば、いわゆる「二段の推定」によって文書の「成立の真正」が推定されるので、その証明が容易になるという非常に便利な機能があり、それゆえに押印をするのです。
もっとも、「二段の推定」には限界がありますので、これに頼りすぎてはならず、当該文書以外の証拠によって文書の「成立の真正」を証明できるように、予め必要な証拠を揃えておくべきです。
(3)連載第3回 電子契約とは何かのまとめ
電子契約の定義に(一般的な定義といえるような)確立したものがある訳ではありませんが、本連載では広く「書面ではなく電磁的記録のみによって締結する契約」を意味することとします。
このような電子契約は、多種多様なものを含んでおり、(電子契約に用いられることの多い重要な技術の1つである「電子署名」に着目して大別すると)Ⓐ電子署名を用いないタイプの電子契約と、Ⓑ電子署名を用いるタイプの電子契約に分けられます。
最近利用の広がりが見られるのはⒷ電子署名を用いるタイプの電子契約であり、これはさらに①当事者署名型電子契約と②事業者署名型(立会人型)電子契約に分けられ、②のバリエーションとして、2020年に相次いで示された行政見解を踏まえて、「二段の推定」が及ぶように設計された電子契約サービスもあります(著者はこれを「当事者指示型電子契約」と呼んでいます。)。
従来の「紙の契約書」による契約と比較した場合の、電子契約一般のメリットとして、主に、①非対面での契約手続が容易であること、②契約締結作業効率が向上すること、③印紙代が削減されること、④文書管理・保管が容易であり、コストも低減できること、などが挙げられます。一方で、デメリットとして、「コンピューター」と「インターネット」を利用できない者は電子契約を利用できないことや、電子契約の具体的な内容が様々であることに伴う「分かりにくさ」が挙げられます。
(4)連載第4回 電子署名とは何かのまとめ
電子署名とは、電磁的記録に付与される、電子的なデータであり、「紙の契約書」における印影や署名に相当する役割を果たすものをいいます。この「データ」の意味での電子署名(電子署名データ)とは別に、電磁的記録に対して電子署名データを付与する行為(電子署名行為)を電子署名ということもあります。
上記の電子署名を「広義の電子署名」というとすれば、その中に「2条電子署名」(電子署名法2条1項の定める「電子署名」に該当するもの)が含まれ、その中に3条電子署名(電子署名法3条の要件を満たし、3条推定効が認められるもの)が含まれる、という関係にあります。
電子署名の定義に当てはまるものは様々考えられますが、現在実用に供されている電子署名のほとんどは、公開鍵暗号方式の応用による「デジタル署名」ですので、厳密さを犠牲にすれば、「電子署名」=「デジタル署名」と考えておけば良いことになります。
デジタル署名の作成と検証の概要は以下のとおりです。
まず、契約の一方当事者が、コンピューターを用いて、契約のために作成された電磁的記録(契約書PDFファイル)に対して電子署名を付与する行為(電子署名行為)をすると、一定のプログラムにより「特殊なデータ」であるデジタル署名(電子署名データ)が作成され、契約書PDFファイルに埋め込まれます。そして、その際、デジタル署名(電子署名データ)の検証(署名検証)に用いられる「電子証明書」のデータも契約書PDFファイルに付加されます。
その上で、契約の一方当事者は、デジタル署名(電子署名データ)が埋め込まれた契約書PDFファイル(と電子証明書)を、電磁的方法により、契約の相手方当事者に送信します。
契約の相手方当事者は、コンピューターを用いて、デジタル署名(電子署名データ)が埋め込まれた契約書PDFファイルをAdobe acrobat readerなどのソフトウエアで開きます。そうすると、ソフトウエアによって自動的に「署名検証」作業が行われ、①誰が(いつ)当該契約書PDFファイルに電子署名を付与したのか、そして、②電子署名付与後に当該契約書PDFファイルが変更(改ざん)されていないかを確認することができます。
そして、契約の相手方当事者も当該契約書PDFファイルに対して電子署名を付与する場合には、(当事者を入れ替えて)上記と同じ手順が踏まれることとなります。
上記のとおり、デジタル署名には、その署名検証を行うことを通じて、①署名者特定機能(デジタル署名を付与した主体が、確かに電子証明書に記載された本人であることを確認することができる機能)と、②改ざん防止機能(デジタル署名が付与された元のメッセージが、当該デジタル署名の付与時以降において変更ないし改ざんされているか否かを確認することができる機能)が認められます。
