約款実務を判例ベースでマスターする —嶋寺基・細川慈子・小林直弥『約款の基本と実践』
広義の約款をシュアに概観する本がようやく登場。「利用規約本」では物足りなかった非Webサービスな読者層にとっては、待ちに待った内容です。
「約款本」真打ちの登場
大江橋法律事務所の先生方による、約款にまつわる法と実務を広く網羅する基本書が登場しました。
これほど世の中にあふれている「約款」について、体系的に整理された書籍がないのは、約款を使用してビジネスを行う企業にとっても、その企業と取引をする顧客にとっても、決して好ましい状況とはいえません、そこで、複数の法律に分かれて存在する約款のルールや、長い間蓄積されてきた約款の条項をめぐる数多くの判例、さらには多くの企業で実際に使われている約款の規定例など、約款に関するさまざまな情報を1冊の本にまとめ、それを約款取引に関わるすべての方に活用してきただきたい、そのようなコンセプトで本書の執筆を始めました。
—はしがきPⅱより
いわゆるWebサービスの「利用規約」に限定してまとめた書籍や論稿は次々とでてくる一方、
- 鉄道等交通インフラ
- 電気・ガス等生活インフラ
- 銀行・保険等・クレジットカード
- 旅行
などの オフラインなサービスをも含めた広義の「約款」を概説した本は、書き手側が誰も手を出そうとしなかった領域 でした。おそらく、業界ごとに定められた業法規制まで含めようとすると紙幅がいくらあっても足りないということで、躊躇される専門家が多かったのではないか、と推察します。
本書は、すべての業種・業界の約款規制に通じる共通項だけをくくり出し、230頁あまりのコンパクトなサイズにまとめたものになります。
基本編で約款規制の全体像を俯瞰
本書は基本編と実践編の2部構成。基本編では、改正民法と消費者契約法を中心に、約款規制の枠組みを大まかに抑え ていきます。
読者をいきなり法律の条文とにらめっこさせるようなことはせず、近年の炎上トラブルや適格消費者団体からの訴訟事件の増加を踏まえ、約款に特有のリスクを説明するところからスタートします。読み手を過度に煽ることなく、正しい危機感を醸成してくれます。
その上で、約款を作成・変更する上で絶対に抑えておきたい組入れ要件や、基本となる5つの不当条項規制について学んでいく構成が採用されています。
ところどころ、上の画像のようなケーススタディも交え解説してくれるので、これまで約款を法的な目で詳しく検討していなかった方でもキャッチアップしやすく、安心して読めるようになっています。
実践編は約款に関する裁判例の紹介ラッシュ
基本編の内容を踏まえ、実践編では、約款ビジネスを運営していると必ずや遭遇する悩みやトラブル事例を判例とともに紹介し、その解決策と対応のセオリーを学習 します。
約款にまつわる日本の裁判例を丹念に集めて各論を抑えていく点は、本書最大のウリとも言えるところです。その件数を数えてみたところ、(基本編掲載分を含め)36件にもなっていました。
しかし、本書には残念なことに判例索引が収録されていません。そこで代わりに 掲載判例を本書登場順に並べた表を作成してみました。こう並んでみると、圧巻のリスト です。
No. | 判例 | 概要 |
---|---|---|
1 | 最判昭和42・10・24民集88号741頁 | 火災保険約款の内容を知らなくても、世帯を同じくする家族は約款の拘束力に服し適用されると判断した |
2 | 大判4・12・24民録21輯2182頁 | 当事者双方がとくに普通保険約款によらない旨の意思を表示せずに契約したときは、反証がない限り約款に従う意思を推定すると判断した |
3 | 京都地判平成28・12・9ウエストロージャパン | インターネット接続サービスの2年縛り条項のうち、平均的な損害の超過分を無効として約款の差止めを認めた |
4 | 大阪判平成25・10・17消費者ニュース98号283頁 | 建物賃貸借において後見開始の審判等を受けたことのみを理由としてして事業者に解除権をlivedoor 時止める条項を消費者契約法10条により無効とした |
