電子契約の原本はどのファイル?訴訟と税務調査で場合分けして解説
紙の契約書の原本は、当事者が製本しハンコを押した紙そのものです。一方、実体を持たずコピーもかんたんにできるデジタルの世界において、どこにある・どの電子ファイルが電子契約の原本となるのでしょうか?クラウド型電子契約サービスを例に整理します。
紙の契約書(書面契約)と電子契約の違い
原本とは何かを整理する前提として、書面契約と電子契約との間にはどのような点に違いがあるのかを比較してみます。
分類 | 書面契約 | 電子契約 |
---|---|---|
書類媒体 | 紙への印刷 | 電子データ |
署名方法 | 記名押印、署名 | 電子署名 |
締結日時の証明 | 日付記入、確定日付の取得 | タイムスタンプ |
相互確認 | 原本の郵送、持参による受け渡し | インターネット上での電子データによる受け渡し |
保管方法 | 倉庫やキャビネットによる原本の物理的な保管 | 自社内のサーバーや外部のクラウドストレージによる電子的な保管 |
書面契約では、契約内容を記した紙にハンコによる「押印」やペンで「手書き署名」を行います。そのため、朱肉の印影やペンによる筆跡があれば、原本であることが容易にわかります。これに対し、電子契約はパソコンやスマートフォンを使い、暗号技術を応用した「電子署名」と「タイムスタンプ」を電子ファイルに施すのが電子契約です。電子ファイルの場合、紙のように朱肉や筆跡がないため、目で見てパッと原本がどれかはわかりにくいかもしれません。
また、紙の文書と電子文書との違いの一つに、実体のない電子文書はコピーをかんたんに作成できる、という点があります。寸分違わぬコピーファイルを何個でも複製でき、それによって通信回線を通じていつでもどこでも情報が共有しやすくなるデジタルな世界では、コピーされた情報がオリジナルから不正に改変されていないことを保証する技術が求められるわけです。
その技術の一つが、クラウドサインのような電子契約に用いられる電子署名です。
「電子契約の原本ファイルはどれ?」紙の契約書には無かった疑問と混乱
電子契約では、オリジナルの電子ファイルの内容から改変されていないことを保証する電子署名を、「署名パネル」等から確認できるようになっています。これが紙の契約書における印影や筆跡にあたるものと考えて差し支えありません。
しかし、電子署名によってその内容はオリジナルと変わらないことが保証されていると言っても、その電子ファイルのコピーがいくつも作成できるとなると、電子契約の取扱いにおいて、紙の契約書では発生しなかった一つの疑問 が生じます。
- クラウド型電子契約サービス上で生成されクラウド上に保存されている電子契約ファイル
- クラウドから通信回線を通してダウンロードした電子契約ファイル
- ダウンロードした電子ファイルをさらに手元で複製した電子契約ファイル
- 電子メールで電子ファイルを送信し、相手が受信したときに生成される複製物としての電子契約ファイル
電子契約締結後、このようにしてその契約ファイルが複数作成された場合、「原本」にあたる電子契約のファイルは、1から4のどれになるのでしょうか? または、すべてを「原本」と考えるべきなのでしょうか?
訴訟と税務調査を意識した電子契約の原本・謄本・正本・写しの区別
結論を先に述べれば、当事者が合意したタイミングでサーバー上で電子署名およびタイムスタンプを付与し、そのファイルをクラウド上に保存するタイプの電子契約サービスであれば、原本がどれであるかを心配する必要はない と考えます。
クラウド上で生成された電子署名済みファイルを複製しても、途中のプロセスでその内容を意図的に変更しない限りデジタル署名・タイムスタンプのハッシュ値は一致し、複製の対象となった元のファイルの内容と同一である(改変されていない)ことは容易に立証できるためです。従って、複数のファイルが存在しても、お客様は原本がどのファイルだったのかを気にしていただく必要はありません。
そうは言っても、原本がどれかを明確にしておきたいというお客様もいらっしゃいます。その主な理由・ニーズとして、以下2点が挙げられます。
(1) 対裁判所:訴訟において原本がどれであるかが問題となった場合に備えたい
(2) 対税務当局:税務調査等において原本の提出や確認を求められた場合に備えたい
(1)対裁判所:訴訟において原本がどれであるかが問題となった場合に備えたい
訴訟を意識したときの契約書の「原本」とは何かについて、整理してみましょう。
特に、訴訟においては証拠の取調べのために裁判所より原本の提出を命じられることもある(民事訴訟規則143条)ために、重要となります。
(文書の提出等の方法)
第百四十三条 文書の提出又は送付は、原本、正本又は認証のある謄本でしなければならない。
2 裁判所は、前項の規定にかかわらず、原本の提出を命じ、又は送付をさせることができる。
まず先に、紙の契約書の原本の定義について確認します。以下、司法研修所編『民事訴訟における事実認定』(法曹会、2007年)P67より引用します。
原本、正本、謄本、抄本の区別は、同一内容の文書間の相互関係に基づく区別であって、作成者を基準として区別される。
ア 原本は、一定の思想を表現するという目的の下に、最初に、かつ、確定的に作成された文書である。通常は、原本は1通であるが、契約書を双方に取り交わす場合等には、数通作成されることがある。
イ 謄本、抄本、正本は、原本の全部又は一部を写したものであり、写しを作った者が作成者となる。
紙の文書を証拠として裁判所に提出する場合、原本以外はすべて写しとして扱われ、その方法によって謄本・抄本・正本などに別れる。この関係を一般の方にもわかりやすく図示しながら解説した文書として、特許庁審判部「文書の原本・写しについて」があります。
では、紙ではない電子文書が訴訟で扱われる場合に、何を原本とし、どのように証拠提出すべきか?
