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「書面交付」義務が「書面承諾取得」義務に?改正特定商取引法附帯決議への疑問


契約時の書面交付義務について、電子化に向けた書面交付義務緩和を認める特定商取引法の改正が、国会でようやく可決されました。しかし、その附帯決議を見ると、交付義務に過ぎなかった法令の要件を過度に加重する内容となっています。

特定商取引法の書面交付義務の改正—契約の完全デジタル化を目指して

消費者保護を目的とした特定商取引法の具体的規制内容の一つに、特定の契約類型に対し、契約内容を書面化して消費者に交付する義務があります。

デジタルファーストに向けた社会変革の中でも、この分野の電子化については慎重な議論が続けられてきましたが(関連記事:特定商取引法のクーリングオフ書面交付義務—電子契約で完全電子化は可能か?)、2021年の通常国会において、書面交付義務を緩和し電磁的方法を認める法案が可決・成立 しました。

悪質商法規制の2法成立 契約書、メールでも可能に(日本経済新聞)

悪質商法に対する規制を強化する改正特定商取引法と改正預託法が9日、参院本会議で与党などの賛成多数で可決、成立した。2法は、紙での交付が義務付けられていた契約書面について、メールなどで電子交付することも可能とする条項を盛り込んだ。契約書面の電子化を除き、1年以内に施行される見通し。

契約書面の電子化については2年後を目処に、電磁的方法すなわち電子ファイルを電子メール等で送信する方法や、クラウドサインのようなPDFによる電子契約でも可とすることが認められることとなります。

衆議院・参議院で特商法改正案に附帯決議が付与される

本改正法は、現行法が書面交付義務を定めている各条に、以下のような条文を差し込むことにより、契約書面の電磁的方法を認めるものです。これを読むと、消費者の「承諾」があれば、電子メール等で交付書面を代替できることとなります。

2 販売業者又は役務提供事業者は、前項の規定による書面の交付に代えて、政令で定めるところにより、当該申込みをした者の承諾を得て、当該書面に記載すべき事項を 電磁的方法(電子情報処理組織を使用する方法その他の情報通信の技術を利用する方法であつて主務省令で定めるものをいう。以下同じ。)により提供することができる。 この場合において、当該販売業者又は当該役務提供事業者は、当該書面を交付したものとみなす。
3 前項前段の規定による書面に記載すべき事項の電磁的方法(主務省令で定める方法 を除く。)による提供は、当該申込みをした者の使用に係る電子計算機に備えられたファイルへの記録がされた時に当該申込みをした者に到達したものとみなす。

ところが、今回の特商法改正では、衆議院・参議院での審議の過程で以下のように多数の附帯決議が付与 されました。

https://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/190/f427_052001.pdf 2021年6月11日最終アクセス
https://www.sangiin.go.jp/japanese/gianjoho/ketsugi/190/f427_052001.pdf 2021年6月11日最終アクセス

中でも、政省令の制定において大きな問題となりそうなのが、附帯決議1項の内容です。以下抜粋します。

一 書面交付の電子化に関する消費者の承諾の要件を政省令等により定めるに当たっては、消費者が承諾の意義・効果を理解した上で真意に基づく明示的な意思表明を行う場合に限定されることを確保するため、事業者が消費者から承諾を取る際に、電磁的方法で提供されるものが契約内容を記した重要なものであることや契約書面等を受け取った時点がクーリング・オフの起算点となることを書面等により明示的に示すなど、書面交付義務が持つ消費者保護機能が確保されるよう慎重な要件設定を行うこと。また、高齢者などが事業者に言われるままに本意でない承諾をしてしまうことがないよう、家族や第三者の関与なども検討すること

これによれば、電子化の具体的方法を定める政省令において「電子化をするための承諾を、書面でその重要性を示してから取得せよ」という(法令本文にはない)義務が、新たに生まれる こととなります。

「書面での交付」義務が「書面での承諾取得」義務に?

この附帯義務が、改正の目的とは大きな矛盾を孕んだ結果をもたらすものとなってしまいかねないことに、お気づきの方もいらっしゃるかもしれません。

改正前の特定商取引法は、事業者が意図的に契約を書面で交わさないことによって発生しうる消費者の不利益を想定・懸念し、書面を交付する義務を事業者に課すものでした。しかし、書面「交付」義務を電子化する場合には、わざわざその「承諾」を書面を交えて取らなければならない、という義務を新設したのです。

これにより、電子化を望む事業者は、これまでの(単なる)交付義務を超えて、重い負担付きの承諾取得義務を書面をもって果たさなければならないという、理解しがたい法改正 になってしまいました。

「書面での交付」義務が「書面での承諾取得」義務に?
「書面での交付」義務が「書面での承諾取得」義務に?

もし、ペーパーレスを望む消費者が、デジタル化に承諾する気があったとしても、事業者はこれまでよりも重い負担を背負うことになります。これを知れば、事業者はどういう行動を取るでしょうか?

「書面で説明して「承諾」を取らなきゃいけなくなるなら、却って面倒では?」
「それなら、今まで通り紙を渡す書面「交付」でいいや」

こうなってしまうのが、自然ではないでしょうか。

電子化を認める他の法令での書面化「承諾」プロセスと比較しても異質

電子化をすることについて、書面を交えて説明し承諾を取得せよと義務づけるのは、同じような建て付けで書面交付義務の電子化を認める法令と比較しても異質 です。

例えば、同じような条文の建て付けで電子化を認める法令に、以下のようなものがあります。

  • 雇用契約における労働条件通知義務を定めた労働基準法および同施行規則
  • 旅行契約における説明書面交付義務を定めた旅行業法および同施行令
  • 下請取引における3条書面の交付義務を定めた下請法3条2項

これらの法令では、電子化することの承諾も電磁的方法で取得すれば足りるのはもちろん、書面での重要性説明義務などもありません。

消費者保護のために、「電子化」の可否について、慎重に「書面」で確認させる義務を事業者に負わせよう。これは、一見するとアイデアとして正しいもののように見えます。

しかし、元々の事業者の義務が承諾不要な「交付」義務に過ぎなかったことを忘れ、過度に義務を強化するばかりか、紙による交付を望まない消費者に対しても、余計な負担を背負わせる結果を予測できていない と言わざるを得ません。法律本文に定めのない義務を、本法を管轄する消費者庁の一存で変更できる政省令で事業者に課すことにも、違和感を覚えます。

特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会の開催

本法の附帯決議では、2項として、

二 書面交付の電子化に関する承諾の要件を検討するに当たっては、悪失業者の手口や消費者被害の実態を十分に踏まえた上で、学識経験者、消費者団体、消費生活相談員等の関係者による十分な意見交換を尽くすこと。

とあり、これを受けて令和3年7月より「特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会」が開催され、令和4年春ごろをめどに具体的方法についてとりまとめが行われる予定です。

特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会の開催 https://www.caa.go.jp/notice/entry/024911/ 2021年9月22日最終アクセス
特定商取引法等の契約書面等の電子化に関する検討会の開催 https://www.caa.go.jp/notice/entry/024911/ 2021年9月22日最終アクセス

特定商法取引法が官民デジタルファーストを退行させる悪法としないためにも、すでに電子化を認める他の法令ともイコールフッティングとなるよう、合理的な判断をしていたただきたいと願います。

(文:橋詰, 画像: CORA / PIXTA)

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