電子契約の代理署名は有効?代表者本人以外の押印有効性は
この記事では、代表者以外の従業員による押印・電子署名の有効性について解説します。契約書の押印・電子署名の名義が「代表取締役」ではなく「部長」「課長」等である場合や、代表取締役名義の押印・電子署名を、実際には従業員が作業して行っている場合でも、その契約は有効と言えるのでしょうか?参考となる判例や文献もあわせて紹介します。
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1. 必ずしも代表者が押印・電子署名をしない契約実務の現実
契約は、正しい締結権限を持った者が名義人となって、
- 紙の契約書であれば署名または記名押印
- 電子契約であれば電子署名
を本人自ら施すことで、有効に成立します。
そして、法人と契約を締結する場合には、相手方の代表取締役にも契約名義人となって記名押印・電子署名を施してもらうのが、一番確かな契約締結の方法です。
とはいっても、その 企業の規模や取引の量によっては、すべての契約について代表取締役が押印や電子署名をするのは現実的には困難 な場合もあります。忙しい代表者がいつ押印作業をしてくれるかは、従業員からはコンロールしづらいものだからです。
そこで、一般的な企業では、
- 代表者から権限委譲を受けた従業員名義で契約を締結する
- 代表者を名義人としたまま従業員が署名代理(押印代理)する
この2つのいずれかの対応をとることが一般的な実務となっています。
以下、こうした実務が引き起こすリスクと問題点について、整理してみたいと思います。
2. 代表者が自身で押印・電子署名できない場合の実務対応とリスク
2.1 代表者から権限委譲を受けた従業員名義で契約書に押印・電子署名するパターン
まず一つに、社内規程等を根拠に、代表者の契約締結権限の一部について購買管理部長や営業部長等に権限を移譲し、その部長等が名義人となって契約を代理し締結するパターン があります。
会社法14条1項を確認すると、そのような代理権の授与(委任)に基づく使用人の契約締結も想定されています。また同条2項には、その代理権になんらかの制限が加えられていても、制限が加えられていたことについて善意(知らない状態)であれば契約は有効であることも、あわせて定められています。
第14条 事業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人は、当該事項に関する一切の裁判外の行為をする権限を有する。
2 前項に規定する使用人の代理権に加えた制限は、善意の第三者に対抗することができない。
ところで、契約名義人となった従業員(使用人)が本当にその契約締結権限を有するのかどうか について、どこまで相手方を疑って確認すべきでしょうか。そして、もしその確認が十分でなかった場合、契約は無効となってしまうのでしょうか。
この点について、実際に裁判で争われたことがあります。商社の物資部で洋装衣料品の売買取引を担当していた係長が関与したシャツの売買契約において、当該係長の代理権限が争われた事案です。
商法四三条【編集部注:現行法では会社法14条】一項は、番頭、手代その他営業に関するある種類又は特定の事項の委任を受けた使用人は、その事項に関し一切の裁判外の行為をなす権限を有すると規定しているところ、右規定の沿革、文言等に照らすと、その趣旨は、反復的・集団的取引であることを特質とする商取引において、番頭、手代等営業主からその営業に関するある種類又は特定の事項(例えば、販売、購入、貸付、出納等)を処理するため選任された者について、取引の都度その代理権限の有無及び範囲を調査確認しなければならないとすると、取引の円滑確実と安全が害される虞れがあることから、右のような使用人については、客観的にみて受任事項の範囲内に属するものと認められる一切の裁判外の行為をなす権限すなわち包括的代理権を有するものとすることにより、これと取引する第三者が、代理権の有無及び当該行為が代理権の範囲内に属するかどうかを一々調査することなく、安んじて取引を行うことができるようにするにあるものと解される。
したがって、右条項による代理権限を主張する者は、当該使用人が営業主からその営業に関するある種類又は特定の事項の処理を委任された者であること及び当該行為が客観的にみて右事項の範囲内に属することを主張・立証しなければならないが、右事項につき代理権を授与されたことまでを主張・立証することを要しないというべきである。
そして、右趣旨に鑑みると、同条二項、三八条三項にいう「善意ノ第三者」には、代理権に加えられた制限を知らなかったことにつき過失のある第三者は含まれるが、重大な過失のある第三者は含まれないものと解するのが相当である。
