「NFT印鑑」はデジタル世界の法的スタンプとなるか
この記事では、最先端のデジタル技術である「NFT」と歴史あるアナログな「印鑑」という、一見もっとも遠い距離に位置する2つの要素を融合することで、「手ごたえのある」デジタルはんこを実現しようという取り組みを紹介します。
目次
シヤチハタとケンタウロスワークスが「NFT印鑑」を発表
特にアートの領域から実用化がはじまっているNFT(Non-fungible token)。本メディアでも、過去にNFTアートに関する話題を取り上げたこともありました(関連記事:NFTアートがもたらす新たな取引価値と著作権紛争の火種)。
ブロックチェーンを用い、偽造できない所有者証明書付きのデジタルデータを流通させるNFTは、本物であることを証明する鑑定書が必要な著作物と相性がよい技術です。Openseaやスタートバーンなど、世界中さまざまなプロジェクトでこの分野が軌道に乗るか、現在進行形で見守られている段階と言えます。
そんな中、「NFT」と「印鑑」とを組み合わせ、ハンコの感覚そのままにビジネスプロセスをデジタル化しようという突拍子もない取り組み が、はじまろうとしています。
▼ 日本初!NFTを活用した電子印鑑を共同開発 ~デジタル時代に求められる新たな電子印鑑で、あらゆるシーンのDXを支援~(ケンタウロスワークス)
NFT(Non-Fungible Token:非代替性トークン)とは、「偽造不可な鑑定書・所有証明書付きのデジタルデータ」のことで、「NFT印鑑」は、印影データをNFT化することで、印鑑保有者の情報と印影情報を結び付けた、固有性を持つ電子印鑑です。押印された印影から押印者を証明するだけでなく、従来の電子印鑑が抱えていた印影の偽造リスクの問題を、ブロックチェーンの特徴である改ざん耐性を活用して解決します。
シヤチハタが長年培ってきた電子印鑑に関わるノウハウをベースに株式会社ケンタウロスワークスの持つブロックチェーン技術を取り入れ、早稲田リーガルコモンズ法律事務所の法的知見をもとに、さまざまな電子契約システム間で利用できるサービスとして提供してまいります。
なぜ印鑑とNFTを組み合わせるのか?
日本の印章・印影は、その美しさゆえに伝統工芸品とも評価できます。しかし、そうしたアート路線ではなく、デジタルツールとして実用化をはかるプロジェクトというのは、どのような狙いがあるのでしょうか。
この点、シヤチハタ社側のプレスリリースでは、以下のように言及されています。
電子印鑑が抱えていた印影の偽造リスクの問題を、ブロックチェーンの特徴である改ざん耐性を活用して解決
電子印鑑は、電子ファイルにデジタル印影を付すことで、紙の契約書に朱肉で印影を押印したかのような見た目を作出することができるメリットがあります。しかし、デジタルな画像である以上、誰でも同じ印影の電子印鑑をコピーして作成してできてしまうことから、偽造リスクを指摘する声があります。
一方、NFTアートのデジタルアート部分をデジタル印影に置き換えれば、そのデジタル印影画像に紐付けられた真の所有者、すなわち電子印鑑の正当な押印権限者であることを証明することができそうです。
書き換えのできないブロックチェーンは、印鑑の世界における「印鑑証明書」と同様の役割を果たします。契約の相手方としては、そのデジタル印影と紐付けられたブロックチェーンの記録を確認することで、「確かにこのデジタル印影の所有者はあの人だ」と確認することができます。
なお、デジタル印影画像そのものが唯一無二な模様となっているわけではなく、印影画像と紐付けられた「トークンID」と「所有者」をブロックチェーン上で一対一で紐付けることで、手彫り印鑑に代わる唯一無二性をデジタル上で実現しています。
せっかくデジタルに、しかもNFTで契約するのに、わざわざハンコのメタファーをつける必要があるのか?そんな批判も聞かれますが、ハンコのような手応え・手触り感が欲しいというユーザーや、アナログな印鑑のワークフローをなるべく変更したくない企業にとっては、価値を感じるソリューションと言えるでしょう。
この点、共同開発者ケンタウロスワークスの代表取締役CEOであり、早稲田リーガルコモンズ法律事務所の代表弁護士である河﨑健一郎先生に取材をお願いしたところ、このようなコメントをいただきました。
「当社も、法的・技術的に高い水準を追求した電子実印サービスにチャレンジしていた時期がありました。でもユーザーが求めていたのは、そういうものじゃなかった」
「ユーザーさんは、難しいことは抜きにして、『ちゃんとハンコを押した感』『見ればすぐわかる』を求めていらっしゃったんですよね」
トークンIDが担保する「固有性」と電子署名法上の法的効力
ところで、両社のプレスリリースには、一般の方には少し聞き慣れない「固有性を持つ電子印鑑」というワードが出てきます。こここでいう「固有性」とは、どういう文脈で使われている言葉なのでしょうか。
もう一度、ケンタウロスワークス社のプレスリリースから引用します。
1.利用者本人の識別・証明ができる日本初のNFTを活用した電子印鑑
