電子印鑑は電子契約導入の入り口になるか?電子印鑑と電子署名の違いを解説
電子契約に関するセミナーに参加すると、電子署名と電子印鑑との違いに関して質問している方をお見かけします。どうやら、電子契約の前段階として電子印鑑の導入を検討されているようです。
電子印鑑を導入すれば、電子署名を用いた電子契約導入の入り口に立つことになるでしょうか。実際に電子印鑑を利用している筆者の経験を振り返りながら検討します。
電子印鑑とは
「電子印鑑」とは、電子ファイルに付すことのできる「印影の画像」 のことです。中には、作成日時や押印者の情報をあわせて記録できるものもあります。
WordやExcelといったオフィスソフトや稟議申請システムなどで、この電子印鑑を「承認したことの印(しるし)」として利用されることが多いのではないでしょうか。
電子印鑑は社内書類や請求書などで使われることが多い
なんといっても、電子印鑑の便利な点は、WordやExcelといったオフィスソフトに押印できること です。
筆者の所属先では以下のような社内書類で平社員から社長まで日常的に利用しています。筆者も利用しない日はありません。
- 各種申請・回覧
- 業務連絡・辞令
- 取締役会招集通知
まさに、紙におけるスタンプ印や認印の代わりで、筆者の場合は紙への認印よりも電子印鑑を押す回数のほうが圧倒的に多いほどです。
最近は請求書の電子化が進んでいて、社印に電子印鑑を利用されている企業もよく見かけます。PDF化すると、まるでハンコのある書面そのもので、違和感もありません。
印影画像だけの電子印鑑はすぐに作れるが複製容易
筆者が利用している電子印鑑は有料のものですが、印影画像だけであれば、無料で作成できるサービスがいくつも提供されていますし、パワーポイントで自作することもできます。
以下の画像は、パワーポイントを利用して筆者が5分足らずで自作したものです。安っぽさは否めないものの、社内であれば使用に耐えそうです。
このように、印影画像だけなら簡単に作成できる電子印鑑。しかし、あくまで画像にすぎないので複製が容易 です。
実は、筆者が利用している有料サービスでも複製は容易です。そのサービスでは、新たに電子印鑑を押すことはその電子印鑑が割り当てられた本人にしかできませんが、一度作出された印影画像はコピー&ペーストが可能となっています。そのため、本人不在時や役職者の押印の手間を省くために、印影画像を拝借することもできます。
さらに、その電子印鑑には、押印日時や押印者(電子印鑑が割り当てられた本人)の情報が自動的に記録されるのですが、コピー&ペーストした場合はその情報までそのまま複製されてしまい、本人が押印したのと見た目がまったく変わりません。つまり、悪用も可能です。
電子印鑑で電子契約を締結できるか
このような電子印鑑で、電子契約を締結することはできるでしょうか?
答えはYESです。なぜなら、電子契約とは、事業者が契約書の代わりにコンピュータネットワークを利用して作成する電子データのことであり(電子委任状法2条2項)、セキュリティ対策など特別な要件は課されていません。したがって、電子印鑑を利用して締結することも、電子契約に含まれます。
しかし、電子契約というだけでは、改ざんの可能性があるため、ビジネスで安心して利用することはできません(参考:電子契約の「そもそも」論—法務パーソンなら知っておきたい電子契約5つのポイント)
電子印鑑は電子署名といえるか
電子契約に電子署名が施されていれば、「誰が」「何に」合意したかが記録されるので、ビジネスでの利用に近づきます。では、電子印鑑は、電子署名といえるでしょうか。
電子署名といえるためには、①作成者明示機能と②改ざん検知機能を備える必要があります(電子署名法2条1項)。電子印鑑では通常は作成者が明示されるため、①作成者明示機能は備えていると言えます。これに加えて②改ざん検知機能があれば、電子署名といえそうです。しかし残念ながら、ただの 印影画像に改ざん検知機能はありません。
筆者が利用している有料の電子印鑑も、改ざん検知機能は備えていないので、電子署名として利用することはできません。
改ざん検知機能が備わっている電子印鑑であれば、それはもう電子署名です。ただし、電子契約として利用する場合には契約の相手方にも同じツールで対応してもらう必要があり、その分コストもかかってくるでしょう。
電子契約を利用したときに記名欄に付く電子印鑑の意味
でも、電子契約サービスで締結した契約の中にも、電子印鑑が付いているものがあるではないか?
