「口約束のモデルリリース」問題をテクノロジーで解決するには
被写体に写真素材としての利用を同意してもらう「モデルリリース(肖像権使用許諾)」。撮影者はもちろん、被写体にとっても重要な手続きのはずが、徹底されているとは言い難い。テクノロジーを使った「うまいやり方」はないだろうか。
モデルリリースとは呼べない「甘酸っぱい口約束」
ひとしきり撮影も終わって、
「私の写っている写真、全部好きに使っていいからね。」
問わず語りにそう言われた時、「天にも舞い上がる気持ちとはこのことか」と思った。
僕は「写真のウデが認められた」とか、「大きな信頼を得た」と勝手に脳内で理解したんだけど、今思えばそこまで仰々しい理由ではないのかもしれない。なにせ、お互い恋も真っ盛りだった頃の話だ。
有頂天になっている時の言葉ほど、熱はきっと冷めやすい。そんな冷えた感情とは裏腹に、ただの口約束でも、民法上は契約は成立しているはずなのだけれど。
(契約の成立と方式)
第522条 契約は、契約の内容を示してその締結を申し入れる意思表示(以下「申込み」という。)に対して相手方が承諾をしたときに成立する。
2 契約の成立には、法令に特別の定めがある場合を除き、書面の作成その他の方式を具備することを要しない。
もちろんいくつかの例外はあるし、言った言わない論争があるから契約書は存在している。契約書があっても、揉めるときは揉めるのだ。
被写体とのトラブル—権利とリスク
今回のようなケースであれば、口約束の立証は許諾を得る立場の側(撮影者)にあるはずろうだけど、悲しいかな法律用語が出た瞬間に、思考は停止しがちになる。
「好きに使っていい」で言質を取ったことにして、被写体側の無知・善意につけ込んで、不合理を押し切ろうとする輩がいるかもしれない。
ここでは、被写体との間で起こるトラブルのポイント を整理してみたい。
まず気になるのはプライバシー
どんな姿でも良いのか。街中のポートレイトならいざ知らず、寝顔やヌードなんて、プライバシー性の高い写真が混じっていないか。何が他人の琴線や逆鱗に触れるかなんて、わからない。親しい間柄でも、後で言われて気付かされたりする。
アートだと言って、きわどい写真の利用もあるかもしれない。一度ネットで流れたデータは、このご時世どこで保存されているかわからない。アダルトサイトなどで、さらに無断で流用されれば、事態の収集がつかなくなってしまう。
損害賠償を行って勝訴したとしても、本質的にはお金では解決できない問題と言ってもいい。
どこに公開するの
Instagram、Twitter、FacebookといったSNSや、YoutubeやTiktokといった動画メディアの普及によって、表現の場がかなり広がっている。加えてWEBページ、書籍、展示会といった既存のメディアも健在だ。
展示会などのイベントにおいては、会期が決まっているけれど、インターネット上では半永久的に残ってしまう。
どこに自分の写真が使われているか? それを継続的に確認し、削除申請を行うなんてことに時間を使いたくはないだろう。
芸能/モデルデビューで事態はさらに複雑に
めったに無いことではあるだろうけど、もし被写体が芸能・モデル事務所に所属することになったら、問題になる可能性はかなり高い。冒頭の言葉があった場合、さらに状況はややこしくなりそうだ。
今回は口約束であり、撮影者側の立証が必要になるが、法律以前の問題として、人気商売としてケチがつくような状況は避けたい。
またCM/広告の出演に影響のあるような写真の場合、クライアントNGが出るケースだって考えられる。撮影側が削除に応じなければ、せっかくのチャンスもふいにしてしまう。
芸能・モデル事務所の多くが、使用期限のない肖像、いわゆる買い切りに応じていない。その理由として、無制限という拘束が発生すると、競合他社などへの活動に制限が生まれてしまうからだ。だからこそ多くの事務所が競合を排除するための追加料金を設定している。
もちろんいつまでも同業他社の広告塔して利用があるのは、必ずしも良いことは限らない。同じ肖像を利用するには、クリエイティブ面としても疑問が出てくるところだろう。
モデルリリースに必要な契約項目
個人が特定できる写真を利用するには、モデルリリースと呼ばれる肖像権の使用許諾同意書を撮影前に取得しておく必要がある。
