賃貸借契約の民法(債権法)改正対応
今回は、長期継続的関係を伴う契約であるためにトラブルも多い賃貸借契約について、貸主側が提示するひな形の2020年民法改正に伴う見直しポイントをチェックします。
賃貸借契約書ひな形の民法改正対応総論
賃貸借契約とは、契約当事者の一方が物を使用することやそれにより収益を得ることを認め、相手方当事者がそれらの対価として賃料を支払うこと、および契約終了時にその物を返還することについて合意する契約 をいいます(改正民法601条)。
この条文でいう「物」は、使用・収益によって消滅しないものであれば動産でも不動産でも構わないとされていますが、民法改正対応においては、不動産の賃貸借契約が重要となります。なお不動産賃貸借の場合、民法に加え借主をより強力に保護する借地借家法もあわせて適用されることがあります。
総務省の統計によれば、持ち家率は59〜62%の間で横ばいが数十年間続いていますので、約40%の世帯は借家住まいということになります。また、企業のオフィスや店舗等事業用不動産については、そのほとんどが賃貸物件でしょう。
2020年4月の民法改正では、こうした国民生活・企業活動への影響が大きい契約類型であることを踏まえて、判例上認められていた借主側保護のスタンスをデフォルトルールとして明文化する改正が施されました。いくつかの条項でこれに対応する必要がでてきます。
賃貸借契約書で見直すべき条項リスト
以下、民法改正に伴い、特に貸主側の立場からひな形の見直しが必要になる主なポイントについて確認します。
(1)賃貸物件の修繕条項
2年、3年と住んでいれば、部屋に備付けの空調設備・給湯器・水道等になんらかの不具合が出てくるのが通常です。このように賃貸物の使用及び収益に必要な修繕を要する状態になった場合、改正前民法においても貸主がこれを負担する義務が課されていました(改正前民法606条1 項)。
ところが、借主が要求しても貸主が修繕をしない場合に借主が勝手に修繕してしまうと、それを理由に貸主から契約違反を問われ解除・損害賠償請求されるリスクなどもあり、修繕ができないまま賃料を払い住み続けなければならないという現実もありました。
そこで改正民法では、
- 借主から貸主に対して通知をしても貸主が修繕をしない場合
- 急迫の事情がある場合
には、借主が修繕することができる旨の規定が新設 されました(改正民法607条の2)。
ところが、この新しい条文には、本当にその修繕の必要性があるかないかについて、誰がどのような基準で判断をするかまでは言及がありません。このことが、貸主と借主との間で新たなトラブルを生む可能性もあります。
そこでひな形の見直しにあたっては、借主に対し、貸主に対し修繕開始前に通知する義務に加え、修繕の範囲・方法・コスト等について貸主と事前に協議する義務を課しておく とよいでしょう。
(2)賃貸物件の一部滅失に伴う賃料減額条項
改正前の民法では、たとえば浸水等で100㎡の賃貸スペースのうち30㎡が使えなくなるなど、賃貸物件の一部が借主の過失によらないで滅失したときに賃料の減額請求ができましたが、改正民法ではこれを拡張し、賃貸物件が一部使用・収益できなくなった場合、それが借主の責めに帰することができない事由によるものであるときは、借主の請求によらずにその面積割合に応じて賃料が減額される旨が新たに条文化 されました(改正民法611条1項)。
ひな形の見直しにあたっては、借主からの報告がないことで貸主の対応が遅れ、対応に要する負担が増えてしまうリスクを排除するため、物件の一部が滅失した場合には速やかに貸主に通知してもらう義務を課しておく と良いでしょう。
(3)原状回復条項
改正民法では、借主が通常損耗・経年劣化の原状回復義務を負わないことを認めた判例法理が明文化 されました(改正民法621条)。ただし、借主に通常損耗等の原状回復義務を負わせることが認められていないわけではなく、「賃借建物の通常の使用に伴い生ずる損耗について賃借人が原状回復義務を負うためには、賃借人が補修費用を負担することになる上記損耗の範囲につき、賃貸借契約書自体に具体的に明記されているか、賃貸人が口頭により説明し、賃借人がその旨を明確に認識して、それを合意の内容としたものと認められるなど、その旨の特約が明確に合意されていることが必要」とされています(最高裁平成17年12月16日判決)。
