LayerX × CITY LIGHTS LAW特別対談—スマートリーガルコントラクトの近未来
LayerXでビジネス開発とリサーチに携わる@th_satこと畑島 崇宏さまと、シティライツ法律事務所の水野祐先生に、「スマート”リーガル”コントラクト」の未来について、対談形式でお話をお伺いしました。
ブロックチェーンニュースを発信し続ける謎のTwitterアカウント“th_sat”の正体
水野:
畑島さん、初めまして。
今回、こういう対談に参加させていただいた経緯なんですけども、1年ちょっと前に私がメンバーとして参加しているリーガルデザインラボと弁コムさん、THE GUILDの深津貴之さんでリーガルデザインに関する共同研究をやりまして。それこそClauseとか OpenLawとかAccord Projectとか、契約の未来を志向する海外のプロジェクトをリサーチしながら、自分達からも大きなうねりを作っていければなんて思いながらモックを作ったりしていたのですが、そういうところまで行かず収束してしまいました。
橋詰:
概念整理で終わってしまいましたね。
水野:
弁護士ドットコムさん中心に頑張って下さったんですが、私の力不足もあり、先日その数年の振り返りを橋詰さんとやったんです。
弁コムさんとLayerXさんとの提携を楽しみにしてますよと話を振りつつ、前から気になっていたLayerXの社員さんらしきTwitter アカウント「@th_sat」さんって何者なんですか?と私が水を向けさせて頂きました。橋詰さんも知らなくて、謎の人だったんですよね?
ブロックチェーンだけでなく、多分、日本でもトップクラスに「スマートリーガルコントラクト」にお詳しいし、情報も早いし、あれだけ追いかけていただけるとそれだけで僕もすごく助かって。橋詰さんも「よくわかんないんですけどLayerXさんに聞いてみます」と動いてくれて、こんな対談になってしまいました(笑)。
橋詰:
私も便乗してSatさんにお会いしたかったので、今回、対談を設定させていただきました(笑)。
水野:
そういえばなんで畑島さんなのにSatさんなんですか?
畑島:
Twitterを見ていただいてありがとうございます。そこから行きますか(笑)。
ビットコインとかブロックチェーンとかに興味を持ち始めたのは2014年頃で、その頃は野村総合研究所というところにおりました。システムコンサルタントをやっていまして、その2014年ころには暗号通貨が仕事になるはずもなく、どちらかと言うとビットコインとか持っていると捕まるんじゃないか?ぐらいのアングラなイメージだったと思います。なので、あまり会社の名前と紐付くのはよろしくないんじゃないかと。ビットコインの勉強会とかに行くときもあまり会社名を出さないでやってましたね。
でも研究してみると結構面白かったんで、今度はいろんな勉強会に自分が首を突っ込んで発信するようになりました。たとえば、日本デジタルマネー協会では、四半期に一度ぐらい「ブロックチェーン概況」というような形で YouTube で情報をブロードキャストする、という企画を行っていたりしました。
橋詰:
そのコンテンツは今でも残ってるんですか?
