SaaS・サブスクリプションビジネスの利用規約—G Suite編
GmailをコアとするGoogleの法人向けSaaS「G Suite」の利用規約を分析。SaaS事業者が配慮すべきポイントが漏れなく盛り込まれた、教科書のような完成度です。
G Suite利用規約の全体像
条番号ごとに、見出しと内容・キーワードを抜書きした表で全体を捉えてみます。
条番号 | 見出し | 内容・キーワード |
---|---|---|
1. | サービス | 設備基準、広告の非表示、サービス追加・変更 |
2. | お客様の義務 | アカウント管理責任、データプロセッサ、禁止事項、自己サポート原則 |
3. | 請求と支払い | パートナー経由の販売、プラン毎の支払いルール、遅延利息、税金 |
4. | 技術サポートサービス(TSS) | サポートサービスの提供条件 |
5. | 停止 | サービスの停止条件 |
6. | 機密情報 | 相互の機密保持義務 |
7. | 知的財産権、ブランド | 知的財産の貴族、相互のブランド利用原則 |
8. | 広報活動 | ブランドの公表・広告利用 |
9. | 表明、保証、免責 | SLA、非保証、緊急通信への非対応 |
10. | 期間 | 契約期間、更新ルール、料金改定 |
11. | 終了 | 契約解除の条件、解除後のデータアクセス |
12. | 抗弁と補償 | 訴訟等発生時の相互保護義務、対応のためのサービス変更同意 |
13. | 責任の制限 | 逸失利益・間接・特別・偶発・懲罰的損害の免責、12ヶ月累積支払額上限 |
14. | その他 | チェンジオブコントロール、不可抗力、修正の方法、準拠法等 |
15. | 定義 | 用語定義 |
利用規約で使用される 文字数は18,701字と、SaaS規約の中ではボリュームはやや厚め です。また、英語版の利用規約をベースとしているために、日本語がやや翻訳調なのは否定できません。
それでも、30条を超える規約が少なくないSaaS規約の中にあって条数は比較的コンパクト、構造もシンプルで、項番の割付やインデントなども丁寧に施されています。
G Suite利用規約の特徴
では、G Suiteの利用規約の中から具体的な条項をいくつかを取り上げ、その特徴を分析してみたいと思います。
(1)事業者とユーザーとが対等
SaaSに限らず、通常ウェブサービスの利用規約といわれるものは、事業者のリスクをヘッジすることだけを目的に作成 します。そのため、条文を読むとほとんどが、以下のように事業者に一方的に有利な言い回しとなっています。
「利用者は、〜しなければならない」
「事業者は、〜の責任を負わない」
ところが、このG Suite利用規約では、
「いずれの当事者も、〜行わない」
「各当事者は、〜を保証する」
といったように、相互に対等な(レシプロカルな)言い回しを含んだ条文が多数を占めて います。
事業者だけに都合のよい条件を適用するのではなく、あくまでユーザーと対等な関係で契約を結ぼうという、珍しいスタンスの利用規約といえます。
(2)SLAを教科書通り明示
入門編としての「SaaS・サブスクリプションビジネスの利用規約—SLA(サービスレベルアグリーメント)の定め方」でも解説したとおり、SLAはSaaS規約を支える最も重要な条項です。
ところが、著名なSaaSの利用規約をチェックしてみると、SLAが明確に定められていないサービスは実は少なくない という実情があります。
そんな中にあって、このG Suiteの利用規約では、9.1条に言及されている 「G Suite サービスレベル契約」によってSLAをシンプルながらも明確に定めている 点は、事業者として見習いたいポイントです。
(3)将来的なサービス変更や不測の事態への手当が丁寧
継続利用を前提とするSaaSビジネスにおいて、ユーザーが最も恐れる事態が、①料金改定 と②サービス終了 の2つ でしょう。とはいえ、人間が加齢と死を避けられないように、SaaSにおいてもそれらは避けられない宿命です。
そうした将来に発生しうる事態について、規約に直接的に書くと「角が立つ」ことを気にしてか規定していない例もよく見かけるわけですが、G Suite利用規約では、予告の上で料金改定・サービス終了に踏み切ることがある 旨がはっきりと明示されています。
しかも、サービス終了時の措置に関しては、「予告したんだから、こちらの都合で終わらせてもらいますね」といった冷たい対応ではなく、
通知してから少なくとも1年間は重要なサポートの終了を実施せずサービスを継続的に提供するため、商業上合理的な努力を払う
という、サポート終了予定ポリシーまでわざわざ示しています。最悪の事態においてもユーザー保護にコミットした、この業界でも非常に珍しい規定です。
(4)ほぼ唯一のツッコミどころはサービス内容に関する定めが無い点
このようにユーザー視点で作り込まれたG Suite利用規約ですが、一点だけ、不思議としかいいようがないツッコミどころがあります。それは、肝心のサービス内容が規約上その概要すら説明されていない、という点です。
なお、G Suiteウェブサイトやサービス説明資料等によれば、G Suiteのサービス内容は以下3つのプランから構成されています。
たとえば、Business以上から適用されるデータ保護機能 Google Vault については1.6条で言及されているにもかかわらず、Enterprise専用のデータ損失防止(DLP)機能について言及がなく、データ保護レベルの違いなどがわかりにくく感じます。
Google VaultはあくまでeDiscovery等訴訟対応や監査のための機能であり、万が一のバックアップ的な用途を満たすにはDLPの導入が必要なのですが、このあたり、利用規約でも言及があってよかったのではという気もします。
総評—極めて隙のないSaaS規約界の優等生
以上、G Suiteの利用規約の全体像と特徴的な部分をチェックしてみました。業務上GmailやGoogleスプレッドシートを利用している企業に務めている方でも、その利用規約がどのような定めになっているか、ご存じなかった方も多いと思います。
Googleほど大規模かつ複雑多岐にわたるオンラインサービスを展開している会社はそうそうありません。それにもかかわらず、リスク処理に関してほぼ隙のない、完成度の高い利用規約に仕上がっています。
それでいて、ユーザーだけにリスクを押し付けるのではなく、対等なスタンスを保持している点、SaaS規約界の優等生と言わざるを得ません。
(橋詰)
参考文献
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