「プラポリ読まずに同意」地獄から抜け出すためのアイデア —第2回JILIS情報法セミナー聴講レポート
リクナビ「内定辞退予測」問題を受けて開催された第2回JILIS情報法セミナー。改めてプライバシーポリシー同意の未来について考えてみたいと思います。
JILISセミナー「就活サイト『内定辞退予測』で揺れると“個人スコア社会”到来の法的問題を考える」
2019年9月9日、一般社団法人情報法制研究所が主催する「就活サイト『内定辞退予測』で揺れる“個人スコア社会”到来の法的問題を考える」セミナーが開催されました。
鈴木正朝先生・板倉陽一郎弁護士・山本一郎氏によるパネルを踏まえて、
- 京都大学 大学院経済学研究科 教授 依田高典氏
- 倉重・近衞・森田法律事務所 弁護士 倉重公太朗氏
- JILIS理事・産業技術総合研究所 主任研究員 高木浩光氏
のお三方より、それぞれ 経済学・労働法・情報法制の観点から、8月に発生し世間を騒がせているリクナビ問題を再発させないための報告と提言 が行われました。
虚しさが募るばかりの「プライバシーポリシーに同意」スキーム
いずれの専門家の報告・提言においても課題として挙げられていたのが、「プライバシーポリシーに同意」スキームがいよいよもって機能をしなくなりつつあるという現状 についてです。
板倉・鈴木・高木氏を交えたパネルでは、リクナビ事件を受けての厚生労働省発信文書で「仮に同意があったとしても同意を余儀なくされた状態」「本人同意があったとしても直ちに解消する問題ではなく」と、同意取得をもってしても事業者の行為を免責する材料にはならない場合があることが行政によって明言されていた旨、指摘がありました。
行動経済学を専門とする依田先生も、規約を読まない・読んでも理解しないユーザーが大半を占める実態を改めて指摘。
米国では、平均的なネットユーザーが利用するすべてのプライバシーポリシーを読むためには、年間244時間を要すると試算した研究があります(参考記事 :利用規約の格付サービス「Terms of Service; Didn’t Read」)。もちろんそんな時間をかけて読んでいるユーザーがいるわけはなく、人間の限定合理性を表した典型例といえます。
倉重先生の報告では、新卒一括採用に代表される日本独自の雇用慣行と、数合わせ的人事KPI管理によって発生する、HRテックの悪用や無理な運用の危険性が示唆されました。
就活サイトの内定辞退率予測にも類似した問題に発展するであろうものとして、「在籍従業員の退職リスク」を予測するサービスがあります。従業員の同意無しに、または同意があったとしても余儀なくされた状態で、タイムカードの詳細な出退勤時刻・有給休暇取得率・人事評価スコアなどが所属企業からHRテック事業者に提供され、個々人の退職リスクがプロファイルされフィードバックされているケースは珍しくありません。
同意の実効性を上げる努力をするか、それとも同意を諦めるか
このような課題に対し、解決策の方向性は大きく分けて2通りあると考えられます。
一つは、同意の実効性を上げる努力をする方向性 です。たとえば規約の読了率・理解率の向上を図るために、同意の対象となる文書やタイミングをもっと細分化していくというアイデアがあります。
今回のJILISセミナーで、高木氏が「事業者単位からサービス単位へのプラポリへ細分化すべき」との提言をされていたのも、この方向性にかなうものと考えられます。
もう一つは、どこまでいっても形式的な同意取得による解決をあきらめ、別の手段を模索する方向性 です。たとえば私案として、
- 第三者提供のオプトアウト企業リストのように、プライバシーポリシーを個人情報委員会のような機関に届出・公開させ、確実に衆目に晒す手続き的義務を課す
- 上場企業の有価証券報告書・財務諸表のように、一定ユーザー数以上の個人情報を取り扱うサービスには、プロの第三者機関にプライバシーポリシーに沿った管理運用実態があるか監査義務を課す
といったアイデアが考えられます。
2を実現するには証券取引所と監査法人なみの機関を作らなければいけない点、非現実的かもしれません。一方1は今ある第三者提供リストの仕組みを拡大し、いわば 官制・公式の「ネット炎上誘発装置」を作って自浄作用を働かせる だけのアイデアなので、現実味と実効性はあるのではないかと考えています。
優越的地位の濫用がありうる以上、「プラポリに同意」スキームへの依存は危険
もちろん、契約自由の原則を重視し、同意の実効性を少しでも上げようという努力を続けることは大切です。
しかし、寡占的なサービスを提供するプラットフォーマーや生活の糧を依存する雇用主のような優越的地位にある者に対して「個人情報を提供しない」という選択をすれば、不利益な立場に追い込まれるのは自明です。リクナビ事件の教訓を踏まえ、「同意の有無」が問題の本質ではないことに私たちはもっと自覚的になるべきではないでしょうか。
こと 個人の人権・尊厳にかかわる個人情報提供の取り扱いについては、同意取得スキームによる形式的解決をあきらめる方向性も追求すべき ではないか。今回のJILISセミナーを終えてそう思いはじめています。
(橋詰)
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