電子契約の基礎知識

電子契約入門—第3回:電子契約とは何か


島田法律事務所パートナー弁護士 圓道至剛先生執筆による「電子契約入門」。第3回は、いよいよ電子契約とは何かについて論じていただきます。本稿をお読みいただくことで、各論に入る前の全体像を正しく把握することができます。

電子契約の意味

前回は、電子契約について正しく理解するための前提知識として、文書の「成立の真正」と「二段の推定」について説明しました。

ここからは、本連載のメインテーマである、電子契約の説明に入っていくことにします。

(1)電子契約の一般的な定義

そもそも、電子契約とは何でしょうか。

著者の知る限り、電子契約の定義として、一般的な定義といえるような、確立したものがある訳ではないようです。以下で説明するとおり、法令上の電子契約の定義は様々であり、また、各組織・団体による定義も様々です。

(2)法令上の電子契約の定義

まず、法令上の電子契約の定義ですが、例えば、電子委任状の普及の促進に関する法律(電子委任状法)2条2項は、同法における電子契約の定義について、以下のように規定しています。

この法律において「電子契約」とは、事業者が一方の当事者となる契約であって、電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法により契約書に代わる電磁的記録が作成されるものをいう。

一方で、例えば、特定商取引に関する法律(特定商取引法)施行規則16条1項1号は、電子契約の定義について、以下のように規定しています。

販売業者又は役務提供事業者と顧客との間で電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信技術を利用する方法により電子計算機の映像面を介して締結される売買契約又は役務提供契約であって、販売業者若しくは役務提供事業者又はこれらの委託を受けた者が当該映像面に表示する手続に従って、顧客がその使用する電子計算機を用いて送信することによってその申込みを行うものをいう。

このように、法令では、当該法令の適用において必要な範囲で電子契約を定義しており、一般的な定義をしている法令は見当たりません。

(3)各組織・団体による電子契約の定義

そして、各組織・団体による電子契約の定義も様々です。例えば、公益社団法人日本文書情報マネジメント協会の電子契約委員会による「電子契約活用ガイドライン」(2019年5月付けVer.1.0)(※)では、同ガイドラインにおける「電子契約」の意味について以下のように定義しており、後述する「電子署名を用いるタイプの電子契約」のみを電子契約ということとしています。

https://www.jiima.or.jp/wp-content/uploads/policy/denshikeiyaku_guideline_20190619.pdf

電子的に作成した契約書を、インターネットなどの通信回線を用いて契約の相手方へ開示し、契約内容への合意の意思表示として、契約当事者の電子署名を付与することにより契約の締結を行うもの。

一方で、同ガイドラインは、より広義の電子契約の定義と思われるものとして、以下のような記載もしています。

電子文書のやり取りだけで契約を締結する方法

また、電子契約事業者各社のウェブサイトを見ると、後述する「電子署名を用いるタイプの電子契約」のサービスを提供する電子契約事業者は、「電子署名を用いるタイプの電子契約」のみを意味するかのようにして、電子契約という用語を説明することが多いところです。一方で、後述する「電子署名を用いないタイプの電子契約」のサービスを提供する電子契約事業者は、電子契約につき、(電子署名の有無にかかわらない)より広い定義を前提とした説明をしています。

このように、各組織・団体は、電子契約につき、それぞれ自らが電子契約について説明する際に念頭に置いている電子契約の方式を前提とした定義をしており、一般的な定義といえるものは特段見当たりません。

(4)本連載で「電子契約」という場合の意味

電子契約の定義について、著者は、電子契約の定義を一つに決める必要は必ずしもなく、「電子契約」という用語が用いられている文脈においてどのような種類の電子契約の方式が念頭に置かれているかを個別具体的に考えれば良い、と考えていますが、説明の便宜上、本連載において特段の断りなく「電子契約」という場合は、広く「書面ではなく電磁的記録のみによって締結する契約」を意味することとします。

電子契約の種類

(1)電子契約は多種多様

ここからは、電子契約の種類について説明しますが、電子契約は多種多様であり、電子契約事業者各社が「電子契約」として提供しているサービスも、(似たような名称であったとしても)その具体的な内容は様々ですので、注意が必要です。それが電子契約の「分かりにくさ」のひとつの理由でもあります。

