サステナビリティ・SDGsの取組みとしての電子契約


コーポレートガバナンス・コード(「CGコード」)が改訂され、上場企業にはサステナビリティの取組みやその開示が新たに求められるとともに、投資家からはSDGsへの対応状況にも関心が集まっています。こうした情報開示要請に対し、「電子契約の推進」を掲げる先行企業の事例に学びます。

CGコード改訂で求められるサステナビリティ開示

2015年に国連総会で「持続可能な開発目標」(「SDGs」)が採択されて以降、これをフレームワークにサステナビリティの取組みについて積極的な開示を行う企業が増えています。

こうした潮流がCGコードにも反映され、上場企業には開示義務が課されることとなりました。2021年6月改訂のCGコード(「新CGコード」)の主なポイントは、次の3点 です。

  • 取締役会の機能発揮
  • 企業の中核人材における多様性の確保
  • サステナビリティを巡る課題への取組み

この記事では、3点目の「サステナビリティを巡る課題への取組み」を取り上げます。

市場再編と開示義務の強化

CGコードは、遵守(受入れ)するか、遵守しない場合にはその理由の説明が求められます(いわゆる「コンプライ・オア・エクスプレイン」)。その範囲は、上場する市場により異なり、市場第一部・第二部に上場する企業であれば、補充原則までを含めた全原則について「コンプライ・オア・エクスプレイン」が求められています。

2022年4月には東京証券取引所の市場が改編され、「プライム」「スタンダード」「グロース」の3つ になり、「コンプライ・オア・エクスプレイン」の範囲も下表のとおり変更 されます。

https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/market-structure/nlsgeu000003pd3t-att/nlsgeu000005irmz.pdf 2021年6月30日最終アクセス
https://www.jpx.co.jp/equities/improvements/market-structure/nlsgeu000003pd3t-att/nlsgeu000005irmz.pdf 2021年6月30日最終アクセス

プライム市場は「エリート市場」とも呼ばれ、株式の流動性、ガバナンス、経営成績・財政状態に優れた銘柄の上場が期待されており、CGコードについてもより高水準な「コンプライ・オア・エクスプレイン」が求められます。

上場企業は、プライム市場特有のものを除き、新CGコードを踏まえたガバナンス報告書を2021年中に提出 しなければなりません。筆者の所属先でも、検討に着手しています。

サステナビリティについての基本方針策定と取組みの開示が必要に

では、サステナビリティに関する開示について、新CGコードは以前とどう変わったのでしょうか

従来のCGコードにも、サステナビリティへの対応を求める原則はありました。改訂前のCGコードの原則2−3は次のとおりでした。

【原則2−3.社会・環境問題をはじめとするサステナビリティーを巡る課題】
上場会社は、社会・環境問題をはじめとするサステナビリティー(持続可能性)を巡る課題について、適切な対応を行うべきである。

新CGコードでは、以下のとおり補充原則3−1③及び補充原則4−2②が新設されました(※いずれも強調筆者)。

補充原則3−1③
上場会社は、経営戦略の開示に当たって、自社のサステナビリティについての取組みを適切に開示すべきである。また、人的資本や知的財産への投資等についても、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報を開示・提供すべきである。
特に、プライム市場上場会社は、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、国際的に確立された開示の枠組みであるTCFDまたはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるべきである。

補充原則4−2②
取締役会は、中長期的な企業価値の向上の観点から、自社のサステナビリティを巡る取組みについて基本的な方針を策定すべきである。
また、人的資本・知的財産への投資等の重要性に鑑み、これらをはじめとする経営資源>の配分や、事業ポートフォリオに関する戦略の実行が、企業の持続的な成長に資するよう、実効的に監督を行うべきである。

これまでは、「適切な対応を行うべき」という定めにすぎませんでしたが、サステナビリティについての基本的な方針の策定と自社の取組みの開示について「コンプライ・オア・エクスプレイン」が新たに求められ ます。

SDGsに貢献する電子契約

SDGsは、17の目標と169のターゲットからなり、いまや企業活動全体のフレームワークになっています。

https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/statistics/index.html 2021年6月30日最終アクセス
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/statistics/index.html 2021年6月30日最終アクセス

その中で、電子契約の推進をサステナビリティ・SDGsへの取組みのひとつに掲げる企業も現れ ています。

筆者も、電子契約はSDGsのうち、少なくとも次の5つの目標とそれに関連するターゲットに貢献できると考えました。以下、該当・関係する目標についてまとめてみます。

目標8「働きがいも経済成長も」

紙の契約書の場合には、印刷・製本・郵送・ファイリングといった生産性が高いとはいえない作業がつきまといますが、電子契約ではこれらは不要です。その結果、

  • 従業員がより生産性の高い仕事に従事できる
  • 契約管理担当も出社が不要でどこでも働ける

といったことが実現でき、「多様化、技術向上及びイノベーションを通じた高いレベルの経済生産性」(ターゲット8.2)や「すべての男性及び女性の、完全かつ生産的な雇用及び働きがいのある人間らしい仕事」(ターゲット8.5)への貢献 が期待できます。

