契約に関する事例・判例・解説

吉本興業のタレント契約解除騒動に思う契約の証拠化とフレキシビリティ


吉本興業の所属タレントが、反社取引を理由に一方的な契約解除の憂き目に。そんな中、所属タレントからは「うちの事務所は契約書を結んでない」との問題提起も。この事件を踏まえ、契約の証拠化と柔軟性確保のバランスを両立させる方法について考えてみます。

書面化されていない芸能事務所と所属タレントとの契約関係

反社会的勢力とみられる団体に対し、所属事務所を通さない闇営業を行なうなどの関係を持っていたとして、芸能事務所が所属タレントとの契約を一方的に解除した事件が話題となっています。

▼ 吉本興業、カラテカ入江との契約解消 詐欺グループ会合で仲介

お笑いコンビ「カラテカ」の入江慎也さん(42)が、4日付で所属の吉本興業から契約を解消されていたことが6日、分かった。振り込め詐欺などを行う反社会的勢力のグループの会合に、吉本興業の所属タレントを仲介したためで、事実上の解雇処分とみられる。
契約解消は入江さんが「吉本興業および所属芸人のブランドを著しく傷つけたため」と同社は説明。「反社会的組織との交流は許さない」との姿勢から、処分に至った。
(THE SANKEI NEWS https://www.sankei.com/entertainments/news/190606/ent1906060008-n1.html 2019年6月9日最終アクセス)

▼ 「社長が『会見したら全員クビ』」 宮迫さん謝罪会見

反社会勢力のパーティーで会社を通さない「闇営業」をしていたとして、吉本興業との契約を解消されたお笑いコンビ「雨上がり決死隊」の宮迫博之さん(49)と、謹慎処分中の「ロンドンブーツ1号2号」の田村亮さん(47)が20日午後、東京都内で記者会見を開いた。
会見は吉本興業を通さず、2人が設定し、都内のイベントスペースで開催された。宮迫さんは冒頭、謝罪をしつつ「(吉本興業の岡本昭彦社長から)会見をしたらお前ら全員クビにするからな」と言われたことを明らかにした。
(日本経済新聞 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO47588730Q9A720C1CC1000/ 2019年7月21日最終アクセス)

最終的には、ダウンタウンの松本人志氏が経営陣とタレントの間の仲裁役を買ってでて、吉本興業社長自らが釈明会見をし、事態の収束を図るという流れに。こうして、この騒動自体は収束に向けた動きを見せている一方で、芸能界における根本的な問題もあらわとなっています。

それは、同事務所に所属する近藤春菜・加藤浩次らが出演するテレビで、また西野亮廣氏所が自身のブログで、「そもそも、事務所とは契約書を結んでいない」と証言している 点です。

吉本興業ウェブサイト https://www.yoshimoto.co.jp/corp/ 2019年6月9日最終アクセス
吉本興業ウェブサイト https://www.yoshimoto.co.jp/corp/ 2019年6月9日最終アクセス

雇用契約なのか専属マネジメント契約なのかがあいまいな芸能の世界

入江氏の事件が話題になった当初、報道では、「事実上の解雇処分とみられる」と、吉本興業と入江氏との契約形態が雇用契約であったかのような報道がなされていました。

しかし、本メディアでも何度か取り上げてきたように(末尾関連記事参照)、芸能の世界では、タレントを雇用契約に基づく労働者としてではなく、 「専属マネジメント契約」を結び、タレントを個人事業主として扱う契約形態が主流を占めている と言われています。

もちろん、専属マネジメント契約であれば労働者としての保護が不要かといえば、そうではありません。実態として芸能事務所との間に使用従属関係があり、労務の提供に対して賃金が支払われているとみなされれば、労働基準法9条に定める労働者としての保護を受けることになります。

第九条 この法律で「労働者」とは、職業の種類を問わず、事業又は事務所(以下「事業」という。)に使用される者で、賃金を支払われる者をいう。

こうしたタレントの労働者性/個人事業主性の境界については、裁判で争われる事案も増えています。タレント事務所が専属マネジメント契約であると認識・主張していたものの、