以下では、電子契約に用いられることの多い重要な技術の一つである「電子署名」に着目して、電子契約を「電子署名」という技術を用いるか否かで大別して説明することにします。ただし、後述するとおり、以下で示す分類は、網羅性のある分類ではなく、必ずしもこの分類にうまく当てはまらない電子契約サービスもありますので、注意が必要です。

なお、「電子署名」とは何かについては、連載第4回で説明します。

電子契約の分類
電子契約の分類

(2)電子署名を用いないタイプの電子契約

①電子メールの授受による電子契約

「電子署名」という技術を用いない電子契約のうち、もっとも単純な方式の電子契約の代表例は、ⓐ電子メールの授受による電子契約です。

例えば、AさんがBさんに対して「あるモノを幾らで買います」と書いた電子メールを送信し、Bさんがこれを受信して内容を確認した上でAさんに対して「承知しました」と書いた電子メールを返信する、そしてAさんがこれを受信して内容を確認する、これだけでも売買契約は有効に成立し、当該契約は「書面ではなく電磁的記録のみによって締結する契約」という意味での電子契約に該当することになります。

この電子メールの授受による電子契約は、簡単に契約を締結できるというメリットがある反面、重要な契約を締結する手段として十分ではないと判断されるリスクがある(換言すれば、民事訴訟になったときに、裁判所がその法的拘束力を認めないリスクがある)というデメリットがあります。

すなわち、(連載第1回で、契約を口頭合意のみで締結した場合に、裁判所が当該口頭合意をもって「最終的」かつ「確定的」な合意であったとは認めてくれないリスクがある旨を説明しましたが、それと同様に)従前「紙の契約書」を作成することが当然とされていたような重要な契約について、電子メールの授受という簡易な方法で契約を締結した場合、契約の相手方当事者が契約締結の有効性を争ったときには、裁判所が「最終的」かつ「確定的」な合意があったとは認めないリスクがあるのです。連載第1回では、例として、100億円の金銭消費貸借契約を口頭合意のみで締結した場合に裁判所が「最終的」かつ「確定的」な合意が形成されたと認める判断をする可能性は乏しいと述べましたが、同様のことは電子メールの授受による電子契約についてもいえるところです。

また、電子メールは偽造や改ざんが容易ですので、契約の相手方当事者から「そのような電子メールは送信していない」とか「自分が送信した電子メールとは内容が異なっている」などとして、契約の存在や内容を事後的に争われるリスクもあります。電子メールは偽造や改ざんが容易、というと、「本当なのか」と疑問に思う人もいるかもしれませんが、インターネットで少し検索すると、それらが容易であることは理解できると思います(ここでは具体的な偽造・改ざんの方法を説明することは差し控えます。)。

以上のことから、電子メールの授受による電子契約は、少なくとも重要な契約の締結手段としては、適切とはいいがたいところです。

②電子契約システムを利用する電子契約

次に、「電子署名」という技術を用いない電子契約として、ⓑ(電子署名を用いないタイプの)電子契約システムを利用する電子契約もあります。しかし、そのような電子契約システムは、導入コストが高いことも多く、また汎用性が低いこともあるため、一部業界を除いては、広く普及するには至っていないようです。

なお、汎用性が低い電子契約サービスは、いわゆる「ベンダーロックイン」(=特定ベンダーの独自技術に大きく依存した製品、サービス、システム等を採用した際に、他ベンダーの提供する同種の製品、サービス、システム等への乗り換えが困難になる現象のこと)のリスクもあるので、利用には注意が必要です。例えば、利用している電子契約サービスの費用が高すぎるから他社サービスに乗り換えたい、とか、利用している電子契約サービスのサービス提供が終了したから他社サービスに乗り換えたい、などといった場合に、新たに利用する電子契約サービスにそれまで利用していた電子契約サービスの電磁的記録(PDFファイルなど)を引き継ぐことができないとすれば、その後の業務に支障が生じることになります。

(3)電子署名を用いるタイプの電子契約

「電子署名」という技術を用いる電子契約には、大別すると(呼び方は論者によって様々ですが)ⓒ当事者署名型電子契約とⓓ事業者署名型電子契約があります。ⓓ事業者署名型電子契約は、立会人型電子契約という場合もありますので、以下ではⓓ事業者署名型(立会人型)電子契約と表記します。