撮影者と被写体とが余計なトラブルにならないために必要な契約項目 として、どんなものが挙げられるだろうか
- 公開メディア(場所)
- 利用内容
- 公開期限
- 二次利用
- 未成年であれば親権者の同意
公序良俗に反するような状況や宗教政治的にスタンスでの利用の有無など、被写体に安心してもらうためにも、どのメディアで、どれくらいの期限の掲載があるのか。さらに未成年であれば親権者の同意は、必須の内容と言っていい。
また昨今であれば、公開するメディア(場所)以外に、メディアや自身のSNSなどでも利用するための確認も必要だ。もちろんその掲載期限の確認も忘れないようにしたい。
ストリートフォトではなく、モデルとして日付や場所を決めてお願いするような場合であれば、
- 撮影料の有無や料金
- 被写体側の撮影データの利用可否
- 交通費
といった内容も盛り込んでおきたい。
ちなみに、写真素材を利用できるAdobe Stockでは、
自問してみてください。写真の中の人物が自分であることを他の人は特定できるでしょうか。答えが「はい」の場合、提出の際、モデルリリースを添付する必要があります。外部の要因(一緒に写っている認識可能な人物、独特な衣服、持ち物、場所など)と個人的な要因(タトゥーやあざなど)によって特定できる場合もあります。このため、体の一部の近影でもモデルリリースを取得するのが安全です。ヌードやセクシーな表現をおこなう場合、モデルが特定できなくても、モデルリリースが必要です。モデルリリースには、モデルが成人であることを確認するためにモデルの顔写真付き身分証明書のコピーを含める必要があります。
として、きわどい表現をおこなう場合において、モデルリリースの徹底を求め、顔写真付き身分証明書のコピーまで要求している。
テクノロジーを活用したモデルリリースの締結方法と選択肢
2019年時点で日本での「Instagram」の月間アクティブアカウント数は3300万を突破していたというのに、その一方で、肖像権や口約束による契約リスクといった法律への理解と、被写体としてメディアに公開する背景への配慮は、端末やメディアの普及状況に比べて、全く追いついていない ように見える。
安易な口約束はしない。被写体になった際にこれからを予想すると、必須の姿勢ではある。撮影側としてもそれは同様だ。
その理解の上で、もう少しテクノロジーの助けが欲しいところではある。
電子契約をモデルリリースに活用する
一つのアイデアが、モデルリリースへの電子契約の活用だ。
電子契約プラットフォームを使って、先に述べたような項目をプルダウン形式やチェックボックス方式で並べて選択していき、クラウド上でかんたんにモデルリリースを締結できる といったものだ。
クラウドサインには、チェックボックスを契約書に簡単に埋め込める仕組みがある。受信者となるモデル側に準備や費用負担も発生しないし、スマホだけでも同意できるから、すぐにでも受け入れられる気はする。
カメラアプリやスマートフォンOSに標準機能として実装する
さらに、カメラアプリやスマートフォンOS自体にモデルリリースの作成機能を実装 してはどうだろうか。
顔認識と連動して、相手の同意を得ないとシャッターを切れないモードを作っても、おもしろい。
同意することによるデメリットなども簡単に画面上に可視化され、撮影後に通知が飛べば被写体とのトラブルも減る。そうした心残りの少ない意思決定ができる仕組みもあったらいい。
口約束をそのままアプリで「固定」する
電子契約システムやOSレベルの実装とまで行かなくても、口約束をそのままアプリで録音して交換できるアプリ があってもいい。
そんなことをこのメディアの編集長とブレストしていたら、彼が懐かしそうに「昔々、そんなスマホアプリがあったんだよなぁ」と、2Sign(ツーサイン)を紹介してくれた。音声で質問に答えていくだけで契約を作成し、音声でサインするというもののようだ。
現在、このスタートアップは残念ながら志半ばでリタイヤしてしまったようだ。時代を先取りし過ぎたのかもしれない。
未来では、契約を無粋と感じない世の中になるか、それが無粋さの象徴であったことを忘れさせるほど、テクノロジーによって契約がより身近になっているのか。
僕はもう少し楽をしたい。
(写真・文 宗田)
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