副業・兼業の解禁と労働契約法制のゆくえ
大手企業が従業員の副業・兼業を解禁。かねてから広がっていたクラウドワーク・ギグエコノミーと相まって自営的就労がさらに拡大することで、「事業場」概念を基礎とする労働法が大きなアップデートのタイミングを迎えようとしています。
働き方改革で高まる「副業・兼業の推奨」ムード
ここ数年の政府主導の法改正により企業法務に大きな変化がもたらされたものの一つに、「働き方」が挙げられます。
働き方改革法の主なポイントとしては、
- 時間外労働の上限規制強化
- 年次有給休暇の時季指定(年5日取得義務化)
- 正規・非正規の待遇差是正(同一労働同一賃金)
がありますが、そのほかにも雇用契約の完全電子化が認められたことは、電子契約普及の追い風となりました(関連記事:「労働条件通知書 兼 雇用契約書」を電子契約化する方法【Word版ひな形ダウンロード付】)。
そして、2020年4月(中小企業のパート・有期雇用への同一労働同一賃金は2021年4月)の完全施行をもって、働き方改革は一つの区切りを迎えることになります。
この流れに呼応して、いま労働市場に起きている大きな変化に、急速にすすむ副業・兼業解禁 の流れがあります。
▼ 副業解禁、主要企業の5割 社員成長や新事業に期待
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO45004150Z10C19A5MM8000/
働き方改革の一環として、企業が副業を解禁する動きが進んでいる。日本経済新聞社が東証1部上場などの大手企業にアンケートを実施したところ、回答を得た約120社のうち約5割の企業が従業員に副業を認めていることが分かった。企業側には外部のノウハウを吸収し、人材育成や新事業の開発につなげたいとの期待が大きい。複数の職場で働く従業員の労務管理などの課題も残る。
—日本経済新聞電子版 2019年5月20日付
具体的な社名が明らかになっているところでは、みずほFG、三菱地所、アサヒビールなどが次々と副業解禁を公表しています。また今週の報道によれば、人事部が自ら従業員に副業を紹介するという、ライオンの珍しい取り組みが報じられてもいます。
▼ ライオン、人事部が副業紹介
https://www.nikkei.com/article/DGKKZO54325400R10C20A1MM8000/
ライオンは2020年春をめどに、人事部が社員に副業を紹介する制度を始める。人材紹介会社と提携し、幅広い仕事を取りそろえる。副業は社員が自ら探すのが一般的だが、関心があっても自分で見つけるのが難しいケースが多い。紹介までするのは珍しい。所属する企業の枠を超えて事業を創造するオープンイノベーションを促すきっかけにもなる。
—日本経済新聞電子版 2020年1月11日付
この日経新聞記事のたった半年前、2018年10月にリクルートキャリアがアンケートを実施した時点では、「副業・兼業を認めない」とする企業が71.2%にものぼっていたにもかかわらず、です。この短期間で、日本人の働き方に大きな変化のうねりが間違いなく起きています。
副業・兼業と労働契約の相性の悪さ
企業から積極的に副業・兼業を認め働き方を大きく変えようとしている一方で、肝心の労働契約法制がまだまだ追いついていないという現実もあります。
以下、労働法の観点から見た副業・兼業実現への障害となるポイントを3つ、指摘してみます。
(1)労働時間法制
まず第一に、労働基準法38条 の存在があります。この条文では、労働者保護のための労働時間規制は、異なる「事業場」での労働時間を通算して適用される ことが定められています。当然に、複数の使用者(企業)で勤務する副業・兼業についてもこの定めが適用されます。
そのため、A社で8時間働いた日に、B社に立ち寄って1時間仕事をした場合、1日8時間の上限規制にかかります。したがってB社の1時間分の労働は厳密にはB社に36協定がなければ命じることはできないことに加え、「時間外労働」として割増賃金の対象になってしまうのです。
週40時間の上限規制もかかりますので、下図のように、土曜日に知人の会社で兼業・副業する場合も同様の規制にかかります。
