契約専門書籍レビュー

ブックレビュー 関戸麦『わかりやすい国際仲裁の実務』


訴訟よりもフレキシブルな紛争解決手段として、グローバルな契約で特に多用される「仲裁」。万が一の際に重要となる仲裁条項の定め方、その背景として知っておくべき仲裁制度の最新版ガイドブックです。

書籍情報

わかりやすい国際仲裁の実務


  • 著者:関戸麦/著
  • 出版社:商事法務
  • 出版年月:20190305

紛争解決条項は契約のキモ

契約書はなんのために結ぶのか?

「紛争を発生させないため」というのが優等生的な回答です。しかし、どんなに精緻な言葉を使った契約書をもって合意したとしても、将来起こりうるトラブルをすべて予測できない以上、決して契約書で紛争はゼロにはなりません。

だからこそ、当事者間では解決できない紛争が起きてしまった際の最終的な紛争解決手段を契約書に刻んでおくことは、もっとも重要な合意 と言っても過言ではありません。

両当事者が同じ国内の企業であれば、契約紛争の解決手段としては裁判所の訴訟制度に頼るのがよいでしょう。しかし、国をまたがるグローバルな取引の場合はどうでしょうか。紛争相手の企業が属さない第三国で、業界取引慣習に通じた専門家に公平に裁いてもらいたいところです。また、企業秘密に関わる紛争の場合は裁判のような公開の場では行いたくないといったニーズもあります。そうしたニーズに応える法的紛争解決手段が「仲裁」と呼ばれる制度です。

関戸麦『わかりやすい国際仲裁の実務』P114-115
関戸麦『わかりやすい国際仲裁の実務』P114-115

本書は、国際仲裁のイロハから契約書における仲裁条項の実戦的な定め方について、豊富な仲裁経験を持つ森・濱田松本法律事務所に所属する著者が解説する書籍です。

国際仲裁の新トレンドは「簡易手続」

仲裁では、裁判所のような公的機関ではなく、両当事者が合意して私的に選任した「仲裁人」が下す仲裁判断に従うことになります。

仲裁人が「A社は100万ドルをB社に対し支払え」という仲裁判断を下し、万が一A社がこれに従おうとしなかった場合でも、A社が所在する国が ニューヨーク条約 に批准していれば、その国の裁判所が執行をサポートしてくれます。

ニューヨーク条約批准国は約160カ国、80%に及ぶ http://newyorkconvention1958.org/ より
ニューヨーク条約批准国は約160カ国、80%に及ぶ http://newyorkconvention1958.org/ より

そう聞くと、仲裁人に選ばれるような人は、よほどの身分や資格の持ち主なのだろうと思うかもしれません。ところが意外にも、弁護士のような法曹有資格者でなくとも、両者が合意して指名すれば原則として誰でも仲裁人になれる のです(現実には、経験豊富な弁護士が務めることが多いのですが)。本書は、こういった仲裁制度の根本的なところから解説をします。

その上で、企業法務パーソンにもまだあまり知られていないような、仲裁実務の最新トレンド を抑えています。他の仲裁実務書では紹介されていない「簡易手続」などは、まさにそうした貴重なノウハウです。

簡易手続(expedited procedure)とは、通常の仲裁手続よりも、短期間のうちに、簡便な手続によって仲裁判断を得るための手続きである。
これは、仲裁手続利用のハードルを下げるものとして、近時注目を集めている。SIACでは2010年の制度導入以来2016年8月までに171件の利用があり、HKAICでも2015年に7件利用があったとのことである。JCAAの規則にも、定めがある(略)。
ICCの規則上は従前定められていなかったが、2017年3月1日に発効した規則改正により、ICCにおいても簡易手続が導入された。

相手国の裁判所ではないところで公平に裁いてもらえるという期待以上に、裁判手続のような硬い形式にとらわれずに、フレキシブルでスピーディな紛争解決が望めるのが仲裁制度のメリットです。そうしたニーズにさらに寄り添う簡易手続は、今後ますます活用されるようになるものと思われます。

モデル仲裁条項の実戦向け変更例

冒頭述べたように、仲裁による紛争解決を望む場合、あらかじめ契約書に仲裁条項を定めておくことが重要 となります。

この仲裁条項について、これまで日本で出版されてきた仲裁実務の参考書では、仲裁手続をサポートするICCやJCAAといった機関が作成する「モデル条項」を紹介するにとどまるものがほとんどでした。

たとえば、日本企業がアジア周辺国企業と締結する国際契約でよく用いられるのが、シンガポールの仲裁機関SIACが定めるモデル条項です。

Any dispute arising out of or in connection with this contract, including any question regarding its existence, validity or termination, shall be referred to and finally resolved by arbitration in Singapore in accordance with the Arbitration Rules of the Singapore International Arbitration Centre (“SIAC Rules”) for the time being in force, which rules are deemed to be incorporated by reference in
this clause. The Tribunal shall consist of __ arbitrator(s). The language of the arbitration shall be ______ .
この契約からまたはそれに関連して生じるすべての紛争(この契約の存在、有効性または終了に関する紛争を含む。)は、その時点で施行されているシンガポール国際仲裁センターの仲裁規則(引用されることにより本条項に組み込まれる。)に従いシンガポールにおける仲裁に付託され、それにより最終的に解決されるものとする。仲裁廷は、__ 名の仲裁人により構成される。仲裁言語は、______ とする。

本書ではこうしたモデル条項の紹介にとどまらず、さきほど紹介した 「簡易手続」を採用したい場合に挿入すべき条項や、仲裁人から紛争相手の国籍を持つ者を排除するための条項など、モデル条項をさらに実戦向けにアレンジする方法についても言及 されているのが特徴です。

関戸麦『わかりやすい国際仲裁の実務』P178-179
関戸麦『わかりやすい国際仲裁の実務』P178-179

別冊NBLシリーズとしてひっそりと刊行されている実務書には「掘出し物」が少なくないのですが(「契約法務のためのブックガイド2019」でも推薦する『共同研究開発契約ハンドブック』など)、本書はそうした中でもキラリと光る貴重な1冊です。

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(橋詰)

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