そう思われた読者がいらっしゃるかもしれません。結論からいえば、その電子印鑑は、電子署名したかどうかの目印にはなりますが、電子署名の一部というわけではありません。
なぜなら、繰り返しになりますが、印影画像にすぎない電子印鑑には、改ざん検知機能がないからです。実際、電子契約サービスを利用した契約には、電子印鑑が付いていないものも多いです。
クラウドサインをはじめとする電子契約サービスでは、電子印鑑(印影画像)がなくても、電子署名されていることは電子契約ファイル(PDF)の署名パネルを見ればわかります。そして、署名パネルに電子署名の情報が記録されていれば、ファイルを開くとひと目でわかり、見逃すこともありません。
筆者は、クラウドサインで締結された電子契約をいくつか見てきましたが、標準機能として電子印鑑を付けることができるにもかかわらず、利用されているのを見かけたことがありません。
電子契約を初めて見たときの筆者もそうだったのですが、「電子契約でも電子印鑑が必要だ」という考えは、紙の習慣を電子契約に持ち込んでしまっています。まずその習慣から脱却しなければ、文書のDXは始まらないのです。
電子印鑑を導入する前に検討すべきこと
業務効率化やペーパーレス化のために電子印鑑を導入したいという方もいらっしゃるかもしれません。しかし、電子印鑑は本当に必要なのでしょうか。
導入を決断する前に以下の点を考えてみてください。
電子印鑑があれば業務は効率化されるか
電子印鑑は印影の画像なので、「画像を貼り付ける」という作業が必要です。
たとえば、筆者の所属先の業務連絡には、発信元の責任者の電子印鑑が付きます。その押印をもらうのに、「紙に印刷する」というステップがないためペーパーレス化は実現されています。
しかし、担当者がメールで確認依頼を行い、責任者がローカル環境にダウンロードの上押印してメールで返信するという流れになっており、効率的かと問われると疑問です。
電子印鑑を導入すればペーパーレス化は進みますが、手段に囚われて肝心の業務効率化が実現しなければ意味がありません。電子印鑑の導入で業務の効率化が図れるのか、業務フローを描きながら検討することが必要です。
電子印鑑がなくても業務効率化やペーパーレス化はできないか
もう一歩進んで、電子印鑑なしに業務効率化やペーパーレス化が実現できないのか検討することも重要です。
そもそも 業務連絡に責任者の電子印鑑は必要でしょうか。業務連絡は誰でも好きに発信できるものではなく、一定のルールに従ってしかるべきところから発出されるのが通常です。押印の有無で権威が変わるものではありません。
同様に、申請や回覧も、発信者がわかるメールやチャットツールであれば押印は不要ではないでしょうか。むしろ、そのほうがなりすましも生じにくく、悪用の余地がなくてよいように思われます。
以上から筆者は、今から始める業務効率化やペーパーレス化には、電子印鑑は不要と考えます。
電子印鑑は電子契約の入り口にはならない
法務仲間からも、「電子契約導入はまだハードルが高いから、まずは最初のステップとして社内書類で電子印鑑を導入しようと考えている」という話を聞いたことがあります。
確かに、対外的な書類に手をつけるよりは、社内書類から始めるほうがハードルは低いです。しかし、筆者は、文書のDXにおいて、電子印鑑、電子署名そして電子契約は同一線上にはない と考えます。
- あくまで社内利用に限られ、PCさえあれば作成でき、コピー&ペーストも許容する電子印鑑
- 対外的な合意の証拠に利用する電子署名
これらは、作成のフローも効果もまったく異なるものだからです。
電子契約サービスの選択、承認フローの設計や相手方への説明、締結済契約の保管方法といった電子契約導入にあたっての検討に、電子印鑑の経験は生かされません。
現に、筆者の所属先ではかなり長い間電子印鑑を利用していますが、いまだに電子契約の本格導入には至りません。
これまでの実務を基礎とすれば、電子印鑑が便利なものであることは疑いがありません。しかし、電子印鑑と電子署名の違いと筆者の経験からして、電子印鑑は電子契約の入り口にはならない と筆者は考えています。
(イラスト・文 いとう)
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