(最判平成2年2月22日商事法務1209号49頁より抜粋、改行は橋詰による)
この判例の要旨をかんたんにまとめると、以下のとおりです。
- 会社法14条1項は、商取引における取引の安全確保を趣旨として、「事業に関するある種類又は特定の事項」を委任した使用人に、包括的な代理権を認めるもの
- 「番頭・手代(部長・課長など)」などの肩書を持っていさえすれば、常にこの14条1項の使用人(=包括代理権者)と認められるわけではない。しかしながら、取引安全の観点から、事実行為が委任されていることを確認していれば(従業員を契約名義人とする契約締結のたびいちいち)代理権が授与されていることを確認する必要までは無し
- 同条2項の「善意の第三者」については、代理権に加えられた制限を知らなかったことにつき過失のある第三者は含まれるが、重過失のある第三者は含まれない
このような法令と判例の存在もあり、契約相手方の企業でその案件を担当する組織の部長・課長といった責任者であることが把握できていれば、よほどの怪しい事情がない限り厳密な代理権の確認までは行わない のが、通常のビジネスシーンでのお作法となっています。
2.2 代表者を名義人としたまま従業員が押印・電子署名代理するパターン
もう一つが、契約上は明示的な権限委譲を行わず、名義人を「代表取締役」としたまま、その押印・電子署名の実際の作業は従業員が行うパターン です。
2017年の調査データですが、代表取締役印の9割近くが、本人ではなく押印担当取締役・従業員によって押印されている、という実態も明らかとなっています。
このような、本来本人が行うべき押印・電子署名の作業を他者が行うことを、法的には「署名代理(押印代理)」と言います。
押印によって働く法律上の推定効は、「本人が大切に保管している印章と一致する印影がある文書なのだから、普通に考えれば、本人が意思をもって作成した文書に違いない」という、経験則に基づく推定によって発生します。この推定の理屈は、最高裁判例による推定と民事訴訟法228条4項に定められた推定を重ねたものであるため、法律の世界では「二段の推定」と呼ばれています。
ところが、押印作業をこの署名代理(押印代理)により行う場合、契約をするかしないかを意思決定する権限者と、表示行為としての押印を行う作業者は異なります。この署名代理(押印代理)の場合にも二段の推定が働くかどうかについては判例がなく、法的には定かではありません(川添利賢「署名代理と二段の推定」(立教法務研究、2008))。
代理人が処分証書を作成する場合,「A代理人B」というように,代理人が,代理人であることを書面上に表示して,代理人名義で署名押印又は記名押印するのが通常の形であるが,この他に,書面には代理行為であることを表さず,代理人が本人名義で署名押印又は記名押印して代理行為を行う,いわゆる「署名代理」の方法がある。
この署名代理の方法によって作成された処分証書は,本人名義の文書であるという面からすれば,二段の推定が働くものと考える余地があるが,代理人によって作成された文書であるということからすれば,その適用を否定すべきものとも考えられる。この点について,正面から判断した判例はないが,実務の大勢はその適用に肯定的な傾向にあると見ることができる。
(中略)
実務の大勢は署名代理への二段の推定の適用を肯定する傾向にあるといっても,これを適用した場合に生じる,本人による法律行為という書証上の形式と代理による法律行為という実体法上の法律効果の発生要件の齟齬を如何に取り扱うかということについては,ほとんど検討されないといってよい。(P128)
大手企業の押印や電子署名は、先に紹介したアンケート調査のとおり、その多くがこの署名代理(押印代理)によって処理されていることと思います。そうした実態を踏まえれば、二段の推定を支えている「経験則」は、実はすでに崩れているとも言えます。
日本ではそもそも訴訟が少なく、契約の真正性について裁判上で争われることもほとんどないためにあまり問題となっていませんが、実態としてこれだけ本人が押印していない実態が代表者名義で押印がなされているのであれば、その権限の正当性について何の確認もいらないと言い切れるものではないのかもしれません。
3. メール認証型のクラウド型電子署名におけるリスク回避のための実務対応
では、上記のようなリスクを踏まえ、クラウドサインのような メール認証型のクラウド型電子署名を利用して契約を締結する場合において、相手方に契約締結権限があることを確認するために、実務上どのような確認や要求をすればよいのでしょうか?
