契約専門書籍レビュー

「新しい生活様式」と法務のOJT—木村英治『中小企業のための実戦契約法務』


すでに私たちの働き方を変えつつある新型コロナウイルス。法務部の新入部員が先輩と机を並べずに仕事を覚えていくのが当たり前になるのだとすれば、本書のような文献の存在がより重要になっていくはずです。

書籍情報

中小企業のための実戦契約法務


  • 著者:木村英治/著
  • 出版社:税務研究会出版局
  • 出版年月:20200302

ソーシャルディスタンスで見えなくなる先輩の背中

ジュニアな法務パーソンにとって、会社の法的イシューの芽をいち早く摘めるよう日頃そばにいて見守り、壁打ち相手となり、問題が発生する前に手ほどきをしてくれるのが、部署にいる先輩の存在だと思います。特に契約業務については、文節レベルで職人芸のような細かなディティールを求められることも多く、上司がフォローできない点は先輩の指導によるところが大きくなります。

しかし今後「新しい生活様式」への転換を余儀なくされていくと、そうした先輩とオフィスで肩を並べて深夜まで一つの書類を検討し、口角泡を飛ばしながら議論することはできなくなります。いかにZoomやTeamsのようなツールが発展しようとも、お互いが物理的に離れた場所で執務をし、プロセスではなく成果物ベースでコミュニケーションをする、そういう働き方に変わっていき ます。

その環境下で失われていく見守りの機能・役割を補完し、事故を起こさないようにするためには、教える側ではなく教えられる側がそのアンテナをこれまで以上に高くし、遠くから目を凝らして先輩の背中を見つめ・自分から問いかけていく必要 があります。

このニーズに応えてくれるのが、本書『中小企業のための実戦契約法務』です。

木村英治『中小企業のための実戦契約法務』P160-161
木村英治『中小企業のための実戦契約法務』P160-161

職人芸的ディティールと視点に基づくノウハウを集める

契約業務を体系的に教えてくれる実務書は、一般的には

  1. 理論ベースのもの
  2. 事例ベースのもの
  3. それらを組み合わせたもの

この3種類のいずれかにタイプ分けできます。

本書は、そのどれにも属さず、タイトルや日付の決め方・別紙の設け方・契約書の交換方法・読みやすさや疑義の生じない言い回しの追求法など、契約書の細部をかたちづくる職人芸的ノウハウだけを集めた書籍 であるのが特徴です。

木村英治『中小企業のための実戦契約法務』目次
木村英治『中小企業のための実戦契約法務』目次

とはいっても、Tipsを思いつくままに並べただけではなく、理論・ロジックの積み重ねを重視していることがわかる構成にもなっています。

大きく3章から構成される本書は、合意としての「契約」の方法に関するノウハウを1章に、その合意を書面として残すための「契約書」の書き方に関するノウハウを2章で解説。本書冒頭のP4でも

「契約」とは端的に言えば合意であり、その合意の内容を書面等に書き表したものが「契約書」ということになります。
このように、理論的には「契約」≠「契約書」であり、こうした区別は実務上も軽視すべきではありません。

と強調されているように、これら「契約」と「契約書」の語からしっかり峻別し丁寧に使い分けていくこと自体が、法務の仕事をする上でも、事業部とのコミュニケーションにおいてもポイントになることがよくあります。

加えて他書にはない本書独自の、かつ先輩社員とのOJT(On the Job Training)的な視点だなと感じさせるのが、会社法観点からみた契約法務について語る3章の存在 です。

取締役の利益相反、競業避止義務の観点、さらには重要取引の取締役会決議の観点など、M&Aぐらいの規模の取引になれば意識するものの、それ以外の取引では抜け漏れがちで、これを契約締結という場面にどう具体的にあてはめていくかについてアドバイスしてくれる書籍は少ないのではないでしょうか。

変わりゆくOJTのスタイル

新型コロナ以前の法務パーソンが、先輩に見守られてのOJTという「実戦」を通じて蓄積していた細かなノウハウの数々。それらが文字に書き起こされた本書は、高名な学者や大手法律事務所が編む契約実務書にはない魅力を備えています。

こうした書籍は、決してジュニアな法務パーソンのみならず、シニアにとっても、定期的に自分を戒めるための教材としても役に立つ書籍であると思います。損害賠償に関するボイラープレート(一般条項)のふりをした、こんな条文に関する指摘を読むと、私のように契約書の仕事をついついおろそかにしがちな世代の人間もハッと冷や汗をかかされます。

木村英治『中小企業のための実戦契約法務』P104
木村英治『中小企業のための実戦契約法務』P104

「新しい生活様式」は、法務のチームワークの否定を意味するものではありません。しかし生活が変われば、OJTのあり方も間違いなく変わっていくことでしょう。

これまでのように机を並べ膝付き合わせたワーキングスタイルが望めなくなっていく中、こうした 業務の細部に寄り添う文献や業務マニュアルに対する評価が上がっていく であろうと予想します。

(橋詰)

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