①当事者署名型電子契約

ⓒ当事者署名型電子契約とは、契約当事者が、契約締結の証として、契約当事者の署名鍵(という電子的なデータ。なお、秘密鍵、暗号化鍵ともいいます。)を用いて、契約のために作成された電磁的記録(多くの電子契約サービスではPDFファイルを用いることとされています。以下では、契約のために作成された電磁的記録を「契約書PDFファイル」といいます。)に電子署名を付与することにより契約を締結するタイプの電子契約をいいます。

連載第4回で説明するとおり、「電子署名(電子署名データ)」は、「紙の契約書」の場合の印影に相当するものですので、印影を作り出すために用いられる印章(主に「実印」)に相当するものが「署名鍵」であるということができます。要するに、契約当事者の「実印」に相当する電子的なデータ(署名鍵)を用いて契約を締結するようなイメージの電子契約です。

②事業者署名型(立会人型)電子契約

これに対して、ⓓ事業者署名型(立会人型)電子契約とは、契約当事者が、契約締結の証として、電子契約事業者に対して契約書PDFファイルに電子署名を付与するよう求め、これを受けて電子契約事業者が(契約当事者の署名鍵ではなく)電子契約事業者の署名鍵を用いて、当該契約書PDFファイルに電子署名を付与することにより契約を締結するタイプの電子契約をいいます。

契約当事者が自らの「実印」に相当する電子的なデータ(署名鍵)を用いて電子署名を付与するのではなく、契約の立会人的な立場にある電子契約事業者がその「実印」に相当する電子的なデータ(署名鍵)を用いて電子署名を付与する点に特徴があります。

なお、詳細は連載第5回で説明しますが、このⓓ事業者署名型電子契約のバリエーションとして、2020年に相次いで示された行政見解を踏まえて、事業者署名型(立会人型)電子契約であっても「二段の推定」が及ぶように設計された電子契約サービスもあります。著者はこれをⓓ’当事者指示型電子契約と呼んでいますので、以下ではそのように表記することとします(なお、当事者指図型、といわれる場合もあります。)。

電子契約一般のメリット・デメリット

従来の「紙の契約書」による契約と比較した場合の、(電子署名を用いるタイプの電子契約と電子契約を用いないタイプの電子契約に共通にする)電子契約一般のメリット・デメリットは以下のとおりです。

なお、電子署名を用いるタイプの電子契約のうち、ⓒ当事者署名型電子契約とⓓ事業者署名型(立会人型)電子契約(及びⓓ’当事者指示型電子契約)を比較した場合の、それぞれのメリット・デメリットは、(電子契約と「二段の推定」との関係などを説明した上でないと分かりづらいので)連載第6回で説明することにします。

(1)電子契約一般のメリット

まず、電子契約一般のメリットとして、主に、①非対面での契約手続が容易であること、②契約締結作業効率が向上すること、③印紙代が削減されること、④文書管理・保管が容易でありコストも低減できること、などが挙げられます。

①非対面で契約手続が可能であるという点は、「紙の契約書」の場合も郵送やバイク便などを用いて非対面で契約締結を行うことは可能ですが、電子契約の方が(押印のために物理的にオフィスに出社したりすることなしに、インターネット上で契約手続が完結するなどという点において)より容易になし得るといえます。

②契約締結作業効率の点は、「紙の契約書」の場合に必要となる製本作業や押印、郵送などの事務負担が軽減されるため、電子契約の方がより作業効率が向上するといえます。

③印紙代の点は、「紙の契約書」の場合には(印紙税法上の課税文書に当たるケースでは)印紙税の費用が発生しますが、電子契約の場合には印紙税が不課税であるため、電子契約に経済的な優位性があります。

④文書管理・保存の点は、「紙の契約書」の場合には契約書原本を倉庫などで保管する必要があり、検索や契約期限管理にも手間がかかるのに対して、電子契約の場合には電子的なデータであることから倉庫などが不要で、かつ、検索や契約期限管理も容易であるというメリットがあります。特に金融機関など、大量の契約を取り扱う企業は、契約書原本の管理・保管コストが負担となっていることが多いので、そのコスト削減メリットが見込まれることには経済的な優位性が認められます。

(2)電子契約一般のデメリット

一方で、電子契約一般のデメリットとして、契約の双方当事者が「コンピューター」と「インターネット」を利用することができる必要があるため、それらを利用できない者は電子契約の方法を用いることができない、という点が挙げられます。