なお、電子署名の署名検証に用いられる「電子証明書」には有効期限(最長5年)がありますので、電子署名と「タイムスタンプ」という技術を組み合わせ、更に一定期間経過後に改めて「タイムスタンプ」を付与することにより署名検証可能な期間を延長させる「長期署名」という技術もあります。
(5)連載第5回 電子契約の証拠としての利用のまとめ
民事訴訟のルール上、電子契約は当然に民事訴訟における証拠となり得ますが、証拠として用いる場合には、「紙の契約書」の場合と同様に、契約書PDFファイルの「成立の真正」を立証する必要があります。
電子署名を用いるタイプの電子契約について、上記の立証に際して「二段の推定」が及ぶか否かは、電子契約の種類によって異なると考えられ、①当事者署名型電子契約(ローカル署名型)については「二段の推定」が及ぶと一般的に考えられており、②当事者署名型電子契約(リモート署名型)についても「二段の推定」が及ぶと有力に主張されており、③事業者署名型(立会人型)電子契約については「二段の推定」は及ばないと解されており、④当事者指示型電子契約については「二段の推定」が及ぶと解されている(その旨の行政見解が示されている)という違いがあります。
「二段の推定」が及ばない場合には、契約書PDFファイルの成立の真正を当該電磁的記録以外の証拠によって証明する必要があり、例えば、契約締結に至る交渉経緯を示した議事録やメモ、電子メールの内容などから、そのような内容の契約を当該契約書PDFファイルによって締結したことが合理的であることを証明する方法などが考えられます。
(6)連載第6回 電子署名を用いるタイプの電子契約の利用方法のまとめ
当事者署名型電子契約や当事者指示型電子契約には、「二段の推定」が及ぶ(と解されている)というメリットがあります。しかし、当事者署名型電子契約には、契約の双方当事者が電子証明書(とこれに対応する署名鍵)を取得し、維持する必要があるという負担のデメリットがあり、また、当事者指示型電子契約には電子契約システムにログインする際に2要素認証を経る必要があるなどの手間がかかるというデメリットがあります。
これに対して、事業者署名型(立会人型)電子契約は、契約の双方当事者において電子証明書(とこれに対応する署名鍵)を取得・維持する必要がないため、導入及び継続が容易であり、また、電子契約システムにログインする際に2要素認証を経る必要がないために手間がかからない、というメリットがあります(また、電子契約サービス利用時の費用面でも有利であることが通常です。)。しかし、「二段の推定」が及ばないため、電子契約の「成立の真正」を契約の相手方当事者から争われた場合には、「二段の推定」を用いることなく「成立の真正」を立証しなければならない負担があるというデメリットがあります。
以上を踏まえると、いずれの種類の電子契約を利用するか(あるいは使い分け)を検討する際の着目点は、「二段の推定」との関係をどの程度重視すべきか、であると考えられます。
契約の相手方当事者の本人確認が十分に行われており、当該電子契約外の事情などから相手方当事者が契約書PDFファイルの「成立の真正」を争うことが想定されがたいといえる場合であれば、電子契約の利用において、「二段の推定」との関係をそれほど重視する必要はなく、事業者署名型(立会人型)電子契約の利用が可能であると考えられます。
(7)連載第7回 どの契約を電子化するか・どの電子契約サービスを利用するかのまとめ
契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除いては、書面の作成その他の方式を具備することを要しないとされているため(民法522条2項参照)、契約締結の方法として、「紙の契約書」による契約と同様に、様々な契約類型において、広く電子契約を利用できることが原則といえます。
例外は、上記のとおり「法令に特別の定めがある場合」であり、現時点では電子契約を用いることができない契約類型のリストや、相手方の承諾を得ること等を条件として電子契約を利用できる契約類型のリストを見ながら判断する必要があります。
なお、実務的には、事務過誤をできるだけ抑制する観点から、(少なくとも社内の実務担当者が電子契約サービスの利用に習熟するまでの間は)各社の社内ルールにおいて「この類型の契約(や書面)は電子契約サービスの利用は可」と規定する、「ポジティブリスト」方式の運用の方が無難であると思われます。