被告(タレント)は原告(事務所)を通じてのみ芸能活動をすることができ,その活動は原告の指示命令の下に行うものであって,芸能活動に基づく権利や対価は全て原告に帰属する旨の本件契約の内容や,実際に被告が原告の指示命令の下において,時間的にも一定の拘束を受けながら,歌唱,演奏の労務を提供していたことに照らせば,本件契約は,被告が原告に対して音楽活動という労務を供給し,原告から対価を得たものであり,労働契約に当たる

と判示し、契約内容にかかわらずタレントに労働者性を認めた裁判例も存在します(東京地裁平成28年3月31日判例タイムズ1438号164頁)。

また、吉本興業においては、漫才ブームにおける過酷な労働実態を受けて、1981年に島田紳助氏を委員長とする労働組合「全吉本お笑い連合」が結成され、翌82年に団体交渉が行われた実績もあります(星野陽平『増補新板 芸能人はなぜ干されるのか?』(鹿砦社, 2016年)Kindle版No.4426/6895)。この時の島田紳助氏の行動は、今回の宮迫・田村会見を受け吉本首脳との直談判に動いたダウンタウン松本人志氏の姿にも重なって見えます。

このように、数々の紛争経験を経てタレントの労働者性について知見も哲学も当然にあるはずの吉本興業ですら、労務を提供する雇用契約か個人事業主として業務を遂行する請負契約かのボーダーラインを引きにくいのが、タレントの契約なのです。

タレントにとって労働と請負のボーダーラインは不明確にされがち
タレントにとって労働と請負のボーダーラインは不明確にされがち

雇用契約なら就業規則と労働条件通知書が必要だが…

労働者性の実態がどうだったかという論点に加えて、吉本興業所属の近藤春菜・加藤浩次・西野亮廣氏ら タレント複数人から「うちの事務所には契約書がない」という証言がでているのは、非常に興味深いポイント です。

もし雇用契約ならば、労働基準法および労働基準法施行規則の定めにより、労働条件通知書の交付に加え、就業規則の周知も必要 となります。それがあったなら、タレントから「契約書がない」という発言は生まれていないはずです。

一方、雇用契約ではなく、個人事業主として仕事を受発注するならば、下請代金支払遅延防止法により、一定規模の親事業者が個人事業主に役務提供委託する際に、下請法3条に定める書面(いわゆる3条書面)を発行する義務 が発生しえます。

ただしこの点、プロダクションが主催するイベントの実演を個人事業者たるタレントに委託する行為は「自ら用いる役務の委託」に該当するため、下請法3条書面を交付する義務が発生しません。この場合については、「契約書がない」という状態もありうるのでしょう。

下請取引適正化推進講習会テキスト https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/H30textbook.pdf P14
下請取引適正化推進講習会テキスト https://www.jftc.go.jp/houdou/panfu_files/H30textbook.pdf P14

実際、吉本グループの大崎会長も、朝日新聞の取材に対し、「口頭の諾成契約ベースで専属マネジメント契約を締結している」という認識を以下のとおり述べています。

▼ 芸人との契約、今後も「紙より口頭で」吉本興業HD会長

――吉本にはタレントとの契約書が存在しない、とよく話題になっているが、社会通念上、今後はどうするのか。
 「結論から言うと変えるつもりはない。吉本に契約書がないと言っているのは、つまり専属実演家契約のこと。それとは別に口頭で結ぶ諾成契約というものがあり、それは民法上も問題がなく成立する。紙に書くというよりも口頭でということです。それを知ってか知らずか、タレントたちは吉本契約書がないから、と笑いをとっている」
(朝日新聞デジタル https://digital.asahi.com/articles/ASM7F3CWQM7FUCLV001.html/ 2019年7月21日最終アクセス)

これらを踏まえると、(過去労働組合が結成された実績があるとはいえ)現在の吉本興業のタレントの多くは、個人事業主として仕事を請負うためのマネジメントを受けているに過ぎない可能性があります。

反社条項付き専属マネジメント契約を書面で結んでなかったとすれば即時解除の根拠は?