労働基準局見解では、あとで契約を締結した副業・兼業先の事業主が割増賃金部分を負担すべきとされています(厚生労働省労働基準局編『労働基準法(上)』(労務行政, 2011))。受入先企業が割りを食うかたちとなるこの法制の存在が、ひとつめの障害になっています。
(2)競業避止義務
従来型の就業規則ひな形に定められていた副業・兼業禁止の規定は、冒頭紹介したような大企業から解除がはじまったものの、労働契約である以上は絶対に消せない規定もあります。それが 競業避止義務 です。
2019年3月に改訂された厚生労働省の「モデル就業規則」においても、「競業により、企業の利益を害する場合」には、会社が副業・兼業を禁止できる条項 案になっています。
とはいえ、大企業でマーケティングを担当する社員が、その経験を生かし副業として同業界のベンチャー企業でマーケティングのコンサルティングを行うようなケースは多いはずです。
そうした場合にもこの競業避止義務規定に抵触すると考えるのか?秘密保持義務さえ徹底しそれに違反しなければ、同業他社で働くこと自体を禁止・懲戒することはできないのでは?会社としては難しい法的判断を迫られることになります。
(3)社会保険制度
労災・雇用・健康・厚生年金のそれぞれの保険制度は、もともと一人が一つの会社で勤務することを前提に設計 されています。そのため、副業・兼業を行う際に労働者が加入を認められるか、認められるとして事故が発生した際に保険が適用されるかが問題となります。
この点、労災保険は就業形態にかかわらず加入が認められるものの、労災保険給付額については、事故が発生した就業先の賃金分のみが算定基礎となってしまいます。極端な例ですが、週5時間しか働かない副業先で労災に遭った場合、週35時間働く本業の給与は算定基礎からはずれてしまい、実質生活保障とはならなくなってしまいます。
雇用・健康・厚生年金保険については、本業と副業・兼業のいずれかで被保険者の要件を満たさなければ(通算して長時間労働をしていたとしても)、そもそも加入が認められません。多くのケースで週所定労働時間 20時間以上の勤務が加入要件となるため、これを超えない場合に問題になります。
また、複数の事業所で要件を満たした場合には、「二以上事業所勤務届」を提出したうえで、保険料をそれぞれの事業所が賃金額の割合に応じて納付する必要があります。
副業・兼業・自営的就労が労働契約法制を変えてゆく
従来の労働者像を前提とした労働法制では、副業・兼業する労働者が保護しきれなくなりつつある中、そもそも労働法の適用すら受けない「自営的就労」を選択する機運も着実に高まっています。それがクラウドワークであり、ギグエコノミーです。
こうした 副業・兼業・自営的就労の拡大に共通しているのは、ICTの発達による「事業場」概念の崩壊 です。これによって、労働契約法制は大きな転換点を迎えようとしています。
以下、この点を指摘した大内伸哉『AI時代の働き方の法 2035年の労働法を考える』(弘文堂,2017)P206を引用して終わりたいと思います。
労働法の規制の基盤は「事業場」だった。事業場とは事業を遂行する場であり、そこに労働者が集まり、上長の指揮の下で労務に従事する場だ。しかし、ICTの発達により、事業を行う場は、徐々に現実から仮想に、また生産システムは集中から分散に変わりつつある。これにともない、労働者は時間や場所の自由を取り戻し、第1次産業革命当時の従属状況から解放されつつある。労働法の誕生時に存在していた生産構造は、今後一変し、かつての労働法が対処しようとした問題の多くは解決の道筋がついていきそうだ。むしろ労働者を弱者と決めつけ、自助の道を否定してパターナリスティックな規制でがんじがらめにしてきた既存の労働法の仕組みは、とくに労働時間規制や解雇規制に典型的にみられるように、企業や国民が新しい産業社会に適合していくことへの足かせとなっている。
労働法は、ひとまずその使命を終えつつあるのだ。
画像:cba / PIXTA(ピクスタ), master1305 / PIXTA(ピクスタ)
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