5 | 最判平成18・11・27民集60巻9号3437頁 | 前払金等を返還しないとする条項は損害賠償額を予定し、又は違約金を定める条項に該当しないと判断した |
6 | 東京地裁平成21・5・19判時2048号56頁 | 老人ホームの終身利用権金につき、契約解除後返還しない旨を定めた条項の有効性が争われ、無効とならない旨判断した |
7 | 東京地判平成17・9・9判時1948号96頁 | 結婚式場の利用契約において、90日前までの取り消しで実費総額プラス申込金10万円を支払う規定は、消費者契約法9条に違反して無効と判断した |
8 | 大阪高判平成27・1・29D1-Law28230757 | 結婚式場の「平均的な損害」には逸失利益が含まれるとし、再販率を用いて逸失利益を計算した |
9 | 福岡高判平成27・11・5判時2299号106頁 | 会員が互助会契約を途中契約した場合に、積立金残高から所定の手数料を差し引いた額を解約返戻金とする条項の有効性を認めた |
10 | 京都地判平成24・3・28判時2150号60頁 | 携帯電話サービスの2年縛り条項の有効性を認めたNTTドコモ訴訟原審 |
11 | 大阪高判平成24・12・7判時2176号33頁 | 携帯電話サービスの2年縛り条項の有効性を認めたNTTドコモ訴訟控訴審 |
12 | 京都地判平成24・7・19判時2158号95頁 | 携帯電話サービスの2年縛り条項につき消費者契約法9条1号に反し一部無効と判断したKDDI訴訟原審 |
13 | 大阪高判平成25・3・29判時2219号64頁 | 携帯電話サービスの2年縛り条項の有効性を認めたKDDI訴訟控訴審 |
14 | 京都地判平成24・11・20判時2169号68頁 | 携帯電話サービスの2年縛り条項の有効性を認めたソフトバンク訴訟原審 |
15 | 大阪高判平成25・7・11D1-Law28212856 | 携帯電話サービスの2年縛り条項の有効性を認めたソフトバンク訴訟控訴審 |
16 | 最判平成23・7・15民集65巻5号2269頁 | 約款が信義則に反して一方的に消費者を害するかどうかは、条項の性質、契約成立の経緯、情報・交渉力格差その他諸般の事情を総合考慮して判断されるとした |
17 | 東京地判平成15・11・10判時1845号78頁 | 大学受験予備校の講習受講契約等の解除を制限する特約は、消費者契約法10条により無効であると判断した |
18 | 最判平成24・3・16民集66巻5号2216頁 | 保険料の払込みがなされない場合に生命保険契約が催告なしに失効する旨の約款は、消費者契約法10条によっても無効とならないとした |
19 | 札幌高判平成28・5・20判時2314号40頁 | プロ野球試合中のファウルボールに関する免責条項は、消費者契約法10条により無効の疑いありとした |
20 | 東京地判平成21・9・16ウエストロージャパン | オンラインゲームの利用規約におけるアップロード情報をいつでも裁量により削除する条項について、ある程度抽象的であっても有効とした |
21 | 東京地判平成21・5・20判タ1308号260頁 | レンタルサーバの障害で顧客のデータが消失した場合の免責条項について、公序良俗に反しないとした |
22 | 東京地判平成26・1・23判時2221号71頁 | ソフトウェアの脆弱性でクレジットカード情報が流出した件につき、故意重過失がある場合にまで賠償範囲を制限することは著しく衡平を害するため無効とした |
23 | 最判平成15・2・28民集209号143頁 | 宿泊約款における責任限定(損害賠償額の上限)条項は、ホテル側に故意重過失がある場合には適用されないと判断した |
24 | 東京高判平成29・1・18判時2356号121頁 | 電子マネーサービス提供者には、携帯電話を紛失した場合に会員が取るべき措置について約款などで周知すべき注意義務があるとし、不法行為責任を認めた |
