経産省NDAひな形への挑戦状 —出澤総合法律事務所『実践!! 秘密保持契約書審査の実務』
「NDA(秘密保持契約書)の交渉なんて面倒。みんな経済産業省のひな形に統一すればラクになるのに」…こうした風潮に待ったをかける、緻密さを売りにするNDAの専門実務書が現れました。
NDAを緻密に検討したい法務パーソンのための実務書
ベンチャーから大企業まで、例外なく締結件数が多いのがNDAです。しかもスピードが重視されることもあって、クラウドサインによる電子化事例が増えています。
そのNDAの読み方・書き方だけを集中して学べる書籍といえば、これまでは西村あさひ法律事務所所属の弁護士らが書いた『秘密保持契約の実務』の独壇場と言っても過言ではありませんでした。そんなNDA実務書市場に揺さぶりをかけてきたのが、この『実践!! 秘密保持契約書審査の実務』です。
ページ数は180ページ弱と少なく、法律書の中でもかなり薄い部類であり、書店で一目見た程度では「西村あさひNDA本に書いてあることとそんなにかわらないのでは?」という印象を抱くかもしれません。
しかしその予想に反し、法務パーソンなら「これ本当はおかしいよな…」「このままにしてていいんだっけ?」と気にしているはずの、以下のような頻出論点を緻密に拾い切った隙のない実務書 になっています。
- 秘密保持契約を結んだ後、取引基本契約書に定める秘密保持条項と競合しがちだが、どう処理すべき?
- 開示者・受領者が複数者(社)となる場合の文言の書き方は?
- 公的機関から開示を求められたときの取り扱いでは「秘密情報の例外」としてはダメ。ではどうする?
- 民法改正でNDAの債権譲渡禁止特約が及ぼす影響は?
- 「開示情報の正確性は担保しない」という非保証条項を受け入れていいの?無効とされた裁判例はないの?
- 人間の頭の中に残って消せない「残留情報」の存在を認める条項(residual clause)への対処法はある?
- 結局、立入り監査権は定めるべき?
- 反社条項にヒットして契約解除となっても秘密保持義務自体は無効としないための条文の書き方は?
契約上の秘密保持義務期間に関する珍しい裁判例の引用も
本書が突き詰める「緻密さ」の具体例を、もう一つご紹介しましょう。
NDAによって秘密保持義務を負う・負わせる期間として、何年程度を設定すべきか? 実際のところ、多くの会社が「3年」「5年」「7年」といったキリの良い期間を「なんとなく」定めてきたのではないでしょうか。もちろん、情報管理規程等の社内ルールに従い、扱う秘密の程度によっても長短をつけているかと思いますが、その基準についてなんらか法的な判断がされた先例を知りたいとお思いではないでしょうか。
日本では、そもそもNDAに関する裁判例が圧倒的に少ないという現状があります。あったとしても、多くが会社を退職した後の元従業員との紛争案件(不正競争防止法違反事件)がほとんどです。そんな中、本書では、秘密保持義務の期間に関し判示された大阪地方裁判所 平成20年(ワ)第8248号 特許権侵害差止等請求事件を紹介しています。
営業秘密を目的外に使用・開示等をする行為は,多くの場合,不正競争防止法2条1項7号等の不正競争行為に該当すると解されるが,営業秘密性の立証が困難であり,また,繁雑である場合もあり得るから,本件開発委託契約の終了後も秘密保持条項の効力を維持することが,同契約の契約当事者(とりわけこの種の営業秘密を保有する立場にある原告)の利益に適うものと認められる。したがって,本件開発委託契約終了後も一定期間その効力を存続させることには合理性があると認められる(他面において,その営業秘密に係るノウハウ等が陳腐化し,一定期間経過後は有用性や非公知性が失われる場合が多いと考えられるから,あまりに長期間にわたり当事者に秘密保持義務を負わせるのも合理性に欠けるものというべきであって,その期間を5年間とした本件開発委託契約の秘密保持条項の存続規定はその点でも合理的であると解される。)。
本裁判例は、もともと原告が浄水器に関する特許権をもとに製造販売の差止め等を求めたもので、秘密保持義務違反が主な論点だったわけではない点、評価には注意が必要です。
それでも、ちょっとやそっと探した程度では見逃してしまいがちな下級審裁判例から、「共同開発案件における技術的な秘密について、5年の秘密保持義務存続は合理的」という基準を見つけてくるあたり、さすがプロの精緻なリサーチにはかなわないと思い知らされます。
経産省NDAひな形に「待った」
本書の緻密さを突き詰める姿勢は、とどまるところを知りません。
契約交渉のベースとして合意しやすい妥当なバランスがとれたひな形として定評があり、過去弊メディアでもおすすめしている 経済産業省のNDAひな形。これにも見過ごせない欠陥があると、名指しで批判 をしています。
ひな形3【編集部注:経産省NDAひな形】は秘密保持契約の存在、内容自体を秘密としているが、むしろ秘密とすべきなのは、秘密保持契約を必要とする関係、すなわち、取引や提携の交渉等の事実であろう。秘密保持契約自体を秘密とすると、「当社は、〇〇社とNDAを締結しているので、お答えはできません。」との対外的な対応ができなくなるおそれがある。
といったところや、
ひな形3の「その他一切の情報」とは何か、また、どこに掛かっているのか必ずしも明確ではない。(中略)「その他」は「その他の」とは用法が異なり、前者は並列的、後者は包含的(例示を伴う)とされている。したがって、「その他一切の情報」は、文法的には、(i)(ii)と並列的に(i)(ii)に含まれない一切の情報となりそうであるが、これではあまりに範囲が不明確である。
等々、複数の箇所についてバッサリとダメ出し。
経産省のもと著名な有識者が集まって作ったひな形という権威にも臆せず、「NDAぐらい適当でいいでしょ」と易きに向かう流れにも棹差す挑戦的な姿勢。こうした職人気質な姿勢を好む法務パーソンは少なくないはずです。
今年度取りまとめられる経産省ガイドラインが本書へのアンサーソングとなるか
経産省ひな形と言えば、先日、内田鮫島法律事務所の鮫島先生、森・濱田松本法律事務所の増島先生らが集まり、新たな契約ガイドラインを作成するというニュースが話題になりました。
経済産業省は大企業と新興企業の連携を促すため、留意すべき点を盛り込んだ契約書のひな型やガイドラインを年度内にまとめる。秘密保持契約やライセンス契約など具体例を示し、手引として利用できるようにする。
—日本経済新聞 2019年12月12日付朝刊 3面
本書の著者らが一冊を通じて訴えているとおり、「NDAなんて適当で」と言っても最低ラインの限度はあります。しかし、その交渉にかかる時間を最短化する努力を当事者双方が払うべきという考え方自体は、やはり否定されるべきものではないと思います。
本書へのアンサーソングとして、この 経産省の新しい取組みにより、本書の指摘も踏まえた2020年を切り取る秘密保持契約のスタンダードを打ち立てて欲しい ところです。
(橋詰)
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