畑島:
それはLayerXに参加する段階で企画は停止してしまったんですが、その時に、ハンドルネームを考えました。畑島という名前は結構珍しいこともあって、自分の名前と紐づかない形でありふれたものがいいかな、satでいいかなと。勉強会でも佐藤で通してたりしましたね(笑)。Twitterのプロフィール上、所属先も何もずっと書いていなかったですし、locationをバルセロナとして当人と紐づかないようにしていました。
水野:
発信時間帯が夜が多いから、これ海外の人なんじゃないか?という話を橋詰さんとしてました。
橋詰:
日本人じゃない説がありましたもんね。
畑島:
日本語がうまい外国人だと、そう思って入社してくる人もいて、会うとびっくりされます(笑)。あまり混乱させるのもいかんな、というふうに思って、今年度に入って Twitter にLayerXと書くようにしたんです。気づいてもらえて良かったです。
水野:
LayerXに入社されたのはいつからなんですか。
畑島:
2019年の1月ですね。
水野:
LayerXさんでは何をやってらっしゃるんですか。
畑島:
ビジネスデベロップメントが8割です。コンサルティングを通じて案件化して、開発に繋げていくような仕事です。金融機関さんやメーカーさんなど、業界問わず色々やっています。前職でもシステムコンサルタントという形で業界問わず携わっていました。残り2割ぐらいでニューズレターなどを書いています。
スマートコントラクトとスマートリーガルコントラクトの違い
水野:
ここようやく2年ぐらいかな、もしかしたらもっと前からかもしれませんけど、スマートコントラクトをどう法律のフィールドに応用していくかという現実的な話が具体的に出てきて。そうする中でプログラマブルなコードとしてのスマートコントラクトと、そこに法的な効力も担保した法律家が読めることを担保したスマートリーガルコントラクト、これを区別しようという潮流が出てきたように思います。現況をどうご覧になっていらっしゃいますか。
畑島:
スマートコントラクトはそれこそブロックチェーンが出る前からあった概念です。ビットコインとか界隈の人たちもこれをワイワイ楽しくおもちゃのようにいじっていました。 そのうちICO のブームが来て、2016年にそのうちの一つの The DAO というプロジェクトでプログラムのロジックにミスがあり、イーサリアムで書かれていたコントラクトを元に戻せないか、いやだめだろう、と揉めるひと悶着がありました。
そのとき、事態を収拾しようとしたプロジェクトのリーダーが、「Code is Law、コードこそ正しいんだ」と言い出したんですね。それに対して、「誰がそんなこと言ったの?中の人だけじゃないの?」と考える勢力と対立しました。
「Code is Law」の考え方については、 ブロックチェーンという世界の中だけで完結していればそれは Code is Law だろうと思います。とはいえ、100%の経済活動がブロックチェーンではない生身の世界、つまり現実世界が関係するので、そこってどうやって紐付けるんだっけ?というところから、改めて議論の俎上に上がってきたかなという風に思っています。
コードとしてのスマートコントラクト、そして何かあった時に事態を収拾するための契約書紙に書いた契約書、これらをどうにかして紐づけるものが必要であるという問題意識が、その頃から高まりはじめました。まだその頃は スマートリーガルコントラクトとは言われておらず、とにかくコードとコントラクトをちゃんと紐付けた形で管理することができれば、ブロックチェーン上でコードに何かあったとしても、つまりコードだけで事態の収拾を図れなくても、その参照先に契約書があれば、じゃあ裁判所に行って和解することもできるよねと。それが後にそのスマートリーガルコントラクトという形で言われるようになったものと理解しています。
水野:
そういう流れがあったんですね。The DAO事件の時は、人によっては法律家とエンジニアプログラマーの「意思疎通のミス」がそれに繋がったというような言い方をしてる人もいたのではないでしょうか。法律家でもありプログラマーでもある人、要は両方の言語をかける人材が必要だと言われ始めた時期だったかと思います。
畑島:
