ポジティブマインドで電子契約リスクを克服する—柴山吉報・高岸亘『経験者が語るQ&A電子契約導入・運用実務のすべて』
この記事では、書籍『経験者が語るQ&A電子契約導入・運用実務のすべて』をレビューします。電子契約導入プロセスで発生するリスクをポジティブに乗り越えようという前向きさが特徴です。
弁護士執筆ながら実務運用解説に大胆に振り切った電子契約本
コロナ禍の反省を活かし次なる非常事態に備えるためにも、テレワーク・働き方改革の実践は待ったなしとなり、そのツールの一つとしての電子契約の導入に奮闘される企業も増えています。こうした企業にアドバイスを提供しようという法律書籍も多数出版されており、弊社からも2冊を出版させていただく機会に恵まれました。
そんな「電子契約解説本出版ブーム」もそろそろひと段落ついたかと思われた2021年10月、
電子契約の導入・運用には苦労も多い。社内の印章管理規程や文書管理規程等の諸規程をはじめとした会社の体制は押印を前提に作られており、電子契約の導入に際しては社内の体制や業務フローを大きく変更する必要がある。押印しないことによる法的リスクへの懸念も今もなお根強い。そして会社の規模業種や停止契約の導入状況によって、それぞれの会社が抱える問題は異なる。
本書は、このような苦労を実際に経験し、悩みながら電子契約を導入運用した経験を持つ5人の弁護士より執筆された。異なる業種や規模の会社の現場で、電子契約の導入・運用を行った弁護士が実際に導入・運用する上で相談を受け、悩んだポイントなどを持ち寄りQ&A形式で整理している 。
こうしたコンセプトで出版されたのが、この『経験者が語るQ&A電子契約導入・運用実務のすべて』です。
本書発売の報を聞き、
- 阿部・井窪・片山法律事務所の弁護士らが執筆されている点で、かなり「堅い(法的に厳密な)」解釈が展開されているのでは?
- 電子署名法に関して行政から詳しい公式解釈も出されたあとで、さらなる付加価値を出すのは難しいのでは?
といった懸念も覚えましたが、拝読してみるとこうした先入観を良い意味で大きく裏切った、厳密な法令解釈よりも実務運用の解説に振り切った書籍 となっています。
そんな本書の立ち位置を、2020年以降に出版された電子契約本との相対比較でプロットしてみたのが以下の図「電子契約本ポジショニングマップ2020-2021」です。
法令解釈の厳密さよりも企業への導入実務の悩みに応えることを優先し、特定サービスのえこ贔屓にならない程度に画面例(GMOサインやDocusignなど )も紹介。ポジショニングとしては、『即実践!!電子契約』と『超図解クラウドサイン入門』の中間に位置するような書籍といってよいでしょう。
新しい契約形態への変革に伴う悩みをポジティブに乗り越える
本書の特徴は、電子契約を導入する際のリスクを指摘して終わりではなく、企業で導入プロセスを経験したインハウスローヤーとして実務的な落とし所を臆することなく提案し、ポジティブに乗り越えようとする姿勢に特徴 があります。
電子署名法の行政解釈にどこまで忠実であるべきか
いま、電子契約サービスの導入を検討している企業の多くが悩んでいるのは、「DX実現のためには契約の電子化は避けられないが、電子化によって新たに発生するリスクをどこまで深刻に捉えるべきか」という一点に集約されると思います。
この点について、新しい電子契約サービスに否定的な見解を述べる『電子契約の教科書』などの書籍もある中で、本書は 行政解釈等で詳述される電子署名法2条が定義する「電子署名」に必ずしも囚われない立場 に立っています。
例えば、面前でタブレットにサインさせ(画像としての筆跡データを残す)タイプの電子契約については、電子署名法の定義を厳密に解釈すれば、2条1項1号の要件(本人性または本人識別性)を満たしていないことになります。このような問題に対し、
署名者が署名依頼者のデバイスに直接タッチパネル等で電子署名の操作を行う場合、署名者の本人性は、署名依頼者が確認することになる。署名依頼者の属する企業としては、署名依頼者が適切に本人確認をしたことを残しておく仕組みづくりを行うことが求められる。
と、頭ごなしに否定せず、いかにして実務としてリスク最小化を図るかをアドバイスしてくれます。
