タブレットへの手書き電子サインは法律上の「署名」にあたるか
店舗での決済や保険契約の申込み等、タブレットやスマートフォンを利用した手書き電子サインが意思確認の手段として普及しはじめています。こうした手書き電子サインは、現行の民事訴訟法や電子署名法上、法的効力を持ちうるのでしょうか。
タブレットやスマートフォン上で行う手書き電子サインの法的有効性
「言った言わない」の争いごとを避け、万が一の際に裁判所に証拠として提出するための文書としての契約書。これが真正なものであることを法的に認めてもらいやすくする(推定効を得る)ためには、その文書に対し、
- 署名または押印(民事訴訟法228条4項)
- 電子署名(電子署名法3条)
が施されているかどうかが実務上重要なポイントとなります。
これに関して最近気になるのが、店舗等での買い物の決済や保険等の契約時に、タブレット・スマートフォンのスクリーン上に手書きで行う「手書き電子サイン」 の存在です。
先ほど挙げた法律との関係では、
「電子的なサイン(署名)をしているのだから、法的には“電子署名”に当たり、通常の手書き署名や押印とおなじ法的効力をもつのでは」
なんとなくそう思って、とくに疑問を持たずに手書き署名と同じように手書き電子サインをされている方も多いのではないでしょうか?
しかし、電子署名法が規定する“電子署名”は、あくまで「公開鍵暗号方式」と呼ばれるデジタル署名方式を前提とするもので、スクリーン上に手書きで電子サインをしただけでは、電子署名としての法的効力はありません。
となると、残るは、民事訴訟法228条4項の「署名」にあたると解釈できるか が問題となります。
もし、これに当たらないとなると、こうした手書き電子サインは法律上推定効が働かない、いわばウェブ上の画面で行うクリックとなんら変わらないものと同じということになり、なんのためにわざわざスクリーンにサインを書いているのかわからなくなってしまいます。
署名の定義は法律上明確ではない
そこでまず、「署名」の定義を確認してみることにしましょう。
紙にボールペンで書く 手書き署名の推定効を規定しているのは、民事訴訟法228条4項 です。
4 私文書は、本人又はその代理人の署名又は押印があるときは、真正に成立したものと推定する。
さて、ここで出てくる「署名」という用語については、条文中に特に定義がありません(裁判所への申立て手続きにおける書面等への署名については132条の10に規定あり)。したがって、ここは一般用語としての「署名」を指していることになります。
有斐閣法律用語辞典で「署名」の定義を見てみると、
一般に、文書に自らの氏名を記すこと。本来は自署を意味する(例、「判決書には、判決をした裁判官が署名押印しなければならない」(民訴規157①)
とあります。
特に書面上にインクを使って書くことが絶対条件とはなっていませんから、スクリーン上の文書に氏名を自署する 手書き電子サインについても、民事訴訟法228条4項の署名に該当するという解釈もありえそうですが、これを正面から論点とし認めた判例はありません。
住民基本台帳法の運用現場で認められた手書き電子サイン
直接の判例がない中、「署名」にタブレット等への手書き電子サインが含まれるかの解釈において参考になりそうな法令がないか、民事訴訟法以外の法律に範囲を広げて探してみます。
すると、自治体が証明書等を発行する際に、申請者に 手書き電子サインを求める「簡単ゆびナビ窓口システム」を支える住民基本台帳法とその省令 に行き着きます。
住民基本台帳法12条2項1号に基づき住民基本台帳の一部の写しの閲覧を請求する際は、総務省令および住民基本台帳事務処理要領の定めにより、「請求の意思を明らかにさせるため、自署又は押印を求めることが適当である」とされています。
ここでいう住民基本台帳法上の「自署」に相当するものとして、各自治体がタブレット画面への手書き電子サインを自署として認める運用を行なっている 実態があります。
金融機関での手書き電子サイン実用例
さらに、民間の金融機関では、手書き電子サインを民事訴訟法上の証拠足りうるものとして取り扱う実例 も出始めています。
たとえば、三井住友銀行では、専用の端末を用いた手書き電子サインを法的な証拠として取り扱うシステムが実用化 されています。
この手書き電子サインシステムの運用と法的証拠力について述べた文献として、金融機関向け専門誌「金融財政事情」2016年5月30日号に掲載された、三井住友銀行事務統括部部長 宮下典久氏のコメントを引用します。
電子サインは、民事訴訟法上の電磁的記録を想定していない手書き署名や、2001年4月に施行された電子署名及び認証業務に関する法律(電子署名法)における電子署名との関係がいまだ整理されておらず、直接参考とすべき判例もない。たとえば、どうしたら民事訴訟法上の「準文書」として認められるかも明らかにされていない。
(中略)
そこで、電子サインの法的効力に関する意見交換を弁護士や専門家と集中的に行なったところ、電子サインは従来の紙上の手書き署名と比較した場合、本人確認、本人の意思確認において、証拠価値が非常に高く、偽変造がきわめて困難である点で優位性をもっていることから、電子サインによる照合方法についても預金規定に盛り込むことで、従前の印鑑による照合方法と同様、意思確認方法として有効に機能しうるし、また、電子サインによって生成された電磁的記録は、電磁的記録を準文書とする判例の立場、または見読可能な文書と理解できる有力な学説等に立脚した場合、今後民事訴訟法228条4項が適用または準用され、推定効が付与される余地があるとの見解を得ているものである(以上は牧野総合法律事務所の牧野弁護士にアドバイスいただいた)。(P13-14)
印鑑同様に電子サインの偽造をどのように防止し見破るかが課題に
いまやスマートデバイスの普及率は80%を超えています。これに加え、行政のデジタルファースト・裁判手続きのIT化の進展も追い風となって、押印はおろか、書面上にボールペン等で手書き署名することすらもなくなっていくことでしょう。
そして今回見たように、タブレット等での手書き電子サインが民事訴訟法上の署名にあたると認められると、電子署名に加え、手書き電子サインを利用した契約もますます普及していくと考えられるでしょう。
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画像:saki / PIXTA(ピクスタ), Sitthiphong / PIXTA(ピクスタ)
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