そうですね。物事を成就させて行こうとする時に、現実世界の法規制に沿った形で仕事をしていかないと、この法治社会において生きていくものとしては生きられない。とすると、このブロックチェーンのような暗号通貨世界でビジネスをしていく人は、必然的にエンジニアであってもビジネス側であっても、ちゃんとコードを理解していかないといけない。それはスマートコントラクトを書く書かない問わず、権利の移転の取り扱いをどうするかについて、リーガル面での理解を他のビジネス以上に気を遣って双方とも理解してやっていくことが必要だと。いろんな意味でリーガルとの接点は増えてきたのが、ここ数年かなと思います。
水野:
それは暗号資産やブロックチェーンの分野に法規制がようやく追いついてきたということではなくて、ブロックチェーンの特有の問題があるんでしょうか。
畑島:
いや、多分、元々法律家の世界にいらっしゃった方はこうなることは自明の理だったのかもしれませんけども、2014年ぐらいにワイワイ楽しく面白いおもちゃがエンジニアが使えるものとして生まれてきた。価値をプログラムに乗せてインターネット世界を転々流通できるブロックチェーン、これでエンジニアが経済を握れる・動かせるという夢が広がったんですね。
とはいえ、どっかでそれって実経済に与えるインパクトが一定の閾値を超えると、これはおもちゃではなくて…という話になります。2016年から17年ぐらいで、色々な国で暗号通貨の取り扱いが法規制されて一気に注目度が上がったわけですが、ブロックチェーンを新しいデータベースとして使うと効率化に効果あるかもねという、金融機関さんも気付き始めたのです。ブロックチェーンというデータベースに乗っかっているデータと、金融という契約のかたまりとの間でどういう風にすみわけをしていくとビジネスとして成立するのか。それについて主に規制機関だったり業界団体だったりというところが考え始めました。
水野:
海外のあるリーガルテック事業者が、言葉として古くからある「契約」と、「デジタルコントラクト」、「スマートリーガルコントラクト」そして「スマートコントラクト」、この四つに区別して定義して分析していました。その中で自分がわからないのが、スマートコントラクトはプログラムの話だから、法的にも有効な、つまり自動執行できるほどの法的効力をもったものが スマートリーガルコントラクトと呼ばれている場面と、もっとデジタル契約という一般的な呼び名に近く、別に法的有効性とかはわかんないけどもスマートにした契約っていうぐらいで使われている場面と、両方あるような気がしているんです。畑島さん的にはどんな風に捉えていらっしゃいますか。
畑島:
よくわからない世界ですよね。ClauseとかOpenLawの現時点のプロダクトを見る限り、コンピューター上で表現される電子契約の自動生成ツールぐらいの意味かなと。
水野:
自動執行っていうところは要件に入ってない感じですよね。
畑島:
例えば、2020年6月の20日になった時にこのロジックがブロックチェーン上で執行されますよというのがくっついてくるのは、多分セットの必須条件ではありますね。
水野:
スマートコントラクトの分野には、自動執行というニック・サボー的なアイデアにとらわれすぎている人が多ように思います。私としては、もっと色々ブロックチェーンとか新しい技術によって契約の未来、さらに言えば合意形成とか、意思決定の形をアップデートしていければいいなと思っていて、自動執行だけではない、スマートな契約ってもっと色んな形があるのではないかと思っています。「スマートコントラクト」じゃなく「スマートリーガルコントラクト」だ、と両者を区別する人たちの中には、そういう考えを持っている人がそれなりにいそうです。
畑島:
スマートリーガルコントラクトは、法律家またはリーガルテックの方が産んだ言葉かなと思います。しょせん、ブロックチェーン上で動くプログラムはみんなスマートコントラクトだということもできて、自動執行であってもなくてもいいし、価値の移動でなくてもいい。単純に状態の遷移、例えばこの帽子の色を青から赤に変える命令をこのブロックチェーンの上で実行します。すると帽子の色が全世界の台帳を見ても青から赤に変わったねというようなこと。これを実現できるのがスマートコントラクトだと思います。
ブロックチェーンを活用したリーガルテックがまだ日本に少ない理由
水野:
リーガルテックの話題が出ましたけども、リーガルテックの分野とブロックチェーンとかスマートコントラクトの分野の架橋というのは、それほど目立たないように見えます。いま市況はどんな感じでしょうか。
