2020大会「開催都市契約」は期間途中での中止を想定できていたか
この記事では、万が一東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会が開催後に期間途中で中止となる場合、東京都がIOCと締結した「開催都市契約」において誰がどのような責任を負うことになるのか、そもそも契約書において中止は想定されていたのかを検証します。
大会の期間途中での中止という選択肢
2021年7月27日、東京での新型コロナ新規感染者数が2,848人を数え、過去最高を記録してしまいました。
直前まで開催が危ぶまれながら、5者協議を経て無観客開催という苦渋の選択をし、開会式の日を迎えることとなった東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会。
開催後に感染拡大となった場合の対応 について、国立感染症研究所感染症情報センターのセンター長であり内閣官房参与も務める岡部信彦氏は、7月25日に出演した報道番組でこのような発言をしていました。
▼五輪「有観客」決断めぐり議論白熱(FNNプライムオンライン)
医療とオリンピックは別のところでやっているわけだが、重症患者を引き受けられないような状況で、同時並行で(東京大会を)やるというのは、非常に難しいのではないか。(重症患者が)入院できない状況がたくさんみられるようなところでは、大会の中止は視点に入れるべきだと思う。オプションとしては当然考えておくべきことだ。
では、その重症患者の病床使用率はどうなっているかといえば、7月27日深夜に厚労省が発表したデータ(7月21日0時時点の集計)で東京は53%を超過。政府の対策分科会が示すステージ4(爆発的感染拡大)に突入し、内閣官房参与の言う「大会の中止」も検討すべき段階に入ってきました。
開会式後の中止を想定していなかった開催都市契約
開催都市東京がIOCらと締結した「開催都市契約」によれば、東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会の開催の是非を決める権限は東京都らにはなく、IOCの専決事項とされていたことは、1年以上前にこのメディアでも指摘していた点であり、今年に入って報道で多くの方の知るところにもなりました(関連記事:あまりにも不平等なIOCと東京都の「開催都市契約」)。
では、すでに開催されいまも競技進行中の大会を、新型コロナウイルス感染拡大防止のために途中で中止すべきと東京都が判断した場合、「開催都市契約」上はどのような取扱いとなるのでしょうか。
そうした目でこの開催都市契約をもう一度確認してみると、あらためて この契約ではもともと想定しきれていなかった、期間途中での中止リスク が浮かび上がってきます。
「期間中の中止」を想定した文言はIOCによる契約解除条項のみ
まず指摘しておきたいのは、開催都市契約書上、大会期間中の中止を想定した文言は、IOCによる契約解除権を規定した第66条にしか規定されていない という点です。
66 契約の解除
a) IOC は、以下のいずれかに該当する場合、本契約を解除して、開催都市における本大会を中止する権利を有する。
i) 開催国が開会式前または本大会期間中であるかにかかわらず、いつでも、戦争状態、内乱、ボイコット、国際社会によって定められた禁輸措置の対象、 または交戦の一種として公式に認められる状況にある場合、または IOC がその単独の裁量で、本大会参加者の安全が理由の如何を問わず深刻に脅かされると信じるに足る合理的な根拠がある場合。(以下略)
この条文でははっきりと、「開会式前または本大会期間中であるかにかかわらず」、期間中に参加者の安全が深刻に脅かされる事態が発生すれば中止できることが規定されています。ただし、中止判断はあくまでIOCのみが決定権を持つこともあわせて規定され、開催都市である東京都らには決定権限はありません。
7月27日のぶら下がり会見で、感染者数2,848人の数字を受けて大会中止の選択肢はとらないのか記者から問われた菅首相は、「人流も減ってますし、そこ(大会中止)はありません」と断言しました。これはそもそも権限が東京都および政府側にない、ということを言い含めていたのかもしれません。
「開会式」の日が事実上の回帰不能点
こうした中止に関する文言がある一方で、はたして契約の起案段階でこの「期間中の中止」となるケースを真剣に想定していたのか、怪しまざるを得ない記述 もあります。
先ほど見た第66条の続きを確認してみます。
b) IOCが本契約を解除し、本大会の中止を決めた場合、(IOCがその単独の裁量で、 緊急の措置が必要ないと決めた場合)次のように進行する。