民法改正を機に、ひな形を作成する貸主の立場から借主に対し 積極的な原状回復を求める規定に見直す場合には、
- 国土交通省住宅局「原状回復をめぐるトラブルとガイドライン〔再改訂版〕」
- 国土交通省「賃貸住宅標準契約書 平成30年3月版 連帯保証人型」
を参考に、過度に一方的な条件とならないよう、具体的な修繕金額の目安・分担表を添付した契約とすべき でしょう。
なお、同ガイドラインは、賃貸住宅の退去時における原状回復についてのものとなりますが、同ガイドラインでは、借主に通常損耗・経年劣化の原状回復義務を課す特約が有効となるための要件の一つとして、「特約の必要性があり、かつ、暴利的でないなどの客観的、合理的理由が存在すること」が挙げられており、その必要性が認められるのは、例えば家賃を周辺相場に比較して明らかに安価に設定する代わりに、こうした義務を借主に課すような場合等、限定的と解すべきとされております。
(4)保証条項
従来の賃貸借契約のひな形には、極度額の定めのない連帯保証条項が定められていることが一般的です。
この点に関し改正民法では、個人を保証人とする根保証を設定する場合であって、極度額の定めを設けないときは、保証契約の効力が生じないことが定められ ました(465条の2第2項)。そのため、賃貸借契約ひな形の保証条項を改定しないままでいると、保証人から債権を回収できなくなります。
そこで、賃貸借契約の連帯保証条項に「極度額は保証契約締結時点における賃料のxヵ月分とする」といった定めを盛り込む必要 があります。
なお事業用の賃貸借契約においては、改正民法で新設された事業のために負担する債務の保証人に対する情報提供義務に対応するため、借主が確かに情報提供義務を履行したことを確認する規定も設けておくべきでしょう(改正民法465条の10)。
(5)その他一般条項
その他の一般条項については、公開済みの記事「基本契約および一般条項の民法(債権法)改正対応」もご参考ください。
賃貸借契約の更新と改正民法の適用タイミング
賃貸借契約は、売買契約や請負契約がその都度の契約であるのと異なり、1回の契約で長期の契約期間が設定される継続的取引でもあります。そのため、2020年4月1日の改正民法施行をまたぐ契約期間が設定されている場合、どの時点で改正民法が適用されるか が問題となります。
この点、施行日より前に締結された賃貸借契約については、改正前民法が適用され、施行日後に締結された契約については改正民法が適用されるのが原則 です。
なお、施行日より前に締結された賃貸借契約を、合意により更新(これには施行日前に締結した契約書の自動更新条項による更新を含みます)し、保証(更新後の賃貸借契約により生じる債務も保証する趣旨のもの)については合意更新しない場合には、
- 賃貸借に関する条項については改正後民法
- 保証条項については改正前民法
が、それぞれ適用されることとなります(法務省「賃貸借契約に関するルールの見直し」、筒井健夫・村松秀樹『一問一答 民法(債権関係)改正』(商事法務,2018)P384)。
クラウド型電子契約による賃貸借の完全電子化
以上、賃貸借契約書の民法改正対応ポイントをまとめてみました。
国土交通省は、2019年10月1日から12月31日まで、クラウド型電子契約を用いた賃貸借契約の完全電子化に向けた社会実験を実施 しました。
実は、定期借地・借家契約を除いて、賃貸借契約書を電子化することについては法的規制はなかったのですが、「重要事項説明書」等宅建業法によって宅建業者に書面交付義務が課されていた文書が存在していました。このことが影響して、賃貸借契約書の電子化を見合わせていたお客様も多くいらっしゃったのも事実です。今回の社会実験の結果をもって規制撤廃が認められることにより、賃貸借契約の完全電子化がいよいよ実現します。
賃貸借契約を電子化することにより、借主との紙の契約書の押印・郵送による取り交わしが必要なくなり、物件の数が増えるほど煩雑になっていく管理工数も削減でき、更新事務の手間も大幅に削減 できます。電子契約クラウドサインのご利用をぜひご検討ください。
機能や料金体系がわかる
資料ダウンロード(無料)詳しいプラン説明はこちら
今すぐ相談