電子署名において共有メールアカウントによる「署名代理」は許されるか
クラウド型電子署名サービスの実務によくある悩みとして、契約締結権限がないと思われる従業員のメールアドレスや、個人と紐づかない共有メールアドレスで契約が締結できてしまう問題があります。
クラウドサインは、この問題に関し、あくまで会社の代表者またはそれに準じる者が本人のメールアドレス認証を経て電子署名をすることを原則とすべきと考えているところです(関連記事:共有メールを使った電子契約の有効性—電子署名代理の理論とリスク)。そうした背景もあり、契約締結権限者以外による無権代理電子署名を防ぐための機能も提供しています。
これに対し本書では、契約締結用アカウントを設けることによって、むしろ契約締結用の代表者印が印章管理規程で登録されているのと同様の評価が可能 と述べ、こうした実務運用をむしろポジティブに評価します。
電子契約非導入会社は電子契約利用の依頼にどのように対処すべきか
企業の中には、予算の都合等から「今年度は当社においては電子契約サービスは導入・利用しない」と意思決定されているところもあるかもしれません。
そうした企業においても、取引の相手方から、受信者にコストのかからないクラウド型電子契約の締結を求められることが増え、対応に苦慮されていることでしょう。法令で契約上の効力を否定するようなものがない以上は、それを頑なに拒み続けるだけの正当事由もなくなりつつあります。
このようなケースで、自社では電子契約サービスを利用しない企業が、渋々取引先から送信される電子契約の受信および締結に応じることとなった場合、最低限どのような点に気をつけてこれを受け入れるべきか といった限界事例もカバーします。
電子帳簿保存法の実務にも詳しいが、一部記述に疑問も(追記あり)
さて、いま企業の管理部門で「マグマ溜まり」のようにくすぶり始めているのが、2022年1月に施行される改正電子帳簿保存法における電子契約の取扱いについてです。
電子契約を利用して相手方と取引を行う場合、電子帳簿保存法上の「電子取引」に該当し、同法の要件を満たす形で記録・保存する必要が出てきます。これまでは推定効の発生の有無ばかりに注目が集まり、あまり論点にならなかったポイントですが、改正後の電子帳簿保存法が定める真実性・見読性・検索性等の要件を満たさない電子契約サービスを採用していた場合、契約の有効性や証拠力とはまったく別の観点で対応に苦慮することになります。
本書は、どのような電子契約サービスであればこの要件を満たせるのかについて、具体的な画面例なども交えて踏み込んだ解説 をしている点、類書にはない魅力があります。
なお、本書の複数箇所(P193、P331など)において、「電子帳簿保存法の要件を満たさない電子契約サービスを利用した場合には、代替措置として電子契約をプリントアウトし紙で保存すればよい」との記述があります(いわゆる紙出力保存の代替措置)。
しかし、現行法電子帳簿保存法10条ただし書「財務省令で定めるところにより、当該電磁的記録を出力することにより作成した書面又は電子計算機出力マイクロフィルムを保存する場合は、この限りでない。」との条文は、改正電子帳簿保存法では削除されることとなりました。すなわち、紙出力保存の代替措置については、2022年1月施行の改正電子帳簿保存法施行後は認められなくなります(改正電子帳簿保存法7条)。
改正後は、あくまで要件を満たす形で電子取引データとして保存することが義務付けられてしまった(それができないのであれば、一貫して紙で業務プロセスを回すしかない)ことにつき、言及が見当たりませんでした。改正法施行まであと3ヶ月を切り、一部の実務家の間では悩ましい問題となっているだけに、なんらかの方法で補遺をご提供いただきたいところです【→2021年10月8日13:00追記:この点につき、著者の先生方より、2021年9月27日付で中央経済社ウェブサイトに「訂正・追加情報『経験者が語るQ&A電子契約導入・運用実務のすべて』(補足)(ファイル)」を掲載済みとのご連絡をいただきました。現行法と新法とを比較し解説してくださっている丁寧な補遺となっています。】。
(橋詰)
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