i) IOCが上記第66条に定める事由が生じた、または生じている(または合理的に生じそうである)と判断した場合、IOCは、書留郵便、テレファックス (確認用コピーを書留郵便で送ることを条件とする)または配達証明付きの国際宅配便で、開催都市、NOCおよびOCOGに対し連名でおよび/または個別に通知し、当該当事者の一部またはすべてに対し、IOCが特定した事由について、その通知の日付から60日以内に是正または改善するように求める権利を有するものとする。ただし、IOCが通知を送付した日において、本大会の開会式までの残余期間が120日を切っていた場合、上記の60日の期限は通知送付日から開会式までの残余期間の半分に減らされるものとする。
ii) 上記 b)項ⅰ)に従って通知が送達された後、IOCが確認した事由が、b)項ⅰ)に記された期限内にIOCが合理的に満足するように是正されない場合、IOCは次に、さらなる通知をすることなく、開催都市、NOCおよびOCOGによる本大会の組織を即座に中止し、すべての損害賠償およびその他の利用可能な権利や救済を請求するIOCの権利を害することなく、即時に本契約を解除する権利を有するものとする。
一般に契約書においては、取引の相手方に重大な結果・影響をもたらす意思表示を行う場合に、
- 書留郵便等の配達記録が残る連絡手段による相手方への通知を義務付け
- さらに違反状態の是正等のために通知後一定の猶予期間を与える
といったプロセスが規定されることがあります。
この点本契約書では、b)項ⅰ)のただし書き末尾「本大会の開会式までの残余期間が120日を切っていた場合、上記の60日の期限は通知送付日から開会式までの残余期間の半分に減らされるものとする」の記述にも見られるように、「中止」の原因となる事象が、「開会式」の日を迎えるまでの準備期間に発生したケースのみを想定 した文言となっています。
「開会式」を終えて競技がスタートした大会期間中に中止となりうることに想像が及んでいれば、契約書においても「開会式の日以降に中止の通知を送付する場合」の取扱いについても規定されていたはずですが、それがありません。
結果的に、本契約上で回帰不能点となっていた「開会式」の日を過ぎてしまったいま、契約書の想定外の状況に突入していると言えます。
中止によって発生する損害賠償責任等も東京都負担
加えて、本契約がIOCに極端に有利に設定されていることがあらためて分かるのが、同じ第66条の最終段落の規定です。
理由の如何を問わずIOCによる本大会の中止または IOCによる本契約の解除が生じた場合、開催都市、NOCおよび OCOGは、ここにいかなる形態の補償、損害 賠償またはその他の賠償またはいかなる種類の救済に対する請求および権利を放棄し、また、ここに、当該中止または解除に関するいかなる第三者からの請求、訴訟、または判断からIOC被賠償者を補償し、無害に保つものとする。OCOGが契約を締結している全ての相手方に本条の内容を通知するのはOCOGの責任である。
IOCにしか「中止」の決定権がないにもかかわらず、その中止判断によってIOCに発生した損害を、理由の如何を問わず開催都市である東京都らが負担するという、一方的に不利な条件 を飲み込んでいました。
もし大会途中での中止をIOCが決定し、たとえば、今回の東京2020競技大会を含む夏冬4大会分の放映権を44億ドル(約4900億円)で獲得した米国NBC等に対する損害賠償責任が発生すれば、これがそのまま東京都に転嫁されることとなります。
契約上も財政上も引き返せない東京都に残された選択肢とは
無観客開催を選択した時点で900億円を見込んでいたチケット収入がなくなり、財政上赤字となることは避けられなくなった大会組織委員会。損害を補填するために付保されていた保険も、2020年の延期決定時点で保険金を受領しその後は無保険であることが報道により明らかとなっています。
こうした状況下で、東京都は損失補填を政府に対して求める意向を示したものの、加藤官房長官がこれに応じない姿勢を2021年7月9日の会見で表明するなど、さながら責任を押し付けあうイス取りゲームかババ抜きかといった様相です。
中止を迫れば契約上の損害賠償責任をIOCから請求されることとなり、一方で国からの財政上の後ろ盾も失った東京都としては、感染拡大をなかば許容しながら大会が終了する日まで指をくわえて過ごすしかない状態に追い込まれている ように見えます。
すでに東京には緊急事態宣言が発令されており、これ以上の感染拡大を防ぐ手立てがない中、大会に参加される選手、大会運営関係者、東京都民そして医療関係者に具体的な犠牲が出る前に、早期の協議と合理的な判断がIOCと東京都との間でなされることを願うしかありません。
(橋詰)
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