SaaS・サブスクリプションビジネスの利用規約—Salesforce編
ソフトウェア販売のビジネスモデルに革命を起こし、SaaS・サブスクリプションビジネス勃興の立役者となったSalesforce。その利用規約にも、顧客との長期的な信頼関係構築に心血を注いできた同社ならではのノウハウがぎっしり詰まっています。
Salesforce利用規約「マスターサブスクリプション契約」の全体像
今回も、まず最初に条番号ごとに見出しを列挙し、エッセンスを要約した表で全体を捉えてみましょう。
条番号 | 見出し | 内容・キーワード |
---|---|---|
1. | 定義 | 用語定義 |
2. | SFDC の責任 | 有料サービスとその責任、顧客データの保護、無料トライアルとその責任 |
3. | 本サービス及び本コンテンツの利用 | サブスクリプションの性質、ID共有の禁止、禁止事項、SFDCによる第三者権利侵害判明時のアクセス制限 |
4. | SFDC 以外の製品及びサービス | サードパーティ製アプリの非保証 |
5. | 料金及び支払い | サブスクリプションフィー返金不可、遅延利息、支払い紛争中のシステム稼働、税負担 |
6. | 財産権及びライセンス | 権利留保、コンテンツアクセス権のライセンス、顧客からSFDCへのライセンス |
7. | 秘密保持 | 秘密保持義務 |
8. | 表明、保証、排他的救済及び免責 | 契約締結権限の表明保証、一定程度のセキュリティ保証(ただし救済は解約または返金のみ)、免責 |
9. | 相互の補償 | 訴訟防御協力、損害賠償義務 |
10. | 責任の限定 | その損害に関する最初の事件発生前12 ヶ月間にその損害に関するサービスに支払った合計金額を上限、逸失利益、間接・偶発・結果的・懲罰的損害の免責 |
11. | 契約期間及び解約 | 1年自動更新原則、30日前解除予告、60日前予告による値上げ可、解約、解約時の返金ルール |
12. | 一般条項 | 腐敗行為防止、反社条項、権利の不放棄、契約譲渡、通知、準拠法 |
文字数23,995字は、G Suite規約の文字数を軽々超えてSaaS規約の中でも最多レベル。PDFファイルにぎっしりと細かい字で、改行等も最小限に詰め込まれており、法務職でもなければ進んで読もうとは思えない威圧感があります。
Salesforce利用規約の特徴
一見すると読みにくいSalesforceの規約ですが、他社の利用規約では見ることのできないSaaS規約ならではの特徴がたくさん隠されています。具体的な条項をピックアップして分析してみましょう。
(1)「サブスクリプション」の意義を正面から定義
まず特筆すべきは、SaaS規約界においておそらくはじめて、「サブスクリプション」の語の意義を
「サブスクリプション」とは、(中略)一定の期間又はその他の利用の基準値に応じて、本サービス又は本コンテンツを利用する権利
と、契約上はっきりと定義 した点です。
「サブスクリプション」の概念がようやく広まり始めたばかりの日本では、これを「月額定額課金制」と誤解するユーザーもまだ少なくありません。
契約にあたりそうした誤解を解き、特に 「ユーザーの利用量が増えれば課金額も増える可能性がある」ことを債権債務の前提として双方が確認する意味でも、重要な意味を持つ規定 です。
(2)値上げ幅のパーセンテージを予め明示
ソフトウェアを購入しインストールする必要のないSaaSでは、ユーザーが知らないうちにサーバー上でソフトウェアがバージョンアップされ、日々使いやすくなっていくというメリットがあります。
その代償として、多くのSaaSが「値上げ」を予定し実施しているのもまた事実。SaaS事業者としては、値上げの可能性をユーザーに告げるのは勇気がいることですが、ユーザーとしても、値上げ幅がどのくらいになるのかをあらかじめ知ることができないと、来年度以降の予算に影響しかねません。
この点、Salesforceははっきりと 「更新のタイミングで、7%値上げする可能性がある」と、その値上げ幅の目安を明示 しています。かなり珍しい規約と言ってよいでしょう。
そして「目安」と書いたのは、必ずしも7%が上限であるとも確定していないから。規約をよく読むと、
更新期間における単価は、SFDC からの通知によって、更新前の期間における該当する単価の最大 7%増の価格とすることができますが、SFDC がお客様に、該当する更新期間開始の 60 日以上前に別段の価格の通知を行ったときにはこの限りではありません。