実はこの点、法令上は明確に定められておらず、いくつかの学説が対立 しています(町村泰貴ほか『電子証拠の理論と実務』(民事法研究会,2016)P232)。
このような対立はあるものの、現状の裁判実務では、電子ファイルをプリントアウトし文書として提出することにより証拠として採用されています。このことは、司法研修所編『民事訴訟における事実認定』(法曹会,2007)P57において、以下の通り述べられています。
現行民訴法は、磁気ディスク等の証拠調べの方法を明文化しなかったため、これらの証拠調べの方法は解釈、運用にゆだねられることとなったが、実際には、磁気ディスク等に保存された情報については、これをプリントアウト等し、これを閲読することによって認識するのが通常であるから、プリントアウトした書面を原本として、これを書証の手続きにより証拠調べをする(略)のが本則 であるということができよう。
以上を総合すると、クラウド型電子契約の場合、「最初に、かつ、確定的に作成された(電子)文書」となるクラウド上の電子ファイルが原本に相当するが、訴訟手続き上はそのプリントアウトを提出することで証拠調べが行われる、という整理でよいでしょう。
(2)対税務当局:税務調査等において原本の提出や確認を求められた場合に備えたい
では、税務を意識した場合には、電子契約の原本をどのように考えればよいでしょうか。
この点に関し、電子契約の原本性について直接の見解を述べたものではありませんが、国税庁の電子帳簿保存法Q&A問12において、以下のとおりデータと原本の同一性を要求しています。
問12 電磁的記録を外部記憶媒体へ保存する場合の要件はどういうものがありますか。
【解説】電子帳簿保存法では、記憶媒体や保存すべき電磁的記録を限定する規定はないことから、電子取引の取引情報に係る電磁的記録の保存媒体については保存義務者が任意に選択することができることとなります。
また、保存要件に関しても記憶媒体ごとに規定されていないことから、いずれの記憶媒体であっても同一の要件が適用されることとなります。
なお、実際のデータの保存に際しては、サーバ等で保存していた電磁的記録と外部記憶媒体に保存している電磁的記録は当然に同一のものでなければなりません。このため、必要に応じて電磁的記録の保存に関する責任者を定めるとともに、管理規則を作成し、これを備え付けるなど、管理・保管に万全を期すことが望ましいと考えられます。
さらに、平成10年5月28日付国税庁通達「電子帳簿保存法取扱通達の制定について」(令和2年6月23日改正)の解説では、暗号化されたデータの取扱いとして、以下の記述があります。
受信データを自己の複数の各業務システムに分割して引き継いでいるような場合は、その分割前の変換直後のものが保存すべきデータとなる。
このような記載のとおり、データのコピー元がどこにあるのかを強く意識した実務があることから、税務上はクラウド上の電子ファイルを原本と認識するのが正しい、という整理ができます。
なお、2020年10月1日付で電子帳簿保存法施行規則が改正され、クラウド上で保存した契約データが変更できない、または変更した場合にはそのログが追えるものであれば、タイムスタンプの付与も不要となりました。
よって、税務調査時には、原本としてのクラウド上のデータおよび変更ログ等の電磁的記録が出力できるようにしておく必要があります。
電子帳簿保存法におけるデータ保存の要件を詳しく知りたい方は「電子帳簿保存法で定められた契約書の「データ保存」要件とは 適法な保管・保存方法を解説」も参考にしてみてください。
電子契約における原本・謄本・正本・写しの整理とまとめ
まとめると、クラウド型電子契約サービスを利用した場合に、訴訟上・税務上の取扱いに沿うための原本・謄本・製本・写しの考え方を整理すると、以下のとおりとなります。
- 「最初に、かつ、確定的に作成された」のはクラウドサーバー上の電子署名済み電子ファイルであり、これが原本に相当する
- 「原本の全部を写した」のはクラウドからダウンロードした電子署名済み電子ファイルのコピーであり、これらが謄本・正本に相当する
- 電子署名とタイムスタンプにより、ダウンロード・コピーしたファイルであっても、電子契約の原本と相違ないことが容易に立証できる
クラウド型電子契約サービスごとの原本に関する仕様の違いと注意点
なお、クラウド型電子契約サービスの中には、契約に同意した時点では電子署名を付与せず、クラウドからPDFファイルをダウンロードするタイミングで電子署名を付与するタイプのサービスがあります。
このようなサービスの場合、クラウド上のログデータのみが原本に相当し、謄本・正本に相当するコピーデータの内容が元のデータと一致するかは、当該ベンダーの保証能力に依存することとなります。何らかの事情によりそのクラウドサービスにアクセスできなくなると、ユーザーは原本としての元データを入手できなくなるため、事実上のベンダーロックインが発生する ことに注意が必要です。
クラウドサインでは、当事者それぞれが契約に同意する時点で電子署名をほどこし、全員が合意した時点のタイムスタンプを付与した上でクラウド上に保管します。加えて同一ファイルをダウンロード可能とし、かつ電子メールでも配信しますので、こうした心配はありません。
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今すぐ相談この記事を書いたライター
弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部リーガルデザインチーム 橋詰卓司
弁護士ドットコムクラウドサイン事業本部マーケティング部および政策企画室所属。電気通信業、人材サービス業、Webサービス業ベンチャー、スマホエンターテインメントサービス業など上場・非上場問わず大小様々な企業で法務を担当。主要な著書として、『会社議事録・契約書・登記添付書面のデジタル作成実務Q&A』(日本加除出版、2021)、『良いウェブサービスを支える 「利用規約」の作り方』(技術評論社、2019年)などがある。
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