条文・判例ベースが信頼獲得の近道 —阿部・井窪・片山法律事務所『契約書作成の実務と書式 第2版』
企業法務関係者から信頼を集める契約実務の「青本」が、収録契約類型を追加&債権法改正を反映し、「赤本」へと進化しました。
秘密保持契約・基本合意書・定型約款の3つの類型と書式を追加
契約実務に携わる法務担当者や弁護士に、手元に置いておきたい契約実務書としてどれか一冊を挙げるとしたら?と聞けば、10人中5人は「AIK(阿部・井窪・片山法律事務所)の青い本」と返ってくるほどの圧倒的支持を得ていた本書初版。
その第2版が、表紙のカラーを薄赤色に改め、5年ぶりに登場。初版に収録されていた契約類型に、秘密保持契約・基本合意書・定型約款の3つの類型について書式と解説が加えられ ました。それに伴いページ数も630と、約100ページ分も厚くなっています。
本書の構成としては、各契約類型の概説のあと、契約書式のサンプルが提示され、
その直後に、書式欄外に番号が振られた論点について、解説と代替条項案を添えるというオーソドックスなスタイル。
収録契約類型は大分類で12・小分類21に増えたものの、なんとか1冊で持ち運べるギリギリのサイズに収まりました。
プロから信頼される理由は解説根拠を「条文」「判例」にフォーカスする姿勢
書店の法律書コーナーに行けば、1冊や2冊ではない多数の契約書式集と実務書がある中、本書に実務家の人気が集まるのはなぜか?
それは、名門事務所である阿部・井窪・片山法律事務所の看板もさることながら、解説のよりどころを条文と判例にフォーカス している点にあると考えます。以下、本書P50-51にかけての、現行民法下の売買契約瑕疵担保権行使期間の解説部分から抜粋。
瑕疵担保責任については、民法上、瑕疵等の発見時から1年以内に損害賠償請求等の権利行使をしなければならないと規定されているが(民570条、566条3項)、この点は 商法526条 が適用される商事売買であっても同様であり、買主は、瑕疵担保責任を問う場合、同条の通知義務を果たした上で、瑕疵等の発見時から10年以内に権利を行使しなければならない。そして、商人間の売買の場合、債務不履行責任であっても、1年以内に完全履行、解除又は損害賠償の請求をしなければ、もはや当該瑕疵を理由にこれらの請求はできないという裁判例がある(東京高判平成11・8・9判時1692号136頁)。瑕疵担保責任との均衡から、他の事案でも同様の判断がなされる可能性はあり、結局、買主が売主に責任追及をするには、すべからく「瑕疵等の発見時から1年以内」に権利行使を行う必要がある。
もっとも、判例では、この1年以内の権利行使は、裁判外で、具体的瑕疵内容を告げ、損害賠償請求等の意思を表明し、損害算定の根拠を示す等、売主の担保責任を問う意思を明確にすれば足りるとされている(最判平成4・10・2民集46巻7号1129頁)。いわば、1年以内という期間は、損害賠償請求等の権利を保存すべく裁判外で意思を表明する(略)ということになる。かかる「保存された権利」の行使については、別途、消滅時効期間が定められており、判例上は、引き渡しから(瑕疵を発見した時や権利を保存した時からではない)、10年(商事の場合は5年)とされている(最判平成13・11・27民集55巻6号1311頁)。
これらの法律・判例上のルールに対し、具体的に請求しうる内容や請求可能な期間を明確化し、あるいは限定するためには、契約書にこれらを規定することとなる(→雛形4条2項)。(後略)
このように、ギュッと濃縮された解説にまるでリズミカルな合いの手を入れるように、根拠となる条文や判例を漏らさず添えていく本書のスタイルは、各章で徹底されています。
関連してもう一つ特徴的なのが、他文献からの引用をあえて控えているのでは?と思わせるほどに、他の概説書や実務書の記述・主張を根拠に求めようとしない 点です(ただし第11章・12章を除く)。債権法改正対応の世界では絶対的な権威を誇る『一問一答民法(債権関係)改正』(商事法務,2018)ですらも、私が数えた限りでは4箇所程度しか引用されていませんでした。
様々な学者・実務家の見解が網羅的に紹介された辞書的な書籍に期待している方にはあまり好まれないかもしれませんが、こうした硬派な・ノイズの少ないところが、プロの実務家から全幅の信頼を集める理由となっているのだと思います。本書を読むと、そうした基本姿勢の大切さに改めて気付かされもします。
債権法改正恐るるに足らず
さて、2020年4月に控える民法(債権法)改正への契約書修正対応について、本書全体に流れる基本スタンスは
契約書の作成という場面では、大きな影響を及ぼす改正点は意外に少ない。(P11)
というもの。とはいえ、あくまで「意外に少ない」であって、それぞれの契約類型を見ていけば、2箇所や3箇所ぐらいは影響を受けるところはあるわけです。
その改正ポイントをいかにわかりやすく示せるかも、著者の腕の見せ所となります。本書では、契約書式例のレイアウトを工夫することにより、改正前後で影響を受ける条文のありかと変化の大きさを視覚的に掴めるよう表現 した点が第2版のセールスポイントともなっています。
本メディアでも過去いくつかの債権法改正対応実務書をご紹介し、たとえば「見え消し方式」のような手の込んだ工夫をこらしたものもありましたが(参考記事:債権法改正 契約条項見直しの着眼点)、緻密さはさておき一目瞭然としたわかりやすさでは、本書が頭一つ抜けているかもしれません。
(橋詰)
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