どの方式の電子契約サービスを採用するかを選択した後には、具体的にどの電子契約事業者の提供する電子契約サービスを導入するかを選定する必要があります。
具体的な電子契約サービスの選定に際しては、①電子契約サービスに求める機能と②利用料金の多寡などを考慮して、いくつかの候補に絞り込み、それらの候補となる電子契約サービスを提供する電子契約事業者に連絡して、(試用が可能であれば)試用してみることを通じて、③使い勝手の善し悪し等を検討する、というステップを経ることになると思われます。
また、電子契約サービスの内容や仕組みを取引先や裁判所に説明する場面を想定して、その説明のために必要な情報を容易に入手できるかという点、電子契約事業者の事業の継続性という観点における信頼性という点、電子契約事業者が弁護士法との関係で問題の生じ得るサービスを提供していないかという点、なども考慮すべきです。
現時点では、電子契約について契約の締結・成立それ自体が争われた判例・裁判例は(先例としての価値が限定的であると思われる事件を除いては)確認できていないところです。もっとも、そのような事例が生じることも時間の問題と思われ、また、電子契約が証拠として裁判所に提出された民事保全事件(債権仮差押命令申立事件)は、著者が関与しただけでも、複数件存在します(当事者署名型電子契約のケースも、事業者署名型(立会人型)のケースも、いずれも存在します。)。
(8)連載第8回 電子契約利用時の留意点のまとめ
取引相手に応じた電子契約の利用という観点から、BtoB取引とBtoC取引の性質の違いを踏まえて、どの方式の電子契約を選択するかを検討すべきことになります。一般に、BtoB取引の場合には、事業者署名型(立会人型)電子契約の利用を選択し得るケースが多いと考えられます。一方で、BtoC取引の場合には、本人確認につき問題が生じないと思われる場合には事業者署名型(立会人型)電子契約の利用を選択し、それ以外の場合(相手方当事者の本人確認につき、第三者機関としての認証局の助力を得ることが妥当と考えられる場合)には当事者署名型電子契約の利用を選択するなど、適切な使い分けが必要であると考えられるところです。
電子契約サービスを利用する際に、契約の相手方当事者の電子メールアドレスが重要な役割を果たすことが多いので、契約の相手方当事者が利用する電子メールアドレスが真に当該人物の電子メールアドレスであるかという点を慎重に確認することが必要です。
電子署名行為の代行とは、契約締結権限を有する法人の代表者が、契約締結権限を従業員等の第三者に委任することなく、事実行為としての電子署名行為(電子契約締結行為)のみを従業員等の第三者に代行させる場合をいいます。
当事者署名型電子契約を利用する場合には、電子署名行為を第三者に代行させようとすると、本来的に他人に使わせることが想定されておらず厳重に管理すべきとされる署名鍵を当該第三者に利用させる行為を伴うことから、(通常は電子契約サービスの利用規約等においても規定されているところの)署名鍵の秘密保管義務に違反してしまうという問題があります。
これに対して、事業者署名型(立会人型)電子契約を利用する場合には、代表者の署名鍵を第三者に利用させる行為を伴わないため、電子契約サービスの利用規約や当事者間の合意において禁止されていない限り、第三者(総務部の従業員など)に電子署名行為(正確にいえば、電子署名を付与するよう電子契約事業者に求める行為)を代行させることは可能であると考えられます。
契約書PDFファイルの記載内容は、基本的に「紙の契約書」による契約の場合と同様で差し支えありませんが、「紙の契約書」の署名欄の前に通常記載される「本契約の成立を証するため、本書2通を作成し、甲乙双方が署名または記名押印した上で、甲乙それぞれが各1通を保管する。」といった記載は、契約書PDFファイルの場合には、書面がないことや、署名や記名押印がなされないことから、必要な記載調整を行うべきことになります。
「バックデート」の議論は、「紙の契約書」による契約の場合でも許されるような「バックデート」であれば、電子契約についても可能であり、「紙の契約書」による契約の場合でも許されないような「バックデート」は、電子契約についても不可能である(してはならないし、できない)ということになります。
