重要なのは書き方よりも進め方 —重冨貴光・酒匂景範・古庄俊哉『共同研究開発契約の法務』
企業が締結する様々な契約類型の中でも、特にトラブル発生確率が高い共同研究開発契約。その原因はどこにあり、法務として何をアドバイスすれば防げるのか。具体的なアイデアを授けてくれる実務書をご紹介します。
債務不履行発生率が極めて高い共同研究開発契約
企業法務で扱う契約類型の中でも、自社または相手方のいずれかが債務を履行できなくなり、トラブルに発展する確率が極めて高いのが、本書で取り扱う共同研究開発契約 ではないでしょうか。
世の中に明るみになっている事件で記憶に新しいものとして、オプジーボの開発をめぐる京都大学本庶佑特別教授と小野薬品工業の争いがあります(参考記事:オプジーボ特許料問題 交渉戦術の選択に残る2つの疑問)。本書8章でも、共同研究開発に関する日本の裁判例だけで15例も集められていますし、私自身、外国企業との共同研究開発が泥沼の紛争になり商事仲裁にまで発展した経験が実際にあったりします。
なぜ、共同研究開発契約ばかりがトラブルが多いのか?良い「書き方」を教えてくれる契約書のひな形が無いからでしょうか?そんなはずはありません。「一定期限内に新しい成果物を契約当事者間で生み出す」という目標の高さ・難しさを忘れて、お互いをまだよく知らないうちに相手に対する期待だけが高まり、重い義務を含んだ契約をかんたんに結んでしまうそのプロジェクトの「進め方」にこそ、トラブル多発の原因はあります。
本書も、共同研究開発契約書のひな形のパターンをたくさん並べたような書式本ではなく、トラブルを発生させないための「進め方」の要諦を、
- パートナーを探し・選ぶ段階
- 秘密保持契約を締結して検討を開始する初期段階
- 共同研究開発契約書の内容を詰めていく交渉・締結段階
- 共同研究開発の遂行・終了段階
に分け、それぞれの過程で必要となる特許法等の条文・判例知識等も交えながら解説する実務書となります。
フィージビリティ・スタディ契約書の締結をステップとして実務に組み込む
共同研究開発契約でのトラブルを避けるために、法務部門として具体的に何が提案できるか?
先ほども述べたように、契約書の書き方・文言それ自体にトラブルの原因があることは滅多になく、できることは限られているようにも思われますが、本書で推奨されているアイデアとして、フィージビリティ・スタディ(本契約の前に行う双方の製品・技術を評価する予備的なテスト)期間を開発現場に意識的に設けさせる、という実務があります。
しかし、いくら現場に「意識をしろ」と言っても、一度プロジェクトが始まってしまうと、途中で「やっぱりやめる」という判断をすることは難しいもの。多少の懸念が生じても、現場は見て見ぬ振りをして前に進んでしまいがちです。
そこで、フィジビリ期間を共同研究開発契約の中に盛り込むのではなく、本契約締結前に、フィジビリだけを行うためだけの契約を個別に外出しして締結し、研究開発を前に進めるか取りやめるかを判断する重要ステップとして明示的に組み込んでしまう のです。勢いで結婚して子供をつくってしまうのでなく、きちんとお互いを理解しあうフェーズを設定しよう、ということですね。
本書の特徴は、このお見合い契約を独立させるという提案を、「フィージビリティ・スタディ契約書」のひな形の提示とともに具体的に行なっている点にあり、私自身トラブルの経験者として大きく共感するところです。
オープンイノベーションで高まる共同研究開発契約ガイドラインのニーズ
一社だけで悶々と考えていてもかんたんには生まれないのがイノベーション。それをなんとか引き起こすための刺激策の一つが、他社・大学・地方自治体・起業家などが持つ技術、アイデア、ノウハウ、データなどを組み合わせて新しいものを生み出そうというオープンイノベーションのコンセプトです。
しかし、前述の通りこれにはトラブルがつきものであるばかりか、最近では大手企業が中小ベンチャー企業のアイデアだけを掠め取り、弱者が泣き寝入っている実態もあるようです。
このような問題意識から、いま 「大企業と研究開発型ベンチャーの契約に関するガイドライン」を作るという経済産業省主導のプロジェクト が立ち上がっているのをご存知でしょうか。
『下町ロケット』のモデルとしても有名な内田・鮫島法律事務所の鮫島正洋先生が座長となり、オープンイノベーション分野を得意とする森・濱田松本法律事務所増島雅和先生、TLO、ベンチャー、そして大企業それぞれのプレイヤーを揃え、年度内に成果物をリリースしようという短期集中型のプロジェクト。
こうした動きからもわかるように、本書が取り扱う共同研究開発契約が、今後の企業法務部門にとってますます頻出かつ重要な契約類型の一つとなることは間違いなさそうです。
(橋詰)
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