25 | 東京地判平成28・7・26D1-Law29019274 | BtoBのインターネット求人サービスで採用企業が中抜きをし採用していない旨虚偽の報告を行なった場合の違約金規定について、有効と判断した |
26 | 仙台高決平成26・3・14ウエストロージャパン | インターネットによる出資契約約款の管轄合意は、付加的合意管轄を定めたものにすぎないと判断した |
27 | 神戸地尼崎支決平成23・10・14判時2133号96頁 | インターネットによる外国為替証拠金取引の約款の管轄合意は、付加的合意管轄を定めたものにすぎないと判断した |
28 | 最判昭和50・11・28民集29巻10号1554頁 | 国際的専属的裁判管轄の合意は、原則として有効であるが、はなはだしく不合理で公序法に違反するとき等には無効と判示した |
29 | 大阪高判平成26・2・20判時2225号77頁 | 国際的専属的裁判管轄の合意は、原則として有効であるが、はなはだしく不合理で公序法に違反するとき等には無効と判示した |
30 | 東京高判平成26・11・17判時2243号28頁 | 国際的専属的裁判管轄の合意は、原則として有効であるが、はなはだしく不合理で公序法に違反するとき等には無効と判示した |
31 | 東京地判平成27・11・6D1-Law29015188 | 破産管財人が解除権を行使した事案で、約款に定める違約金は発生しないと判断した |
32 | 名古屋高金沢支判平成25・6・12D1-Law28253533 | 生命保険契約が中途解約された際の既払保険料の取扱いを規定がなくとも、保険会社が返還する義務を負わないと判断した |
33 | 東京地判平成7・2・23判時1559号86頁 | 自動車保険の車両保険金につき、免許の更新を失念し失効していたことが約款上の支払い免責条項に該当すると判断した |
34 | 最判平成18・6・1民集60巻5号1887頁 | 自傷者保険約款において「その他偶然な事故によって」の文言について、海中水没が故意かどうかの立証責任は保険会社が負うと判断した |
35 | 東京地判平成17・3・4判タ1219号292頁 | 医療保険約款の「不慮の事故」には、治療を目的とした医師の行為は含まれないとして保険金の支払い義務はないと判断した |
36 | 最判平成13・4・20民集55巻3号682頁 | 生命保険災害割増特約の免責事由「被保険者の故意」の立証責任は保険金請求者が負うと判断した(ただし約款作成者不利の原則にも言及) |
プライバシーポリシーが利用規約の一部である時代の終焉
一読しただけですと「法令・判例に忠実でシュアな本」で終わってしまいそうな本書ですが、何度か読み込んでいると、ところどころに独自の主張も打ち出されている ことにも気付きます。この本を「債権法改正をおさらいするだけの法律書」に終わらせない著者らの強い意志を感じました。
特に踏み込んでいると感じた一例を挙げると、P149に記載されたプライバシーポリシーに対する同意の取り方について言及している点があります。
単に、「プライバシーポリシーに従う」旨を抽象的に言及した約款への同意を取得するのではなく、プライバシーポリシー自体への同意を、約款への同意とは別途明確に取得するのがよいでしょう。
多くの企業が、プライバシーポリシーにリンクを張った利用規約全体への同意をもって、プライバシーポリシー自体への同意も取得したことにしているのが現状だと思われます。少なくとも日本では、このような「利用規約内リンク型同意方式」でもただちに違法とは考えられていないものの、こうした同意の二重構造に不自然さが否めなかったのも事実です。
GDPRで「明示的同意」の取得には厳しい基準が設けられている中、ますます 厳密な個別同意の取得を約款アーキテクチャに反映していく動きが活発化 していくことが予想されます。
(橋詰)
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