畑島:
暗号通貨を介したトランザクションにどう応用していくのか。これに近い分野に動いているプレーヤーと、そうではなくて、証券・金融・保険などの実ビジネスにどう適用して行こうかという観点で動いているプレイヤーと、2パターンあります。
保険の契約一つとっても、紙の書類の取り扱いや手作業などで膨大な量の作業があるのが実態です。これをうまく無くしていけないか、いろんな金融機関さんがトライをしています。ブロックチェーン上で起きた事実、たとえばちゃんとブロックチェーン上で決済されたトヨタ株を1000株を売った買ったという事実をどう整理をしていく議論が必要で、これができないと効率化はおろか、その先のブロックチェーンという新しいデータベースの利活用は実現しないと思うんですよね。
甲が「確かに契約を履行した」と言っていて、乙は「履行されていない」と言っている場合を考えます。甲がブロックチェーンという台帳の上で、乙が登記簿という台帳の上でものを言っている場合、それぞれの言い分はどちらが正しいのか。今は法整備されてないので、明らかに登記簿に書かれている方が正とされるじゃないですか。であるならば、ブロックチェーン上でいくらワイワイ言ってもしょうがないということになってしまう。
水野:
よく言われることですけども、スマートコントラクトの特徴として、法的有効性とは関係なく、技術として・プログラムとして実行可能であれば法的に有効ではなくても執行される、という大きな違いがあります。自己完結性や完全性と言いましょうか。
一方、契約の場合は別に権利義務を履行しなくてもいいわけです。「契約を破る自由」なんていう概念もあるくらいです。だけれど、何かあれば裁判所を通じて執行することになる。ただ、実務的にはこの執行というのは非常に手間や労力、費用がかかるやっかいなもので、そう考えるとやっぱりスマートコントラクトの自動執行というコンセプトは非常に魅力的です。さきほど挙げられていた最近の事例のなかで、code is lawの完全性を追求しようという例もそれなりにあるのでしょうか。
畑島:
ビジネス面でスマートコントラクトのことを考えてる方は、この自動執行を大きな魅力として捉えていると思います。例えば自動車会社と部品会社の取引で、部品会社が納めた自動車関連の部品に対し、その請求書がきますと。EDIのような仕組みはあるにせよ、まだまだ経理担当者として事務手間が結構ある。これをスマート・コントラクトすると自己完結して強制執行できます。EDIでメッセージ送って終わりじゃなくて、6月20日に1千万円を自動車会社の残高から落として部品会社の残高を1千万円増やすということを確実に行えば、経理業務は簡便になります。
水野:
スマートコントラクトが適用できる場面、つまりデジタル的な価値をそのまま移転させる、という比較的シンプルな局面においては適応・応用が可能だろうと。一方で、それ以外でふさわしくない場面もあるので、両者を使い分けていくことになるだろうというのが、現時点での一般的な評価ということですよね。
もう1点、スマートコントラクトを使う場合によく問題視されるのが巻き戻しができないという点です。何かあった場合に、ハードフォークまでいかなくても巻き戻しや上書きに関する技術や対策みたいなものって出てきているんですかね。
畑島:
技術的には可能だと思っています。あとはその運用面での問題です。ネットワークに参加をしている人たちがこういうときには巻き戻し仕方ないよね、こういうときには上書きするでしょ、ということにあらかじめ合意して特定ネットワークに参加している場合と、いやいやそんなことはありえないんだ、という場面に分かれます。
ビットコインやイーサリアムネットワークでやっている人たちは巻き戻ししない前提で動いている、ここはたぶん今後もその前提で動き続けるので、期待されている効果が発現できる。一方、ビジネスの世界ではそうでない場面もままあって、そこは通常のデータベースに近い取り回しになるんじゃないかと思っています。
水野:
たとえば銀行の預金担保貸付って、なにか問題があったときに銀行が一番優先して相殺できちゃうんですよね。ある種のスマートコントラクト的だなと思っていて。厳密には自動執行ではないけれども、何かあったら銀行が優先的に債権回収できるという点では、ああいうのをスマートコントラクトにしちゃうのはありえますね。
畑島:
入金されている口座であることは人のチェックが入って確認した上で執行という手順になっているはずですよね。そのところの手間っていうのは一定程度あるはずです。手間以外でも、担当者が何らかグルになって「そうはいっても待ってくれよ、10日間だけ」と頼まれて便宜を図り、すぐに差し押さえが効かないということもある。そういうリスクとか無駄をなくすという意味でスマートコントラクトを発することの意味合いがあるかもしれません。
スマートコントラクトの合意形成とそのタイミング
水野:
一方で、スマートコントラクトって、双方合意、コミュニケーションによって関係性構築していくというよりは、利用規約的に、一方的に仕組みを与える、こういう条件ですとあてはめていくものと考えて間違いないでしょうか。そうだとすると、code is law の悪い面、アーキテクチャの力が強くなりすぎてしまいそうで、強者の理論がはびこっていきそうでこわいなと。無駄を省けるという意味ではいいのかもしれませんけれど。
畑島:
いまいまプロセスとして実現・実存しているんだけど、人が介在しているゆえにリスクとか無駄があるところを、完全自動化することによって、より効率を高めましょうという世界に参加者が同意するんであれば、ちゃんと運用の仕切りっていうのを定めた上で、それをコード化して運用するかたちでしょうね。
水野:
普通の契約の合意契約は双方の合意がトリガーになるわけですけれども、スマートコントラクトの場合、その仕組みを利用する時点でその利用に対して行為があったとみなして有効性が備わると考えるんですかね。これは畑島さんに聞くことじゃなくて、ロイヤーであるお前が考えろという質問かもしれませんが(笑)。
畑島:
何かあったら支払いをしますというのは双方の合意なわけですが、では何があった時にこちらからそちらに資金移動が発生するかということは、別途定める必要があります。
今のスマートコントラクトの一つの課題としては、ブロックチェーンが外部との接点を持たない点がネックとなります。例えば、飛行機遅延保険をブロックチェーンの上でやりましょうという話があった時に、 JAL のある特定の便が遅れたか遅れていないかという話って、何を元に保険会社が判断するのだろうか。こういう風に外部から情報情報ソースをとってトリガーにする場合は、情報源は分散しなければならないというのがセオリーです。
水野:
なるほど、情報源の分散ですか。
畑島:
羽田空港だけじゃなくて伊丹空港とか福岡空港の持っているフライト情報もあわせて、それを以って飛行機が遅れたということを保険金の支払いのトリガーにするわけです。
橋詰:
今の話っていわゆるオラクルでブロックチェーンとその外部とを繋げるというお話ですか。違う運営主体の居るオラクルの多数決になるわけですかね
畑島:
そこもコンセンサスの取り方次第です。例えば5つの情報源のうち4つ以上が同じ情報であれば、その情報をもって正とするというような形で 運営するんです。メジャーなプレイヤーではチェーンリンクというプレイヤーがいまして、ここがオラクルの分散化に取り組んでいます。今相当提携を広げていろんなプレイヤーに使ってもらおうとしています。
水野:
オラクルの問題って物体とかハードウェアの問題って捉えていたんですけども、例えばこの車がここにありますっていう物体の情報も、情報の分散のやり方でまあみんながここにあるっていうコンセンサスが取れれば あるという風にするというやり方も、採用できるわけですね。
畑島:
青森の農家から品川のスーパーマーケットにりんごを100箱送り、届いたらりんご農家さんに100万円払うよっていう契約があったととしたします。確かにりんご100箱が品川に届いたか届いてないかっていう話って、誰がどういう判断で判定するんだっけという問題があります。途中でりんごの数が減るかもしれないし、そもそもりんご農家が偽物のりんごを入れてるかもしれないし、スーパーの担当者が嘘をついてるかもしれないし。
水野:
りんごに貼るRFIDタグみたいなものでオラクル問題を超えようとしているところもあれば、事実認識の問題でやるという方法もありだということなんですね。
畑島:
タグのような技術だけで解決できる問題ではないですからね。
水野:
絵のようなユニークピースだったら比較的やりやすいのかなと思いますけども、りんご100個とかなってくると中身の一部だけ違うものだったとか数が違うことに対応できないですものね。
畑島:
100個のうち90個は青森産のりんごだけど、残り10個たとえば長野産のりんごが混じってたという時にこれを判別できるのかと。分かんなくていいよというのがどこかで分界点としてあって、まあこれまでの実運用でも届いたことにしてたんだから、こういうケースでも100万円払うよという風にするんですけどもね。
合意や同意に頼らない「信頼」の作り方
水野:
また話はちょっと飛んでしまうんですけども、自分の興味としては、今の法律が前提としている「契約」だけではない、もっと別の形の合意形成の仕組みというのが考えられないのか、ということなんです。いまの技術を前提として契約はもちろん、信頼や合意形成の仕組みや、もっと言えば人間の意思決定自体のあり方も変わっていくんじゃないかと思うんです。
先ほどの畑島さんの説明だと、スマートコントラクトもやはり何らかの契約というものが前提となっているように理解しました。でも、契約以外に別の合意や信頼の形成方法はないものなんでしょうか。
畑島:
ブロックチェーンというのは、一対一の当事者間で仮想通貨を払った、受け取っただけの話 であるにもかかわらず、ビットコインやイーサリアムのネットワークというのは、あるマイナーのマイニングが全員にトランザクションの情報をブロードキャストし、それぞれが持っている手もとの台帳上で不整合がないかというのを確認し、みんなが不整合はなさそうだと検証する話です。必ずしも2者間の合意には依らず、参加したネットワークみんなによってトランザクションのトラストを捉える仕組みと言えます。
水野:
それっていうのは、自動執行する仕組みに参加した時にそういう契約が成立するっていう考えなのか、それともその分散された信頼を介してトランザクションが成立している、つまりそれは契約じゃないっていうことなんですかね?そこがちょっとよくわかってないって言うか、どっちでも説明が出来るのかなっていう気がしていて…。
畑島:
少なくとも、ビットコインの送金と言う世界において、何も契約していなくても送金ってできちゃいますよね。これはお互いがトラストがない状態、初めて道端であった段階であっても確実に嘘がつけない形でトランザクションが成立する。現実世界では口だけでしらばっくれることができますが、ビットコインのネットワークではそれができない 。残高がないという状態であればいくらビットコインを送ろうとしても価値の移動が成立せず、残高が皆からあるって言う風に認められているからら、僕からの送金が成立するわけです。
水野:
何かそういう合意ベースじゃないトランザクションが生まれるっていうのは、どんなケースがありうるんでしょうか。ビットコインが特殊なんでしょうか。
畑島:
例えば何らかの価値の移転とかって話はあると思っていて、 例えばイーサリアムは、トランザクションを「価値の移転」だけではなく少し一般化をして「状態の遷移」という言い方をしている。帽子の色が赤から青に変わるプログラムを実行するような、送金でもなければ価値の移転でもない単なる状態の遷移、それについての合意がネットワークで成立しているわけです。
水野:
その帽子の色が変わる条件を前提に、アカウントをもち、ネットワークに参加した合意があるっていう説明をロイヤーだったらしちゃうと思うんですよ、結局合意してるんじゃないと。
畑島:
暗黙の合意ですよね。
水野:
そうです。参加したことっていうのが、ある意味、価値の受領や状態の遷移について、意思表示していなくても受け入れてしまうという、そういう仕組みに参加する・利用する段階で、受け入れの意思と合致しているということになる。既存のロイヤーの論理だと、そういうふうに説明しちゃいそうなんですよね。ビットコインは、それとは違う合意や信頼の形成の仕組みをどう生み出せているのか。自分の中でも腹落ちしていないんですよね。
ヨーロッパのGDPRとか、インターネット上の利用規約もそうですが、ユーザーの同意(合意)をフィクショナルに前提していますが、そこに実は明確な合意はないようにも見える。明確に合意してないのにそういうルールに服している状態が、社会にはたくさん存在しています。法的な拘束力を前提にしない、契約をも前提にしない、じゃあそれに変わる何かって、レイチェル・ボッツマンが言うところの「分散された信頼」みたいな言われ方のときに、どういうことが考えられるんだろうという興味があります。橋詰さん、なんか利用規約と絡めて思うところありますか?
