電子公印の印影がない戸籍証明書は法的に無効か
コンビニでも発行できるようになった戸籍証明書。しかし、この証明書に本来あるはずの「電子公印」の印影が印字されていなかった、という事件が発生しました。プリンターで紙に印刷しただけの「プリント印影」にも、法的な意味はあるのでしょうか?
戸籍証明書発行システムの設定ミスにより印影が印刷されずに交付される事件が発生
岡山県総社市で、画像としてプリントアウトされた印影の法的意義 を問う、押印文書のデジタル・トランスフォーメーションを考える上で非常に興味深い事件が発生しました。
▼ 総社市 戸籍証明書電子公印でミス コンビニ交付73件で印字されず(山陽新聞digital)
市によると、9月11日~11月12日にコンビニで発行した戸籍全部事項証明書、戸籍個人事項証明書、戸籍付票73件に「岡山県総社市長之印」と書かれた2・1センチ四方の公印が印刷されていなかった。9月10日にシステムを更新した際、業者が設定をミスし、市職員と行う確認も不十分だったという。
11月12日、公印がない証明書が添付された婚姻届を受け付けた他市からの連絡で発覚。総社市が事情を説明し、婚姻届は受理された。他のトラブルは確認されていない。
実務的には、自治体職員同士が連絡を取り合うことで事なきを得ました。婚姻届が受理されないなど、このサービスを利用した住民に実被害が発生しなかったことは、不幸中の幸いだったといえます。
職印のプリント印影がない戸籍証明書の有効性
ところで、記事中の参考画像を見ても分かる通り、ここでいう電子公印は、自治体職員が朱肉とハンコで押印したものではなく、コンビニのプリンターで印刷されただけの白黒の印字にすぎません。
画像の印字を忘れたところで、証明書に書かれた内容や書類の意味としてはなんら変わらないわけですが、その程度の 画像をプリントした印影の有無が、戸籍証明書としての法的効力に影響するのでしょうか?
戸籍法の条文上は「職印」が必要とされている
まずは戸籍証明書を根拠づける法令である戸籍法の条文を確認してみます。
コンビニ等でプリントできる戸籍証明書の要件を定める条文は、戸籍法施行規則74条2項であり、この条文が同法73条を準用する構成となっています。
戸籍法施行規則
第七十三条 戸籍法第百二十条第一項の戸籍証明書又は除籍証明書(以下「戸籍証明書等」という。)には、次の各号の区分に応じ、それぞれ当該各号に掲げる事項を記載する。
(略)
③ 戸籍証明書等には、市町村長が、その記載に接続して付録第二十三号書式による付記をし、職氏名を記して職印を押さなければならない。
(④〜⑨項略)第七十四条 戸籍又は除かれた戸籍が磁気ディスクをもつて調製されているときは、健康保険法(略)その他の法令の規定によつて交付すべき戸籍又は除かれた戸籍に関する証明書は、戸籍又は除かれた戸籍の一部事項証明書と同一の様式によつて作らなければならない。
② 前条第三項から第九項までの規定は前項の戸籍又は除かれた戸籍に関する証明書に、第十四条第一項ただし書及び第二項の規定は前項の場合に準用する。
ここでポイントとなるのが73条3項です。たしかに、条文には「付録第二十三号書式による付記をし、職氏名を記して職印を押さなければならない」との規定があります。
この規定を74条2項が準用しているということは、今回のコンビニプリント版戸籍証明書についても、「職印の押印」に準じる措置が必要となりそうです。
戸籍証明書の書式にも職印を表示すべき旨の指定あり
あわせて、戸籍法施行規則が定める「付録第二十三号書式」も確認してみました。
すると、この 書式上はっきりと「職印」を付与する位置まで明示 されています。
単なる印刷に過ぎないとはいえ、条文や書式上に明記された電子公印(職印)のプリントがない場合、戸籍法が定める戸籍証明書としての要件を欠くこととなります。
法務省民事局も「職印の印影は法的に必要」との見解
この点、念のために戸籍法を所管する法務省民事局にも取材をしたところ、
「73条3項および第23号書式において定められている以上、コンビニ等で発行される戸籍証明書にも、職印の印字は法的にも必要という解釈となる」
との回答を得ることができました。
よって、プリント印影がない戸籍証明書については、法令上の要件を満たさず無効という結論となります。
印影画像を印刷しただけの「プリント印影」に法的な効果は発生するか?
この事件は自治体行政で発生したものですが、民間企業においても、電磁的に作成した文書についてよりホンモノらしく格好を付けるために、赤い印影画像を重ねて印刷することがあります。電子署名を付与するまでもない請求書や見積書などをPDFファイル形式で相手に送付する際にも、よく見かけられる実務です。
こうした 文書に画像としての印影を単に印刷したものは、決裁権者本人が紙に押印した印影と異なり、法的な効力は発生しない と通常考えられています。民事訴訟法228条4項が推定効の発生を特別に認めた、意思表示者本人が管理する印章を用いて本人が意思を示すための「押印」とは、本質的に異なるものだからです。
民事訴訟法228条4項
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
この民事訴訟法が想定している押印による印影と、印刷によるプリント印影との違いを細かく分析すると、以下のように比較できます。
押印による印影付与 | 印刷によるプリント印影の付与 | |
---|---|---|
印影悪用からの防御 | 印章が冒用されないよう厳重に管理していれば、一定程度は防御可能(※ただし、高性能スキャナ・3Dプリンタで印影から印章を逆複製することは可能) | しょせん画像(の印刷)でしかなく、文書データから印影データを取り出し、コピーして再利用することは誰にとっても容易であり、防御は不可能 |
本人との紐付けの検証 | 本人が所持する印章固有の印影と紙に付された印影との照合により、推定というレベルには足りる検証は可能 | 印刷された画像からだけでは固有性の検証は事実上不可能 |
プリント印影にまで法的な意味を与えてしまった戸籍証明書の電子公印は、印影の本来の意味を考えることなく惰性で発想された、まさに「なんでも押印行政」の象徴 とも言えます。こうしたものをほうっておくと、民間企業が交わす契約書等文書においても、プリント印影で訴訟法上の推定効が得られるという誤解を一般人に与えかねません。
日本の行政の脱ハンコはまだ道半ば。こうした事件の発生をきっかけに、身の回りにある押印・印影の意味を再考し、必要のないものを一つ一つ無くしていくことも、行政DXには必要不可欠です。
(橋詰)
機能や料金体系がわかる
資料ダウンロード(無料)詳しいプラン説明はこちら
今すぐ相談