「AIは作ってみないと分からない」なんて許さない—西本強『ユーザを成功に導くAI開発契約』
AI開発契約本の2冊目は、あのスルガ銀・日本IBM訴訟を担当した弁護士が、ユーザーの立場から経産省モデル契約書を徹底的に批判しリ・デザインする、挑戦的な著作を紹介します。
日本IBMに訴訟で勝った最恐弁護士によるユーザー向けアドバイス
前回ご紹介した『AI開発のための法律知識と契約書作成のポイント』は、経産省AI契約ガイドライン(AI編)作成者の手による、きわめて中立な立場からの解説書でした。
これに対し、この『ユーザを成功に導くAI開発契約』は、同ガイドライン作成チームから離れた第三者の目線で、AI開発委託契約をユーザー(発注者)側に有利に締結することにフォーカス したものになります。
本書は、経済産業省のモデル契約をユーザの立場に立って検証し、ベンダーに有利な内容となっている経産省モデル契約に対峙する形で、ユーザ目線のモデル契約を提案する。
経産省モデルはベンダーに有利過ぎる。「はじめに」でこう断じる本書を書いたのは、スルガ銀行を代理し日本IBMに勝訴したことでも有名な、日比谷パーク法律事務所パートナーの西本強先生。
もちろん発注者の手の内を知りたい受注者となるAI開発会社にとっても、「ほうっておけない」1冊と言えます。
経産省モデル契約書をベンダー寄りだと徹底批判
本書におけるユーザー目線とは、具体的にどういった部分で発揮されているのでしょうか?
もっとも象徴的なのは、「AIはとにかく作って出来上がってみないと性能が分からない」「発注段階での性能確定・品質保証など困難だ」と主張するベンダーや、そうした主張に一定の理解を示している 経産省モデル契約に対し、
経産省ガイドラインが指摘している学習用データセットへの依存状況自体は正しいとしても、そのような依存状況等は所与の前提として織り込んで PoC 段階で検証を重ねるのであって、データへの依存状況等があるから、開発(機械学習)を全て実施してみない事には何ができ上がるかわからない(やってみなければ何ができ上がるかわからない) というわけではない。
そのため、学習用データへの依存や過学習への恐れがあるからと言って、ベンダは完成義務を負うことはできないということにはならない。
と、徹底して批判的な態度に立っている 点です。
なぜそう言えるのか。経産省のモデル契約は、下記3段階からなる多段階契約を提案しています。
- 秘密保持契約
- PoC(導入検証)契約
- ソフトウェア開発契約書
その意義は、PoCのステップを設けることで、上記のような「やってみないとわからない」という不確実性を低減することにこそあるわけです。
それなのに、開発の本契約段階で「品質保証はできない」というポジションを許すのはベンター都合に寄りすぎという批判に対しては、たしかに反論は難しいかもしれません。
AI開発会社に対する交渉ポイントがクリアに分かる
本書に掲載されているモデル契約案は、こうした立場から 経産省モデル契約をユーザー有利となるよう書きなおしたもの となっています。
加えて、条文ごとに「交渉のポイント」がはっきりと示されている ところは、ユーザーにはありがたい構成だと思います。
一般的なAI開発契約の交渉場面では、ベンダーの持つひな形が提示され、ユーザーはそれに対し修正案を提示することになるはずです。そんな場面で、ユーザーとしてこの「交渉のポイント」さえ把握しておけば、ユーザーからは具体的な条文案を提示せずとも、
「着手時に多額の委託料を支払う契約書案をいただきましたが、検証フェーズごとか一定期間ごとに委託料を支払う形に修正し、再提案いただきたい」
というふうに「考え方」だけを示して契約交渉し、妥結した案をベンダーの法務部に起案させるというようなこともやりやすくなるからです(修正案を作文だけさせられるベンダー法務部には、きっと嫌がられますが苦笑)。
法律家が書いた緻密な文体に慣れない方には読みにくい部分があるかもしれませんが、前回ご紹介した書籍を読んだ後に読めば、AI開発契約の交渉をうまく運べるようになることでしょう。
(橋詰)
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