竹本IT政策担当大臣はハンコについて何を語ったのか
テレワークを阻害する一因としてのハンコの存在について、IT担当大臣である竹本大臣が記者会見で「しょせんは民民の話」と一蹴したことが話題となっています。本当にそのような発言はあったのか?記者会見を書き起こしてみました。
竹本IT担当大臣の耳を疑うような発言に関する報道
安倍内閣のもとでクールジャパン戦略、知的財産戦略、科学技術政策、宇宙政策を担う竹本内閣府特命担当大臣が、2020年4月14日の記者会見で行った発言が、物議を醸しています。
竹本直一IT相は14日の記者会見で、日本の「はんこ文化」がテレワーク(在宅勤務)の妨げになっているとの指摘について「民・民の取引で支障になっているケースが多い」との認識を示した。ただ具体的な対応策については「民間で話し合ってもらうしかない」と述べるにとどめた。
この新聞報道の見出しがセンセーショナルだっただけに、民間企業に務めるビジネスパーソンからは、印鑑を強制しているのはむしろ行政ではないかとの反発の声 が上がっています。
政府インターネットテレビから一言一句書き起こしてみた
竹本大臣は本当にこんな発言をされたのでしょうか?実は、これを直接確認する方法として、「政府インターネットテレビ」があります。
該当の竹本大臣の会見動画も収録されており、これを 視聴しながら一言一句漏らさないよう書き起こし てみました。
動画開始03:10ごろ、まず朝日新聞の記者が以下のように質問を投げかけます。
新型コロナに関連して政府が接触削減、あー感染拡大防止の観点から7割から8割の接触削減を推進してらっしゃいますけれども、日本特有のハンコ文化がテレワークの障害になっているという一部声もありますけれども、はんこ議連の会長を務める大臣としてのお考えを伺いたいんですけれども。
これに対し、竹本大臣が以下のように回答を始めます。
あのーどういう場面で支障になってるかと言うと、要するに民民の取引で支障になってなっているケースが多い。要するに A という会社がですね、ハンコを省略してやりたいと思っても、B という会社がそれを OK をしないという状況なんだと思うんですよ。ですからもうそこは、民民だから話し合っていただくしかないのかなと。
「ハンコを省略」の方法はさまざまで、たとえば手書き署名・eメール・電子契約などがあります。会社間・会社と個人の間でこれを申し出ても、相手がそれを受け付けないという問題については、確かに民民の問題かもしれません。
竹本大臣の回答は続きます。
それで役所の届け出だとかこういうのはですね、すでに3つの方法でやる、印鑑でやるやつ、印影でもってやるやつ、それから全部デジタルでやるやつ 。3つに決まってますので、特に役所との関係ではそういう問題は起こらないと思うんですけれども、
この発言でよく分からないのが、竹本大臣が「3つの方法」とおっしゃるものが果たして何なのか?という点です。1つ目と2つ目は違うもののようにおっしゃっていますが、印影を相手方が照合できるよう登録したものが印鑑ですので(関連記事:印鑑の法律知識 —契約書押印業務における頻出用語まとめ)これは大臣が勘違いしているのだろうと思われます。
加えて 大臣が3つ目に挙げた「全部デジタルでやるやつ」の存在が、一般には理解されていない 現状があります。
実は、行政手続きからできる限りハンコを無くすために「デジタルファースト法」が2019年に可決成立し、会社設立をはじめとする行政手続きを実印なく電子署名だけでもできるようにする政策が、静かに進められています。竹本大臣は、記者のみなさんが知らないだけでデジタルファーストはきちんと進めているんだよ、ということをおっしゃりたかったのでしょう。
その後、竹本大臣のお話は、自治体等における印鑑使用の話に変わります。
あのー民間と民間、それから、民間と自治体ですね。自治体が例えばこれにはハンコが必要だとか、いうようなことを言ってるケースが結構当然多いと思いますし、あるいは学生等で、なんかあの、補助金等の申請をする時に、申込書なりの紙が必要だと、言われているケースもあるというふうに聞いております。
地方自治体に印鑑行政が残ってしまっている ということは、竹本大臣も認識されているようです。ちなみに、民間と地方自治体の契約も、電子化は可能なものの、法令により指定された電子署名による必要があります(地方自治法234条5項ほか)。一般にはあまり知られていません。
しかし、問題は最後のご発言でした。04:30ごろです。
ですからすべてその民民でですね、どういう話し合いが進むかということが、ハンコが障害になるかならないかの分かれ目だと思っております。
(しばらく間をおいて)まあ逆に言いますとね、そういう話が進むようにですね、あのこちらも配慮して、色々なことが、やることあればやりたいと思ってますけれども、しょせんは民民の話なんで(笑)。ね、そういうことだから、はい。
直前で自治体の印鑑行政を認めていたにもかかわらず、「ですから」となかば強引に民民の話に戻し、「しょせんは民民」という残念な発言でこの記者に対する回答は打ち切られてしまった 格好になります。
決して「民民の問題」ではない—新経済連盟からの提言
竹本大臣がおっしゃるように、本当に「民民の問題」で片付けてよいかというと、決してそうではありません。
例えば、クラウドサインも関わる電子契約の分野で言えば、民間が電子化したくとも、借地借家法・宅建業法・派遣法等による規制で書面作成義務が課されているために、電子化できないものはまだ残っています。電子化は可能ではあっても、利用できる電子署名の方式がクラウド方式を排除した不便な電子署名に限定されているために、デジタル化が阻害されているという現状もあります(関連記事:電子化に規制が残る契約類型まとめ)。
これらの点については、クラウドサインからも個別に関係省庁に働きかけを行っているほか、新経済連盟として、2020年4月9日「【プレスリリース】「コロナ問題を契機とした規制・制度/経営・業務改革~デジタルXの未来を今に~」として政策提言を公表もしています。
竹本大臣は、問題の会見の最後に、印鑑ベースの商慣習をデジタル化する話が進むよう「やることがあればやりたい」とも発言されました。ハンコのデジタル化・電子署名化は、企業の努力だけではなし得ません。国・行政と一体となっての変革が必要なプロジェクトであり、やっていただきたいことはたくさんあります。
クラウドサインも、新経連加盟企業として、この規制改革の必要性につき政府に対し適切な働きかけを続けていきます。
(橋詰)
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