橋詰:
水野さんがおっしゃりたいことと合致しているかわからないですけども、多くの人や企業が、まあ多分 Google だから大丈夫でしょうぐらいの信頼で、利用規約を読まずに同意ボタンをクリックして、Webサービスを使っている。あのGoogle がだめなら、もう他のサービス事業者はもっと駄目だろうというような、ある種の諦めで Google のサービス・プラットフォームに参加しているといってもいいぐらいの、ある種の適当な判断をしているんじゃないかと思っています。
水野:
柔らかい同意・緩い同意ですよね。そこでは、おそらく国や大企業、あるいは社会に対する信頼が合意を補っているような思われる構造があったりします。
橋詰:
契約の文章とかロジックに対する同意じゃなくて、行為する主体に積み重なっている信頼、与信ポイント・信頼スコアのようなものだけを頼りに、じゃあやりましょうかって言ってるんじゃないかと思います。
そういうロジカルじゃない間柄をつなぐシステムとしてブロックチェーンが使われている事例があれば教えていただけると、次世代電子契約のヒントになるかなと思ってました。
畑島:
ブロックチェーンではまだないんですけども、そういうインフラが必要になるよねっていう話は、スマートシティの観点で言われてます。いろんなセンサーとかトリガーにしてトランザクションするスマートコントラクトとかの場合、このセンサーで取れたデータって本当に飛行機の遅延データなんだっけとか、今後取り交わされるデータのアイデンティティをどのように担保していくのかというインフラは、今後重要性が高まっていくという風に、スマートシティやトラストサービスを巡る様々な文書を拝見していると書いてありますね。
橋詰:
電子契約の世界でいう、電子証明書を発行する認証事業者に近いわけですよね
畑島:
トラストのソリューションとして今はそうですね、それのスマートシティ版。そこに信用スコアのようなビジネスが混ざってくるかもしれません。
橋詰:
電子証明書ビジネスも、認証事業者に依拠したトラストになっていますが、最初の本人確認作業にどれだけの価値を置くか。その本人確認が原因で契約でトラブルが発生しても、認証事業者がすべての責任を引き受けてくれるわけではないが、頼りたくなる。誰かの与えた信頼・トラストに頼ってしまうのはなんでなのかなって悩みながらビジネスの今後を考えています。だから、その悩みを解決してくれそうなLayerXさんと提携させていただいたわけです(笑)。
水野:
お、楽しみです。ぜひ深掘りしてほしいところです。われわれの実務感覚からすると、メールをはじめとする前後の電子データにトレーサビリティがすでにあり、そういう前後の状況の積み重ねの束のほうがはんこよりも契約の有効性が信頼できると思います。電子署名法の規制とか民事訴訟法の規制っていうのは、時代遅れですよね。
橋詰:
スナップショット的ですよね。
畑島:
これから日本のスマート化が進んでいく上で、裁判等に使われる公的な証明や登記がデジタル化できるかは、日本の将来を左右する重要なピースなんじゃないかと思います。
マシンリーダブルな契約がヒューマンリーダブルな契約の量を超える時に訪れる変化
水野:
code is law のように全てプログラマブルにやろうという考えに対しては、現実世界との折衝をちゃんととらえて、ある意味コンソーシアムの緩やかな合意の範囲内で、契約条件を若干緩めたり無駄をはしょったりというようなモデルがいくらでもあるわけです。code is law型を目指すというのはある種イデオロギッシュな面もあると思うんですけど、そういう人たちは困難はあるけどそういう世界を目指していくべきだということでやってるんですかね。
畑島:
code かLawかという論点と、自動化をどれだけ追求するかは、実はそれぞれ別の独立した軸なんですよね。
codeかlawかに関して、自動化を信仰するひとであっても、多分codeがlawを完全に上回るのは不可能だと理解しています。なぜかといえば、ビットコインやイーサリアムの仮想通貨取引トランザクションに対してすら、もうアンチマネロン規制が入ってきているからです。それにもとる行為は地球上ではできない。だから、マルチステークホルダーによる新しい規制のあり方を作っていこうぜという議論が、現在のcode is lawの軸になっています。