今回入江・宮迫・田村氏が契約解除となった理由は、「闇営業」を行ったこと自体よりも、反社会的勢力からの資金を得た点、その過程で会社に嘘をついた点を問題視されています。

このような中、論点として残るのは、口頭で締結した個人事業主とのマネジメント契約ならば、「嘘をついた」ことだけで解除できるのか? という点でしょう。この点については、少し注意しなければならないポイントがあります。

ちょうど、吉本興業所属タレントの西野氏が、

基本的に『契約』というものは、契約書を交わさなくても、「口約束」でも成立します。
なので、いきなり結論を申し上げますと、契約書を交わしていなくても『契約解除』はありえます。
(「吉本興業の「契約」について思うこと by キンコン西野」https://ameblo.jp/nishino-akihiro/entry-12475545484.html 2019年6月9日最終アクセス)

と自身のブログでも語っているとおり、民法上契約は口頭でも有効に成立し、それを事務所が解除してもおかしなことではありません。

しかし、契約を書面等で証拠化していたかどうかという問題と、何のペナルティもなく事務所が契約を一方的に解除できるかどうかは、まったくの無関係 です。

口頭の契約において、契約解除の条件に関する明確な合意がなかった場合、民法の契約解除に関する規定が適用されることになります。委任契約の解除について定めた現行(改正前)民法651条を見てみましょう。

第六百五十一条 委任は、各当事者がいつでもその解除をすることができる。
2 当事者の一方が相手方に不利な時期に委任の解除をしたときは、その当事者の一方は、相手方の損害を賠償しなければならない。ただし、やむを得ない事由があったときは、この限りでない。

確かに、委任契約はお互いの信頼関係があってこその契約なので、その信頼関係がなくなれば、「いつでも」解除できるという原則があります。他方で、契約に基づいてなんらかの出費を伴う準備をすでに済ませていた場合など、一方的に解除される契約相手に解除で損害が発生すれば、解除した側がそれを賠償する義務も負う ことになります。

通常の企業が締結する反社条項入りの契約書を締結していれば、契約上の即時解除権を発動することになんら支障はなかったはず。吉本流の「口頭の諾成契約」スタイルは、形がないぶんフレキシブルなのは事実ですが、こういった事態への対処の場面でさらなる揉め事を生むことになってしまっているように見えます。

契約の内容を証拠化しておかないと、対処の場面でも水掛け論になりがち
契約の内容を証拠化しておかないと、対処の場面でも水掛け論になりがち

「契約書の不自由」を技術で切り開く

芸能のような変化と浮き沈みの激しい世界で、不動文字と印鑑によって合意が刻まれる契約書が、果たして役に立つのか?

この点について、キングコング西野氏がこんなことも言っています。

時代は猛スピードで変化しています。
そして、これまで世の中に存在しなかった選択肢というのは、当然、旧式の契約書で対応できるものではなく、その時、所属事務所と契約書を交わしてしまっていたら、そのアクションを諦めるか、もしくは、事務所全体の契約内容が更新されるまで待たねばなりません。
「甲」や「乙」を読んでいる間に、時代は次に進みます。
(中略)
法務チェックを更に徹底した上で、吉本興業の「口約束で進める」という今の「ナアナア」のスタイルは、未来を切り開く上で僕は結構イイと思っているのですが、皆さんはどう思いますか?
(「吉本興業の「契約」について思うこと by キンコン西野」https://ameblo.jp/nishino-akihiro/entry-12475545484.html 2019年6月9日最終アクセス)

紙と印鑑による「契約書」の宿命として、簡単に書き換えられないという物理的な制約に囚われ、変化への対処に遅れるのは本末転倒だと思います。その点では西野氏の意見に賛成です。

しかし1点付け加えるならば、契約書の締結が面倒だからといって、契約の証拠化をまるごと諦める必要はないのではないかということです。クラウドサインのような電子契約を使って、契約をデジタルに・小分けにすることで、状況に応じて両当事者で修正や変更の合意途中途中で積み重ねながら、同時に証拠化もしておく発想もあってもよいでしょう。

当初の契約時点で未来のすべてを見通すことは難しい。だからこそ、細かい合意を少しずつ重ねることで、新しい時代を切り開くための契約をフレキシブルに当事者間で作り上げ、証拠として残していく。そのためにも、紙と印鑑を使う書面の契約書から脱却し、デジタルな電子契約へと移行することに価値がある と考えます。

画像:taa / PIXTA(ピクスタ), Graphs / PIXTA(ピクスタ), metamorworks / PIXTA(ピクスタ)

(橋詰)

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