若手法務部員こそ電子契約に詳しくなるべき理由とその速習法
経験の長さが何かとものを言う法務職だが、着任して数年の若手法務部員にとっての武器となりうるのが、電子契約だ。本記事では、若手法務こそ電子契約に詳しくなるべきと考える理由と、これを効率よく自分の強みとするためのポイントについて述べてみたい。
電子契約は法務部員のブルーオーシャン
2021年のいま、電子契約をまったく知らないという法務部員は、極めて少ないだろう。テレビCM・法律雑誌・セミナーの案内・取引先からの打診等で、電子契約に関する情報は溢れかえっている。
ところで、電子契約を支える「電子署名法」は20年以上前に施行された法律だが、ではベテラン法務部員は電子契約について、理解できているだろうか?
筆者の把握するところ、実態として多くのベテランが苦手としている領域であり、だからこそ若手にとってチャンス であると思う。
- 電子署名法が定義する「電子署名」の要件とは
- 長期署名とは、そこで使われるタイムスタンプとは、これらがない電子署名のリスクとは
- 訴訟になったときの証拠提出は具体的にどのように行うか
例えば、こうした知識を自分の言葉で説明できるかできないかで、すでに差は生まれつつある。長期署名に使われる「PAdES」についてパッと答えられるベテラン法務部員は、ほとんどいない(なお、かく言う筆者も書籍等を参照して初めて答えられるレベルだということを白状しておく)。
そんな知識を知らなくても気軽に使えるのが、近年普及したクラウド型の電子契約の良いところだ。しかし、その使いやすさや流行にかまけて、法律面・技術面からの研究をおそろかにし「知ったかぶり」をしている者は多い。いまだに「判例がないから押印のままで」と拒絶反応を示すベテラン法務も少なくないと聞く。
だからこそ、若手法務部員にとって、電子契約の領域はまだまだブルーオーシャンなのだ。
法務部員が押さえておくべき電子契約の理論
では、具体的にどのような知識を学べば良いのだろうか。
例えば、電子契約サービスの有効性に関する令和2年行政解釈は法務パーソンにとって必読文書だが、これを読みこなすだけでも、先に挙げた基礎知識に加えて、以下の知識があることが前提となっている。
- 署名鍵(暗号鍵)・復号鍵(公開鍵) を使った公開鍵暗号方式の仕組み
- 当事者署名型電子署名と事業者署名型電子署名の具体的な違い
- 電子署名法における電子署名の真正推定効と民事訴訟法における押印の真正推定効の要件の違い
自分の言葉で説明できるようになるには、法律の条文だけをいくら読み込んでも理解に到達できないのが、電子契約の特徴 と言える。電子署名法やその行政解釈を読む際には、まず実際の技術的な仕組みから理解し、あわせてセキュリティの世界での必須知識である認証・認可の概念等も知った上で、法令とあわせ読まなければならない。
ちなみに、この分野に関してネット上で検索できる記事は、法律だけの専門家または技術だけの専門家のどちらかが書いているために、他方の分野について不正確な解説も少なくないので、見極める目が養われていないうちは特に注意が必要である。
筆者は、こうした法律面と技術面の両方の知識を総合的かつ正確に学ぶためのテキストとして、『会社議事録・契約書・登記添付書面のデジタル作成実務Q&A』(日本加除出版,2021)を読むことを薦めたい。
書籍情報
会社議事録・契約書・登記添付書面のデジタル作成実務Q&A―電子署名・クラウドサインの活用法
- 著者:土井万二/編集 尾方宏行/著 新保さゆり/著 内藤卓/著 大塚至正/著 重松学/著 橋詰卓司/著
- 出版社:日本加除出版
- 出版年月:20210408
法務部員が押さえておくべき電子契約の運用実務
理論を抑えただけでは、実際の運用場面で社内からの法的な問い合わせや問題が起きた際に対応できない。
これらに加えて、実務面から以下3つのポイントについて押さえておくべきである。
ポイント1:締結までの流れと動き
自社で使用する電子契約サービスがどのような流れで契約締結にまで至るのか、具体的に把握しておく必要がある。
その際には、マニュアル事例のみを理解すれば良いわけではない。
- 承認者を大量に指名されたとき
- 途中で承認を転送されたとき
- 承認後に電子署名がどう付されたのかが分からないと言われたとき
- 途中で承認者が退職してしまったとき
こうしたあらゆる例外こそシミュレートしておき、自社の利用する電子契約サービスをどう使用すれば対処できるかを把握しておくことがポイントだ。
ポイント2:複数の電子契約サービスごとの仕様や違い
自社の電子契約サービスさえ把握しておけばいいのではないか?他社が利用する電子契約サービスまで把握しておく必要があるのか?