もう一個の軸の、自動化するしないっていう観点でいくと、これもその100%自動化できるかっていうのはグラデーションがあるかと思います。ただし、金融の世界においてはどんどん利ざやが減っている中で、もうイノベーションしていかないと食っていけないと、コストを下げる大きな圧力がある。自動化の割合をどの程度にすべきかは、何かあったときに巻き戻しを認める認めないのイデオロギーとの調整によるところが大きいと思います。100までいくのか95くらいまででとどめるのかは見極めです。
あとは最近のソーシャル5.0、インダストリアル4.0で言われているように、IoTのエコノミーが今後大きくなっていけば、そこは人間がいない世界になるので、そこは自動化が当たり前でしょっていうところからスタートします。
水野:
エッジ化が進めば、情報化していく部分もふえるでしょうからね。
畑島:
その時はまた別の問題がおきてきて、今の人間世界が動いているエコノミーの価値と、マシン上で動く価値の総量のバランスが問題になると思います。。まだ現実世界が99でマシン上の世界が1っていう状態のバランスであれば、マシン世界のバグっていうのは何も影響を及ぼさないんですけど、これが逆になって、マシン世界でほとんどのことが動いている時に、もしマシン世界の経済圏のバグが起きると、こっちの現実世界の経済が破綻することになりかねない。そこの設計が今後の課題です。
水野:
その設計は誰がどの時点でどういう風にできるんですかね。
畑島:
楽しみですよね。
水野:
ヒューマンリーダブルな契約よりもマシンリーダブルな契約のほうが増えますし、誰がそれを設計するのか、統制できるのかとか、そういう話になっていくとcode is lawの考え方があながち変な話でもなくなってきそうです。
橋詰:
FacebookのLibraは、当初code is lawを目指していたけれども、いまは完全に諦めたという理解で合ってますか。
畑島:
Libraも、プログラマブルマネーの部分は諦めていない、と思います。Libraのホワイトペーパーv2.0でモードチェンジがあった点としては、バスケット通貨に加えて、ペッグする相手先をドルのような単一通貨をサポートするものに変わりました。一方、なんらかそのビジネスロジックをプログラムとしてスマートコントラクトに乗せて、そのスマートコントラクトのロジックに応じてLibraというマネーをAからBに移転させる世界は留保しています。
橋詰:
バスケット通貨の部分を諦めて服する時点で、かなりの部分を法に服する覚悟っていうことですよね。エンジニアはほんとにcode is lawを諦めているのでしょうかね。
水野:
パブリックチェーン信仰派もまだまだいますよ。
畑島:
アフリカだけで小規模にはじめていたらなんて、うまい進め方はいろいろあったのではないかとも思ったりします。後出しじゃんけんにすぎない見方かもしれませんが。「こういうのを作ろうと思います」とお伺いをたてたところ、Libraの場合は、国際金融の世論からめったうちにされてしまいました。。
橋詰:
さて、あっという間に1時間半が経ってしまいました。
水野:
スマートリーガルコントラクトの近未来ということでお話をさせていただきました。僕としては、自動執行じゃない部分も含めて、そもそもの合意のあり方とか、信頼の作り方とか、ブロックチェーンがようやく実装段階に入るこれからのタイミングで、法や契約といったものの前提条件を揺るがすいろんな論点がこの分野に関して生まれてくるんじゃないかと期待しています。
現段階では契約オリエンテッドの法律業界ですが、畑島さんの今日のお話や、いつもTwitterで紹介してくれている先進的な事例を法律家ももっと勉強して、そうした兆しについて、法律家同士でも議論を深めていければと思っています。本日はありがとうございました。
畑島:
こちらこそありがとうございました。
(聞き手:橋詰)
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