契約の相手方当事者に対して電子契約の締結方法等を説明する場合には、電子契約事業者の用意した説明資料(もしあれば)を用いるなどして、できるだけ定型的な説明をすることに留めて、当該資料に記載された内容を超える質問を相手方当事者から寄せられた場合には、当該相手方当事者から電子契約事業者に対して直接質問するように促すなどして、自らにリスクが生じにくいような対応をすることが望ましいと考えられます。
(9)連載第9回 電子契約締結後の対応・訴訟になった場合の利用のまとめ
多くの電子契約サービスでは、電子契約締結後の契約書PDFファイルは、電子契約事業者の使用するクラウド上のサーバーコンピューター上に保存されることになります。そして、契約当事者は、必要に応じて当該サーバーコンピューターにアクセスして、当該契約書PDFファイルを確認できることが通常です。
電子契約事業者は、電子契約締結後の契約書PDFファイルを保存するサーバーコンピューターにつき、適切にバックアップを行っていると思われますが、可能であれば、契約当事者においても、契約書PDFファイルを自社サーバーコンピューター等に保存するなどして、独自にバックアップを取得しておくことが望ましいと考えます。
なお、契約当事者が独自に契約書PDFファイルをバックアップしている場合、「長期署名」との関係から、必要に応じて、電子契約事業者の使用するサーバーコンピューター上に保管されている契約書PDFファイルに対して新たなタイムスタンプが付与された後に、改めて(署名検証可能期間が延長された)当該契約書PDFファイルをダウンロードして、利用者の手元のコンピューターに保存するという対応を採ることも考えられます。
電子署名を用いるタイプの電子契約の場合には、電子署名を付与した後に契約書PDFファイルに修正・変更を行うことができないため、契約内容を修正・変更する必要があるときは、当該修正・変更の合意に係る新たな契約書PDFファイルを作成し、契約当事者双方が電子署名する方法を用いる必要があります。同様に、契約期間中に契約当事者双方の合意により契約を解除するようなケースでは、電子契約の場合には契約書PDFファイルを物理的に破棄することはできないことから(そして、契約の一方当事者が手元のデータを消去したとしても、相手方当事者がデータのコピーを保存している可能性は否定できないことから)、当該契約解除の合意に係る新たな契約書PDFファイルを作成し、契約当事者双方が電子署名する方法を用いる必要があります。
契約書PDFファイルを民事訴訟において証拠として利用する場合、①電磁的記録そのものをCD-R等の媒体に記録したものを証拠提出する方法と、②当該契約書PDFファイルを紙に印刷したものを証拠提出する方法があります。相手方当事者が契約書PDFファイルの「成立の真正」を争わない場合には、この対応で足りることになりますが、相手方当事者が契約書PDFファイルの「成立の真正」を争う場合には、(証拠を提出した側の当事者は)当該契約書PDFファイルの「成立の真正」を証明することになり、①電磁的記録そのものをCD-R等の媒体に記録したものを証拠提出することに加えて、②電子署名検証画面を印刷したものを証拠提出し、また、必要に応じて、③契約締結に至る交渉経緯等を示した記録等を証拠提出することになります。なお、仮差押命令申立事件などの民事保全事件の場合には、別途の考慮が必要です。
連載記事一覧
- 第1回:はじめに・「紙の契約書」の役割(前提知識その1)
- 第2回:「紙の契約書」に押印をする理由(前提知識その2)
- 第3回:電子契約とは何か
- 第4回:電子署名とは何か
- 第5回:電子契約の証拠としての利用
- 第6回:電子署名を用いるタイプの電子契約の利用方法
- 第7回:どの契約を電子化するか・どの電子契約サービスを利用するか
- 第8回:電子契約利用時の留意点
- 第9回:電子契約締結後の対応・訴訟になった場合の対応・まとめ
著者紹介
圓道 至剛(まるみち むねたか)
2001年3月 東京大学法学部卒業
2003年10月 弁護士登録(第一東京弁護士会)
2009年4月 裁判官任官
2012年4月 弁護士再登録(第一東京弁護士会)、島田法律事務所入所
現在 島田法律事務所パートナー弁護士
民事・商事訴訟を中心に、金融取引、不動産取引、M&A、日常的な法律相談対応などの企業法務全般を取り扱っている。
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