そんな声が聞こえてきそうだが、シェアトップ5ぐらいの電子契約サービスの仕様や違いは把握しておきたい。特に昨今、相手方が自社と異なる電子契約サービスの打診をしてくるケースが増えている。盲目的に打診を断るだけでは、締結当事者たる事業部の不満は募るばかりだろう。
電子契約サービスが一社に統一されないことに苛立ちを覚える法務パーソンも多いようで、ルールを振りかざして受け入れ可能な電子契約サービスを縛ろうとする向きもある。では、あなたの会社の情報システム部門が「Webexでのオンライン会議はOKだが、Teams、Zoom、Google Meet、Amazon Chimeは全て不可です。それがルールだからです」とさしたる分析や理由の解説もせずに冷たく通告してきたら、どう思うだろうか?
断るにしても、なぜAサービスが受け入れ可で、Bサービスが受け入れ不可なのか。電子契約サービスごとの技術・仕組みの違いから差異を判断し、自社の従業員に法的リスク等の観点から理由を明確に説明できる見識が求められている。
ポイント3:電子サイン・電子印鑑と呼ばれるもの電子署名との違い
ポイント2とも関連するが、一見すると電子署名で実は 法令上の要件を満たしていない「電子サイン」「電子印鑑」と呼ばれるサービス がある。これらについて、法律面・技術面から電子署名との違いを説明できない法務部員はまだまだ多い。
多くの場合、電子的に指先やスタイラスを用いて筆跡を画像として付与するものを電子サインといい、電子ファイルに印影の画像を乗せるものを電子印鑑と呼んでいる。電子署名法の電子署名の要件を満たしているのかいないのか、満たしているとして、例えば取締役会議事録や登記等にも使えるのか、電子契約サービス事業者自身があえて明らかにしていないものが多い。
これらと電子署名の違いを明確に把握しておかなければ、契約の相手方とのやり取りでお互いの認識にズレが生じ、いざ締結段階になって揉めることがある。
電子契約の運用実務を介して広がる社内人脈
なぜ「若手法務」こそがこの武器を入手すべきなのか。一番の理由は、電子契約に精通している者には、社内のあらゆる人からの相談が来るから だ。
電子契約はその性質上、社内のあらゆる人に影響を与える。しかし、電子契約が何たるかについてはまだ社会一般の常識にまでは至っていない(そもそも至ることはないのかもしれないが)ため、ちょっとした質問等が電子契約に精通している者に集まることになる。
まだ武器の少ない若手法務には、一般に相談が集まりにくい。相談が集まらなければ、社内での顔が広がりにくくなる。顔が広がらなければ経験も蓄積できず、成長速度は遅くなる。若手法務が電子契約という武器を持つことで、社内人脈が広がることが期待できる。
電子契約を通じた社外の法務部・法務パーソンとの交流
「若手法務」こそがこの武器を入手すべき理由のもう一つの理由は、電子契約を話題のきっかけにして早い段階から社外の法務の水準を知ることができるから だ。
法務部という組織は、一見するとどの会社も似たようなことをやっているように見える。しかし、よく目を凝らしてみると、その内実は実にバリエーションに富んだいることが分かる。例えば、業務内容としては契約書審査、法律相談のみに特化している会社もあれば、広報、セキュリティ関連、監査までも実施している会社もある。伝統的なやり方を重んじる会社もあれば、柔軟にルールを変更して常に業務フローをアップデートし続ける会社もある。
今電子契約に詳しくなると、契約の相手方の法務部から質問や、電子契約サービス業者のユーザー会・セミナー等を通して、社外の法務部との交流を図る機会を得ることができる。これらの機会を通じて外の世界を知り、自分にとって理想的な法務像がどんなものなのか、所属する組織がそこに近づくにはどうすればいいのかを考える機会が圧倒的に増えるはずだ。
電子契約導入成功で法務の評価とプレゼンスを向上できる
筆者は、電子契約の導入担当者として、民法の知識もほとんど無いような右も左も分からないような状態から、電子契約の勉強をし、最終的にはクラウドサインを導入して、社内の広報にとりあげられ、社内で一定の評価を得ることができた。電子契約という武器を得て、一人の法務部員として自信をつけてきた。
導入して数年が経過したが、今でも社内外の様々な人から多くの相談が来る。そこで話し合った人達のうちの大半は、電子契約という武器が私に無ければ声を聞くことすら無かった人達だ。これらは電子契約という武器が私にもたらしてくれた財産だ。
若手法務パーソンだからこそ、早くこの武器を入手し、こうした財産を築いて欲しい。
(文:あいぱる、画像:バクもどき / PIXTA)
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