多くの電子契約サービスは、普段から「コンピューター」と「インターネット」を利用している人であれば、コンピューターで電子契約システムにアクセスした上で、画面上に表示される手順に沿って操作することで、すぐに利用できる程度の平易なものですが、それでも一定程度のコンピューターリテラシーが必要ですので、およそ「コンピューター」と「インターネット」を使えないという人であれば電子契約を利用することはできないでしょう(いわゆる「デジタル・ディバイド」の問題。)。

また、電子契約一般のデメリットとして、既述のとおり、具体的な内容が様々であることに伴う「分かりにくさ」もあります。

電子契約の種類についての前掲の表のⒶのⓐⓑやⒷのⓒⓓ(ⓓ’)の分類は、あくまで「電子署名」という技術を用いるか否かで大別すると、このように分類することができる、という程度のものであって、網羅性のある分類ではなく、当然ながら、この分類にうまく当てはまらない電子契約サービスもありますので、注意が必要です。

例えば、グローバルに利用されていることで著名なある電子契約サービスの場合、(著者の理解では)契約当事者による契約締結の時点では契約書PDFファイルは(電子署名が付与されることなく)電子契約事業者のサーバーコンピューターに保存され、その後当該サーバーコンピューターから契約当事者が契約書PDFファイルをダウンロードする際に(電子契約事業者のサーバーコンピューターに保存されている契約書PDFファイルとダウンロードされて契約当事者の手許に保存される契約書PDFファイルの内容が同一であり、改ざんされていないことを確認できるようにする目的で)電子契約事業者の署名鍵による電子署名が行われるようです。また、別の電子契約事業者は、契約書PDFファイルに対して(契約当事者や電子契約事業者の署名鍵による)電子署名を付与することはせずに、時刻認証局による「タイムスタンプ」を付与するのみとする簡易な電子契約サービスを提供しています。

なお、「タイムスタンプ」とは何かについては、連載第4回で説明します。

コラム:電子署名を用いるタイプの電子契約の利用の広がり

新型コロナウイルス問題の影響により、在宅勤務(テレワーク)が広まった2020年以降、押印のために出社するという事態を避けるために、各社において電子契約の利用が広がったことは、記憶に新しいところです。
そもそも、ⓒ当事者署名型電子契約は、電子署名及び認証業務に関する法律(以下「電子署名法」といいます。)が施行された2001年当時から存在していたものの、なかなか一般には普及しなかったといわれています。これは、当事者署名型電子契約を利用するためには、契約当事者が認証局から電子証明書を取得するためのコスト・それを維持するためのコストなど各種コストがかかるため、導入ハードルが高かったことによるものであると考えられます。それでも、2016年頃から銀行が融資契約に当事者署名型電子契約を導入するなど(※)、次第に当事者署名型電子契約の利用は広まりつつありました。

※ 邦銀による当事者署名型電子契約を用いた融資契約締結サービスの導入は、株式会社三井住友銀行による融資契約電子化がその嚆矢とされています(永田宏輝ほか「三井住友銀行による『電子契約サービス』の概要と法的論点~「融資契約電子化」による銀行実務の変容~」(銀行法務21・2016年8月号(803号)17頁)参照)。

一方で、ⓓ事業者署名型(立会人型)電子契約は、日本では2015年頃にサービス提供が開始された、比較的新しいサービスです。契約当事者において認証局から電子証明書を取得するためのコスト・それを維持するためのコストが不要であるなどのメリットがあり、近時、導入が広がっています。

例えば、株式会社三井住友銀行は、2021年9月1日、住宅ローンの新規契約にSMBCクラウドサイン株式会社が提供する事業者署名型(立会人型)電子契約サービスである「SMBCクラウドサイン」を導入したことを公表しました(※)。このように、事業者署名型(立会人型)電子契約が利用される契約類型は、ますます広がりつつあるということができます。

https://www.smbc.co.jp/news/j602390_01.html

連載記事一覧

著者紹介

圓道 至剛(まるみち むねたか)

2001年3月 東京大学法学部卒業
2003年10月 弁護士登録(第一東京弁護士会)
2009年4月 裁判官任官
2012年4月 弁護士再登録(第一東京弁護士会)、島田法律事務所入所
現在 島田法律事務所パートナー弁護士

民事・商事訴訟を中心に、金融取引、不動産取引、M&A、日常的な法律相談対応などの企業法務全般を取り扱っている。

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