プライバシーポリシーと独占禁止法規制 —公取委が狙うのは誰か
独占禁止法に定める「優越的地位の濫用」の観点から、個人情報保護委員会に加え、今後は公正取引委員会までもがプライバシーポリシーに対する規制の網をかけることに。その影響について整理します。
巨大IT企業によるデータ搾取に待ったをかける公正取引委員会
公正取引委員会が、個人情報保護を名目に、デジタルプラットフォーマー規制に本格的に乗り出すことになりました。
消費者が個人情報等を提供する取引について、これまで企業間取引にしか適用してこなかった独占禁止法の「優越的地位の濫用」として規制することを明確にした、新たな指針案を公表。パブリックコメントの募集を開始しています。
▼ 「デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)」に対する意見募集について
デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用規制の考え方を明確化することにより,法運用の透明性を一層確保し,デジタル・プラットフォーマーの予見可能性を向上させるため,「デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)」(以下「考え方(案)」という。)を作成しました。
(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2019/aug/190829_dpfpc.html)
また同日、個人情報保護委員会からも、保護法と独禁法の関係を整理した文書が公表されました。
▼ 「デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)」に対する当委員会の考え方について
消費者に対して優越的地位を有するデジタル・プラットフォーマーにあっては、個人情報保護法に 違反する場合だけでなく、個人情報保護法に違反するとはいえない場合であっても、消費者に対して、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなる場合がありうる。こういった場合については、今般、公正取引委員会において、「デジタル・プラットフォーマーと個人情報等を提供する消費者との取引における優越的地位の 濫用に関する独占禁止法上の考え方(案)」を示し、私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(略)の観点から、是正され得る旨が示されたところである。
(https://www.ppc.go.jp/news/press/2018/20190829/)
個人情報を取扱う企業は、これまではプライバシーポリシーを定め必要に応じこれに同意を得るなど個人情報保護法に則った取得・利用をすれば良かったところ、今後、独占禁止法という観点からの規制が正式に加えられる ことになります。
デジタルプラットフォーマー個人情報等取得利用指針の3つのポイント
さて、今回の指針案では、
- オンライン・ショッピング・モール,アプリケーション・マーケット,検索サービ ス,コンテンツ(映像,動画,音楽,電子書籍等)配信サービス,ソーシャル・ネット ワーキング・サービス(SNS)などのデジタル・プラットフォームを提供する「デジタル・プラットフォーマー」が
- サービスの提供と引き換えに消費者から個人情報等を不当に取得・利用すること
が優越的地位の濫用となることが示されました。
さらに、その具体的な濫用行為類型として、取得について4つ、利用について2つ、合計6つの類型と【想定例】が例示されています。
⑴ 個人情報等の不当な取得
ア 利用目的を消費者に知らせずに個人情報を取得すること。
イ 利用目的の達成に必要な範囲を超えて,消費者の意に反して個人情報を取得すること。
ウ 個人情報の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じずに,個人情報を取得すること。
エ 自己の提供するサービスを継続して利用する消費者に対し,消費者がサービスを利用するための対価として提供している個人情報等とは別に,個人情報等の経済上の利益を提供させること。⑵ 個人情報等の不当な利用
ア 利用目的の達成に必要な範囲を超えて,消費者の意に反して個人情報を利用すること。
イ 個人情報の安全管理のために必要かつ適切な措置を講じずに,個人情報を利用すること。
この6つの類型それ自体は、個人情報保護法でもすでに規制されている行為に見え、これまでどおりプライバシーポリシーを用いた通知・同意取得さえしっかりと行なっていれば、問題はないようにも思えます。
しかし、以下述べる3点については、個人情報保護法を超えた規制の方向性が垣間見える記述となっており、注意が必要 と考えます。
(1)「個人情報等」の幅広い定義
指針案で用いられる「個人情報等」の定義は、個人情報のみならず、個人情報以外の情報の取得・利用についても規制の対象となっているかのように読める ものとなっています。
個人情報に紐づけられたいわゆるパーソナルデータを「等」として言い含めただけの可能性もありますが、うがった見方をすると、保護法で定義される「個人情報」よりも幅広く捉えられるようにし、規制の目をかけやすくしようという公取委の意思もありそうです。
(2)極めて不明確な「対価に対し相応」基準
指針案の中では、個人情報等を取得・利用するサービスの品質が「対価に対し相応」かどうかが取り締まりの基準となる旨の記述 が、2箇所にわたり登場します。
これを基準として文字通り解釈しようとすれば、
- 無料・広告モデルで個人情報を取得するのは一律「相応でない」とされる
- 一定の金銭(例えば500円)を支払って個人情報を入手しさえすれば「相応である」とされる
かのようにも読め、その基準としての不明確さに疑義を覚えざるを得ません。
(3)「ターゲッティング広告」の狙い撃ち
指針案の中に、【想定例】として示された7つの事例の中で一つだけ異質な、行動ターゲティング広告に対し個人情報保護法を超えた規制の意図を強く感じさせる記述 が存在します。
形式的にはプライバシーポリシーで同意を取得し、個人情報保護法上の要件を満たしていたはずのこのビジネスモデル。現状のウェブサービスの世界では、「やむを得ず」というよりも明確な認識なく行動ターゲティングに同意しているケースがあるのは事実です。
この問題に対し、個人情報保護法を乗り越えて、独占禁止法をもって規制しようという強い意思がこの記述に現れているように読めます。
対GAFAM規制と油断・誤解することなかれ
「デジタルプラットフォーマーに対する規制」と聞くと、Google、Apple、Facebook、Amazon、Microsoftといった、インターネット市場を牛耳る外資系企業を規制対象としたもののように思われがちです。
しかし今回の指針案の文言を見ていると、Android、iPhone、Oculus、Kindle、Windowsといった端末・OSやサービスの販売を通じ、消費者と直接中身のある金銭取引を行なっているGAFAMよりも、むしろ彼らのプラットフォームの上で無料または広告モデルで囲い込みビジネスを行おうとするサービスプロバイダーこそ、指針に抵触するリスクは高い と考えるべきでしょう。
さらにGAFAMのような巨大IT企業は、欧州等ですでに類似の独占禁止法規制に苦しめられた経験があり、対応策も持ち合わせています。そうした免疫のない日本企業が、この新しい指針に対応できずに自滅することのないようにしたいものです。
現状はパブリックコメントの段階であり、指針の文言には調整が入ると思いますが、2018年から議論が重ねられてきた経緯を踏まえると、大きな方向性が変わることはなさそうです。
こうしてまた一つ、プライバシーポリシーの作成にあたって私たちが抑えるべき新たな法律が加わりました。
画像:kpw / PIXTA(ピクスタ), TTwings / PIXTA(ピクスタ)
(橋詰)
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