SaaS・サブスクリプションビジネスの利用規約—料金改定と値上げのメカニズム


SaaS・サブスクサービスでは、機能追加や改善にあわせて料金体系が改定され、値上げが行われることが珍しくありません。入門編第5回では、利用料を変更するメカニズムを利用規約上どのように手当てすべきか、チェックしてみましょう。

SaaS・サブスク事業者による相次ぐ料金改定・値上げの動き

SaaS・サブスクリプションサービスにおいてしばしば話題になるのが、月額/年額の利用料を変更する事業者の存在です。特に 2019年に入ってからは、値上げに踏み切る事業者の数が目立って増えています

例えば、2019年1月、ソフトウェア販売→サブスクへの思い切った経営移行が成功したと評されるAdobe社は、「今後も⾰新的で世界最⾼クラスの製品ならびにサービスの開発を続け、より価値の⾼いソリューションとデジタル体験を提供し続けていくにあたり(同社ブログより)」と述べて、主力製品のサブスクリプション価格を以下のように一気に15〜26%値上げしました。

プラン 旧価格 新価格
コンプリートプラン 月額6,980円/年額83,760円 月額7,980円/年額95,760円
単体プラン 例 PhotoShop CC 月額2,980円/年額35,760円 月額3,780円/年額45,360円
単体プラン 例 Acrobat Pro DC 月額1,580円/年額18,960円 月額1,880円/年額22,560円

時をほぼ同じくして、NetFlixもサービス開始から5度目の値上げを行ったほか、Amazonジャパンもプライムサービスの値上げを発表しています。

機能の追加・サービス品質の向上を理由とする料金改定 もある一方で、事業者による一方的な「値上げ」のための料金改定 に見えるものも少なくありません。

値上げの可能性を「事業者の権利」として明記する米国型利用規約

こうした料金改定は、利用規約上どのようなメカニズムで実施され、その法的な有効性をどのように担保しているのでしょうか。

米国SaaSスタートアップが参考にするY Combinatorひな形では、利用料金の支払いに関して定める4.1条で、以下のように、更新期間の30日前に予告することにより、更新後の期間については新料金が自動的に適用される、というメカニズム を採用しています。

4.1 (略)Company reserves the right to change the Fees or applicable charges and to institute new charges and Fees at the end of the Initial Service Term or then‑current renewal term, upon thirty (30) days prior notice to Customer (which may be sent by email).
4.1 (略)当社は、初期サービス期間満了時に続く更新期間において新たに適用されるべき利用料金および費用へ変更する権利を留保し、この場合、30日前までにお客様に通知するものとします(eメールによる通知も可とします)

つまり、現契約と更新契約とを異なる契約と整理し、旧契約は契約期間満了をもって終了、新契約に適用される新料金をあらかじめ通知して、もし新料金が受け入れられないのであれば更新しない(新契約を締結しない)選択をしてください、とユーザーに迫るスタンスです。事業者にこうした強気なスタンスに立たれてしまうと、ユーザーとして反論しにくいのは事実です。

旧料金の現契約と(値上げ後の)新料金が適用される更新契約を別の契約と捉え、ユーザーに乗り換えの選択を迫る
旧料金の現契約と(値上げ後の)新料金が適用される更新契約を別の契約と捉え、ユーザーに乗り換えの選択を迫る

なお、その予告期限が30日前で足りるかどうかについては、そのサービスのロックイン特性によっても変わってくるでしょう。

「価格改定の権利を留保」という表現も、きわめて英文契約的です。実際、米国のSaaS・サブスクサービスの利用規約では、値上げを前提とした具体的な表現が多く見受けられます

値上げ可能性への言及には控えめな日本型利用規約

一方、日本の利用規約の水準を見てみると、値上げの可能性についての記載は米国よりもかなり控えめであり、利用規約の一部変更として記載される程度です。それどころか、料金改定の可能性について具体的には言及しない利用規約も、決して珍しくありません。

(1)料金改定を利用規約の一部変更として記載する例

例えば、JISA「ASPサービスモデル利用規約」では、利用期間について定める第13条の2項に、契約内容の変更などと並列に列挙する形で、更新後の期間に適用される利用料金の改定可能性についてひっそりと言及 しています。

JISA「ASPサービスモデル利用規約」P4 https://www.jisa.or.jp/Portals/0/resource/legal/download/asp_policy_model.pdf
JISA「ASPサービスモデル利用規約」P4 https://www.jisa.or.jp/Portals/0/resource/legal/download/asp_policy_model.pdf

Y Combinatorの条項例とメカニズムと同じアイデアではありますが、料金に関する条項に書くのではなく、利用期間の定めに紛れこませる形となっているあたりに、得も言われぬ日本的な奥ゆかしさがあります。

(2)料金改定の可能性について一切言及しない例

一方、経済産業省「クラウドセキュリティガイドライン活用ガイドブック(2013年版)」には、以下のような条項例が示されています。ここでは、料金を改定する可能性についての言及はありません