目標9「産業と技術革新の基盤をつくろう」

電子契約は、インターネット環境さえあれば締結や閲覧の場所を選びません。

取引をする上で、契約締結やその内容の確認は欠かせないため、電子契約という新しいプラットフォームは、「地域・越境インフラを含む質の高い、信頼でき、持続可能かつ強靱(レジリエント)なインフラ」(ターゲット9.1) といえます。

目標12「つくる責任つかう責任」

紙の契約書では、印刷する紙、インク、やりとりを行うためのクリアファイルや封筒、保管用のファイル、キャビネットなど、多くの物が必要です。電子契約への移行により、これらの使用をなくすことができます。

物の使用がなくなるため、「廃棄物の発生防止、削減、再生利用及び再利用により、廃棄物の発生を大幅に削減する」(ターゲット12.5)への貢献 が可能です。

また、電子契約では書類を輸送するエネルギーの使用がなくなるので、「天然資源の持続可能な管理及び効率的な利用」(ターゲット12.2)にも間接的に貢献 できるはずです。

他方で、電子契約では、ファイルの送付や電子署名のためにエネルギー(電力)が必要です。電子契約で消費されるエネルギーが紙の契約書と比較してどれくらい少ないかを可視化できれば、さらに電子契約の促進につながるでしょう。電子契約サービス上で「今月の消費電力」などとインジケータが加わると面白そうです。

目標13「気候変動に具体的な対策を」

紙の契約書の場合、誰かがオフィスで印刷から保管までの作業を行わなければなりません。また、紙は水や火に弱いので天災には非常に脆弱です。

他方、電子契約の場合は、どこからでも契約締結や保管・閲覧が可能ですし、多くの場合は電子契約サービス事業者のクラウドサーバに原本が保存されるため、毀損や紛失のおそれは考えにくいでしょう。さらに、自社でバックアップをとっておくこともできます。つまり、どこかの事業所がダウンしても従来の業務を継続できます。

まさに、「気候関連災害や自然災害に対する強靱性(レジリエンス)及び適応の能力を強化する」(ターゲット13.1)手段のひとつ といえます。

目標15「陸の豊かさも守ろう」

紙は木材から作られるパルプを主原料とするため、電子契約への移行で紙の使用量を削減できます。

これにより、「森林減少を阻止し、劣化した森林を回復」(ターゲット15.2)でき、「自然生息地の劣化を抑制し生物多様性の損失を阻止」(ターゲット15.5)することにも寄与 できそうです。

先行企業のサステナビリティ・SDGs開示に見る電子契約への言及

サステナビリティ・SDGsの取組みの一つとして、電子契約の推進を掲げる先行企業の開示例 を調べてみると、次のような事例がありました。

電子契約の推進の取組みをSDGsのひとつ又は複数の目標と紐づける企業

株式会社メタップスは、事業活動を支える取り組みの一つとして、 「環境に配慮するとともに、新型コロナウィルス対策として、既に取引先との契約締結時に必要な捺印、署名手続きを電子サインサービスに切り替える方針」「デジタルリモート化、テレワーク、BCPの一環として完全ペーパーレス化を推進」 する、と表明しています。

https://metaps.com/ja/sustainability/ 2021年6月30日最終アクセス
https://metaps.com/ja/sustainability/ 2021年6月30日最終アクセス

電子契約の導入状況を適宜開示し、そのメリットとしてサステナビリティへの貢献を説明する企業

ユニリーバ・ジャパン・グループは、サステナブルなブランドづくりの一環として、「2021年4月末までに全体の67%を電子契約に切り替え」「2021年3月における契約締結件数の86%が電子的な契約締結となり、大きく進捗」 と経過を報告。電子契約化による様々なメリットと合わせ、グローバル採用している電子署名サービス以外のシステムも個別に受け入れる、としています。

https://www.unilever.co.jp/news/press-releases/2021/unilever-japan-makes-great-strides-towards-100-electronic-contract.html 2021年6月30日最終アクセス
https://www.unilever.co.jp/news/press-releases/2021/unilever-japan-makes-great-strides-towards-100-electronic-contract.html 2021年6月30日最終アクセス

これらを見ると、電子契約の推進を含むペーパーレス化・バーチャルオフィス化は、SDGsの複数の目標達成に貢献できることから、ひとつの目標だけにリンクさせるのではなく、広くサステナビリティに寄与することを開示するのがよさそうです。

お題目ではなく具体的開示と実践が求められる時代へ

近江商人の心得「三方よし」(「売り手よし」「買い手よし」「世間よし」)は、かつての日本企業にとって当たり前のものでした。

しかしそうした企業も、額に入れて飾っているだけで、実践が足りていなかった部分もあったのではないでしょうか。たとえば、「環境負荷の低減に努めている」といいながら、契約書に押印して郵送しなければ締結できないと突っぱねたり、プレゼンテーションの際に紙資料の提出を要求するといった具合です。

SDGsのようなサステナビリティのフレームワークが用意されたことに加え、今回のCGコード改訂により、上場企業にはその取組みプランの具体的な開示と実践が要請される ようになります。

電子契約も、形だけ導入して終わりではなく日常的に使われてこそ、サステナビリティ・SDGsの取組みに値するといえます。

(文・イラスト:いとう)

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