と、60日以上前に通知を行って7%を超える値上げ幅を予告する選択肢も残しています。
(3)解釈のあいまいさを徹底的に排除した文言
他のSaaS規約と比較しても飛び抜けて文字数が多くなっている理由の一つが、法務的にみても、かなり細かなディティールまで規定し解釈の曖昧さを排除 しているという点にあります。その細かさの程度がはっきりと読み取れる一例として、ここでは免責条項を挙げてみましょう。
一般的に、SaaSの免責条項では、損害賠償額の上限を、「お客様が過去1年間に当社に支払った利用料を上限とする」と規定した規約が多く存在します。この点、Salesforceの規約の規定の仕方を見てみると、
上記のように、
- 「その損害の原因となった最初の事件の前12ヶ月間」と、損害上限額算定の起算点を具体的かつ早期に特定
- 「その損害を発生させた本サービスに支払った合計金額」と、サービス単位で金額上限を限定
- 「当事者もしくはその関係会社が当該損害の可能性を告げられていた場合(略)にも免責」と予見可能性があったことによる賠償責任を排除
しており、さらに一段も二段も絞り込みをかけた、極めて限定的かつ解釈の余地が発生しない上限を設定 しています。
とくに2の「その損害を発生させた本サービスに支払った合計金額」としているのは効果的です。SalesforceからA・B・Cの3サービスをそれぞれ月50万円で購入し、50万円 × 3サービス × 12ヶ月=合計1,800万円を支払っていたとしても、サービスAで損害が発生したならば、サービスAについて払っていた50万円×12ヶ月=600万円が賠償額の上限となる、ということを意味します。
(4)SLAは規約上規定せず
G Suite利用規約の解説でも述べたとおり、SLAが明確に提示されていないSaaS規約は決して少なくありません。Salesforceも、SLAを規約上明確に示していない サービスの一つです。
似たような文書で、Trust and Compliance Documentationというものはあるのですが、これはセキュリティポリシーを定性的に示したもので、いわゆるSLAとは異なります。
ただし、交渉により有償オプションとしてSLAを締結することもできるとのこと。この点、日系情報ストラテジーによる「セールスフォース・ドットコムへの公開質問状」という記事で、宇陀栄次社長(2010年当時)が、以下のように回答していました。
保証を求めるお客様とはSLA(サービス・レベル・アグリーメント)を結んでいる。データ管理の仕組み上、安全性には自信がある。
万が一の場合の保証については、お客様によってはSLA(サービス・レベル・アグリーメント)を結んで、その中で定めている。万が一情報漏えいが起きた場合の対応や、それに対する損害賠償などは、全部個別に定義している。
(5)サービス終了手段は更新拒絶のみ
無料トライアルについては予告なく打ち切ることも可能とする一方、有料のサブスクリプションについては、相手方の債務不履行が無い限り、事業者の都合で契約期間途中でもサービス終了するという権利を確保していません。これも珍しい点です。
ただし、自動更新で1年単位に継続する契約期間を、30日前予告で更新停止できるようになっています。この規定を前提に、1年間は継続をコミットし、サービス終了時は全顧客に更新拒絶通知を送るということで対応をする腹積もりなのかもしれません。
総評—長きに渡るSaaSビジネス経験を踏まえ透明性を追求したを模範的規約
まだクラウドという概念自体が理解すらされていない1999年に創業、翌年2000年には日本法人も設け、ソフトウェア販売をサービス化する流れを作った張本人であるSalesforce。顧客に対してSaaSをどう説明し理解を得るべきかを知り尽くしているのはもちろん、継続課金サービスならではの顧客クレーム・トラブルも数多く経験してきたはずです。
そうしたビジネス経験を踏まえたうえで、サブスクリプションの定義を規約から広め、口にしにくい値上げについてもその水準まで予め宣言し、責任論については法務的にも解釈に揺らぎのない細かな文言をあえて用いるなど、顧客に対するサービスの透明性を徹底的に追求しているのが、Salesforceの利用規約なのです。
顧客と信頼関係をしっかりと築こうという姿勢が現れた、SaaS界の模範的規約と言ってよいでしょう。
(橋詰)
参考文献
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