「NFT印鑑」は、印影データをNFT(Non Fungible Token)化することで実現する、唯一無二の固有性を持った電子印鑑です。利用者情報と電子印鑑を結び付けることで、本人の識別や証明ができるだけでなく、プロセスを変えずにデジタル化することを可能にします。
※本人確認機能については今後段階的に実装予定
2020年、コロナ禍でテレワークを実現する電子契約ツールが求められ、特にクラウド型電子署名サービスの法的有効性が議論されました。
その結論として、政府が発出した「利用者の指示に基づきサービス提供事業者自身の署名鍵により暗号化等を行う電子契約サービスに関するQ&A (電子署名法第3条関係)」の中に、「固有性」というワードが出てきます。
あるサービスが電子署名法第3条に規定する電子署名に該当するか否かは、個別の事案における具体的な事情を踏まえた裁判所の判断に委ねられるべき事柄ではあるものの、一般論として、上記サービス【編集部注:クラウド型電子署名サービス】は、①及び②のプロセス【編集部注:①は利用者とサービス提供事業者間のプロセス、②はサービス提供事業者内部のプロセス】のいずれについても十分な水準の固有性が満たされていると認められる場合には、電子署名法第3条の電子署名に該当するものと認められることとなるものと考えられる。したがって、同条に規定する電子署名が本人すなわち電子文書の作成名義人の意思に基づき行われたと認められる場合には、電子署名法第3条の規定により、当該電子文書は真正に成立したものと推定されることとなると考えられる。
印鑑は、その彫り模様が唯一無二の「固有性」があることによって、「この印影と一致するハンコ(印章)を所有している人が、意思をもって書面に押印したに違いない」という推定が働き、文書としての真正性が認められることになります。電子契約を規律する電子署名法では、こうした押印と同様の法的効果を、十分な固有性のある電子署名に認めています(関連記事:「電子署名法第3条Q&A」の読み方とポイント—固有性要件と身元確認・2要素認証の要否)。
つまり、NFT印鑑は、単なる画像データに過ぎなかった電子印鑑とは違い、唯一無二な画像と証明できるものとすることで、電子署名法が要求する「十分な固有性」が認められやすくなる効果を狙っているのではないか、そう見受けられるわけです。
この点について、河﨑先生にお話を伺ってみると、意外な答えが返ってきました。
「ご指摘いただいたような効果も期待できると思います。ただ、私たちとしては、唯一性のある印影を、気軽に押せる・残せることに軸足を置いたほうがいいんじゃないかと考えています」
「シヤチハタさんの製品は、いたるところで使われています。裁判所の『甲号証・乙号証』もあれば、おうちの中で『ママありがとう』と押す用途にも使われている。ハンコというよりもスタンプですよね。スタンプぐらいの気軽さと幅の広さで、電子印鑑市場を捉えたほうが夢があります」
「押印の法的効力ばかりに注目するのではなく、こうしたスタンプ感覚でカジュアルに使えるプロダクトを目指していきたい。サービス名を『NFT実印』ではなくあえて『NFT印鑑』としたのは、そうした思いもありました」
ブロックチェーンの「存在証明力」はタイムスタンプを代替するか
プレスリリースに言及されていない点ではありますが、NFT印鑑には存在証明力の観点でも興味深い論点があるのではないかと思います。電子署名とセットで欠かせない「タイムスタンプ」の役割を、将来的にブロックチェーンが代替できるかという論点です。
タイムスタンプは、電子署名だけではカバーできない「いつの時点でその文書が存在し、そのタイミングで電子署名を付した」という事実を記録します。総務省が認定する時刻認証事業者が時刻の真正性を保証し、ブロックチェーン同様のデジタル署名技術で改ざんを防止します。
一方、NFT印鑑を支えるブロックチェーンも、「Japan Contents Blockchain Initiative(JCBI)」が運営管理する、自律分散型で高い信頼性が担保されたコンソーシアムチェーンを利用します。たとえば、このコンソーシアムチェーンにおいて、定期的に時刻認証事業者の時刻証明をアンカリングしておけば、その時刻間で記録された情報の存在証明も可能になるのでは、という期待です。
「そうした方法が、税務上要求される認定タイムスタンプを代替するものとして今後認められるかはわかりませんが、同様のアイデアは検討しています」
この点については河﨑先生は控えめな見解でいらっしゃいましたが、現状の中央集権型タイムスタンプが抱えている「時刻認証事業者が廃業し、証明者が不在となるリスク」を解決するソリューションとしても、期待できるのではないでしょうか。
自前ですべての機能を提供するのではなく、同業者も含めAPI連携を広く募っていくことでサービスの拡大を目指す方針とのこと。今後、この「NFT印鑑」と連携するサービスがどのくらい出てくるかに注目しています。
(文:橋詰、イラスト: Kei / PIXTA)
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