英文契約条項集頼みからの卒業 —小高壽一・中本光彦『英文ライセンス契約実務マニュアル〔第3版〕』
知る人ぞ知る英文契約実務書が大改訂。新たな共著者を迎え、米国法理論を詳細かつ網羅的に学べる1冊として生まれ変わりました。
英文契約実務の隠れ良書が大改訂
日本の法律実務家が英文契約を作成・レビューしようとするときの定番書といえば、圧倒的ボリュームを誇る山本孝夫先生の『英文ビジネス契約書大辞典』であることは異論がないところでしょう(参考記事:契約法務のためのブックガイド2019)
しかし、同書は「条項集」「条項辞典」の色合いが強く、一冊を最初から最後まで通読して英文契約作成業務に必要な知識を身につけるという用途には必ずしも向いていないのでは?そうお感じになっている方も少なくないはずです。
実践的な契約条項例をサンプルにしつつ、たんに英文の条項を大量に眺める・調べられるだけではなく、その各条項の背景にある法理論を体系的に学びたい。そんなニーズに答えてくれる1冊として私が個人ブログでも推していた1冊が、判型(本のサイズ)もビッグになって12年ぶりに大改訂されました。
新たに加わった共著者による丁寧な改訂作業
本書改訂の知らせを耳にしたとき、一抹の不安を覚えたのが、著者小高先生がIHIでの現役を退かれてから長い月日が経っているという点でした。英文契約実務には日本の契約書以上の歴史があり、そのノウハウが数年で廃れることはないとはいえ、めまぐるしく変わるビジネス・法改正・判例の変化にどうキャッチアップされているのであろうかと。
しかし、その不安は思いも寄らない方法で解消されていました。前著の愛読者であり、海外育ちで日米資格ダブルホルダーでもある現役の実務家、中本光彦弁護士が共著者に加わっての改訂 だったためです。
日本や米国の国際取引の書籍のほとんどは、日本または米国の一方の視点からのみ書かれている。そんなときに出会ったのが、本書第2版である。本書第2版は、ライセンス契約の各条項の背景にある法理念(契約法、知的財産法、競争法、ガイドライン、破産法等)を、日本法および米国法の双方の視点から説明していた。
本書第3版は、これに加え、ライセンス契約の各条項が日米の裁判例等においてどのように解釈されているかをより具体的に明らかにした。
(第3版共著者まえがきより)
こうして前著をリスペクトする中本先生が大幅に加筆修正。しかもその改訂の具体的箇所と趣旨について、事細かに一覧できる表までも収録されています。改訂作業がいかに丁寧に、真摯に行われたかが伺えます。
英文契約条項集では学べない実践的知識とその根拠を整理
こうして生まれ変わった第3版は、前著の特徴であった実践的ポイント、たとえば
- ライセンス対象物はどこまで特定すべきか
- 源泉徴収等の税金処理
- ロイヤルティ支払いの際の通貨・為替処理
- グラントバックは米国法において許されるか
- 競合禁止・不争義務はどこまで有効か
- 米国トレードシークレット法や知的財産権各法と日本法との違い
- 英米法におけるサイン(署名)・ウィットネスサインの意味
といった、実務でドラフティングする際にいつも気になってはいるものの、深く突っ込んで調べることをせず条項集をコピペしてやり過ごしていたあらゆるポイントについて、さらに詳細な解説 が加えられています。体裁面についても、第2版と比較して表を使っての整理が増え、注記も章末型から脚注型へと変わってとても読みやすくなりました。
中本弁護士の執筆方針が色濃く反映され意味的に変化が加えられた点としては、ライセンス契約の肝とも言える保証責任の法的根拠についての見解が挙げられます。第2版までは、「物品の売買を規律する米国法UCC Article2はソフトウェアライセンス契約にも適用される」という日本の知財協見解に寄せた記載となっていたところ、第3版では「コモンローによって規律される」という原則論を強く意識した記載となっていました。
こうした変化もありつつ、共著改訂として例を見ないほどすばらしい形で良書が失われることなく継承され磨き上げられたことは、英文契約実務に取り組む日本人としてうれしいニュースです。
(橋詰)
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