経済産業省「クラウドセキュリティガイドライン活用ガイドブック(2013年版)」P78 https://www.meti.go.jp/policy/netsecurity/downloadfiles/cloudseckatsuyou2013fy.pdf
経済産業省「クラウドセキュリティガイドライン活用ガイドブック(2013年版)」P78 https://www.meti.go.jp/policy/netsecurity/downloadfiles/cloudseckatsuyou2013fy.pdf

しかもこの条項例をよく読むと、JISAのモデル利用規約よりも一歩踏み込み、「随時」すなわち契約期間途中であっても通知により利用規約の内容を変更できる 前提となっています。

このような、事業者の通知をもって契約期間中に一方的に利用規約を変更する合意についても、原則としては有効と考えられています。値上げの事例ではないものの、利用規約に定めるアフィリエイト報酬の発生条件を厳格なものに変更し、当該変更利用規約に基づいてアフィリエイターのアカウントを停止した行為の有効性が争われたところ、これを有効とした裁判例が存在します(東京地判平成27年8月17日 平成27年(ワ)第2687号)。

ただし、「クラウドセキュリティガイドライン活用ガイドブック(2013年版)」の解説にもあるとおり、この方法による料金の著しい値上げは難しいと思われる点については、注意が必要です。

クラウド事業者にクラウド利用契約の一方的な変更権限を付与する本条のような規定は、直ちにその効力が否定されるものではありません。しかし、利用料の著しい増額、サービス内容の著しい低下など、利用者に大幅に不利益となる変更が一方的になされた場合、当該条項は無効となる可能性 があります。(経済産業省「クラウドセキュリティガイドライン活用ガイドブック(2013年版)」P79)

改正民法の定型約款規制と事業者による一方的な料金改定の適法性

2020年に施行される民法改正では、定型約款の変更ルールについての定めが新たに設けられました。この新しい民法では、

  • 定型約款の変更をすることがある旨をあらかじめ定め
  • 内容並びに効力発生時期を適切な方法で周知しておく

ことにより、事業者が一定の範囲で定型約款の定めを(相手方であるユーザーの承諾プロセスなく)変更することができる旨が明文化 されることとなりました。以下、新設された548条の4の条文を見てみましょう。

1.定型約款準備者は、次に掲げる場合には、定型約款の変更をすることにより、変更後の定型約款の条項について合意があったものとみなし、個別に相手方と合意をすることなく契約の内容を変更することができる。
  一 定型約款の変更が、相手方の一般の利益に適合するとき。
  二 定型約款の変更が、契約をした目的に反せず、かつ、変更の必要性、変更後の内容の相当性、この条の規定により定型約款の変更をすることがある旨の定めの有無及びその内容その他の変更に係る事情に照らして合理的なものであるとき。
2.定型約款準備者は、前項の規定による定型約款の変更をするときは、その効力発生時期を定め、かつ、定型約款を変更する旨及び変更後の定型約款の内容並びにその効力発生時期をインターネットの利用その他の適切な方法により周知しなければならない。
(3項以下略)

確かに、先ほど挙げたアフィリエイト報酬の変更に関する裁判例の存在に加え、この条文が新設されれば、契約期間の途中であったとしても料金改定・値上げを行うことは不可能ではなさそうです。

しかしながら、一方的変更に納得できないユーザーと紛争に突入した場合、本条文中の「相手方の一般の利益に適合」するか、「変更の必要性」「内容の相当性」等があるかについて、事業者として立証し戦っていく必要が発生します。

機能追加・サービス強化を伴わない事業者都合の価格政策の変更など、期間途中での一方的料金改定は、条項が無効となったり債務不履行と判断された場合のリスクが高いため、慎んでおいたほうが得策でしょう。

結論:更新のタイミングで値上げを行うメカニズムを推奨

以上をまとめると、料金改定・値上げのメカニズムとしては、

  1. 契約期間満了前に事業者からの値上げ予告期間を設け、更新後の契約から値上げを行う(ユーザーに「更新しない」という選択肢を与える)
  2. 契約期間途中であっても事業者からの事前予告により強制値上げを行う

の大きく2パターンが考えられるところ、米日それぞれの水準を踏まえかつ改正民法も意識すると、1のように 更新のタイミングで料金改定・値上げを行うメカニズムを採用することがベター、ということになります。

実際に、冒頭取り上げたAdobe・NetFlix・Amazonの値上げ事例をチェックすると、いずれも値上げ後の月額/年額利用料を次回の契約期間更新時から適用するメカニズムを採用していました。

紛争をできるだけ発生させないためには、更新後の値上げがユーザーから不意打ちと捉えられないよう、更新契約の予告→値上げ適用のメカニズムについてあらかじめ利用規約に言及しておくことが望ましいでしょう。

画像: den-sen / PIXTA(ピクスタ), Suzuki Leona / PIXTA(ピクスタ)

(橋詰)

参考文献

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