以下、パターンを分けてまとめてみました。
3.1 代表者自身のメール認証で代表者自身が電子契約する場合
この場合は、代表者との名刺交換等により そのメールアドレスが代表者自身のものであることが確認できれば、原則としてそれ以上の確認は不要 でしょう。
一般的には、代表者が取り扱う情報の秘密度やプライバシー度の高さから、代表者のメールアカウントを従業員が共有している可能性はそれほど高くないものと思われるためです。
ただし、ITリテラシーが必ずしも高くない代表者の場合など、秘書が代表者のメールアカウントにログインし実務対応しているケースもあるかもしれません。念のためそこまで確認できればさらに安心です。
3.2 役職員のメール認証で役職員が電子契約する場合
このケースについては、徹底度に応じてさまざまな確認方法のバリエーションが考えられますが、ここでは、以下a〜d4つの選択肢を提案してみたいと思います。
a. 従業員への委任状に、従業員が電子契約で用いる電子メールアドレスを記載してもらう
押印の場合でも提出させることがある「委任状」を代表者から提出してもらい、その委任状において電子契約締結権限を代理する従業員の電子メールアドレスを特定する方法です。
一定期間で委任状の更新が必要となりますが、もっとも「固い」確認方法と言えるでしょう。
委任状自体を電磁的に発行すればそれほど手間はかかりませんが、この委任状だけは書面で提出してもらう運用を採用している企業もあるようです。
b. 当該従業員に契約締結権限があるかについて社内規程を提出してもらう
委任状までは出してもらえないというケースにおいては、社内規程を開示してもらい、当該従業員に契約締結権限があることを確認することも一案です。
社内規程の開示を受けることができても、それが本当に現状有効な社内規程なのかは確かめようがないという不安はあります。とはいえ、確認を求めたにもかかわらずそのような偽造文書が先方から提出されたのであれば、万が一の訴訟時に当社が善意無重過失であることは認められやすくなることが期待できます。
c. 代表者のメールアドレスをccに入れて電子契約締結のプロセスを踏む
権限者を名乗る相手方従業員の主張には従った上で、保険として、電子契約締結時に代表者のメールアドレスをccに入れておくという方法です。
代表者も契約締結に至るやりとりを閲覧しうる状態にしておくことで、仮に当該相手方従業員に権限がなかったときにも、代表者のみなし追認またはそれに準じた監督責任があったことをあとで主張しやすく状態を作り出そうというアイデアになります。
ccに入っていないよりはベターですが、積極的な確認を求めているものでない点は、リスクは残ると言わざるをえない対応方法です。
d. 従業員の役職のみ確認し、それ以上の確認は求めない
上述した契約締結権限に関する判例(最判平成2年2月22日商事法務1209号49頁)に依拠し、名刺や他の従業員とのやりとりにより 当該従業員の役職が一定以上であることを事実確認できれば権限があるだろうとみなし、それ以上の確認は求めないという割り切り型の対応です。
部長や課長という役職があれば、常に同判例のような表見代理が認められるというわけではない点、注意が必要です。契約の重要性や取引額によっては、役職名だけに依拠することは望ましくないと言うべきでしょう。
4. 権限確認におけるクラウド型電子署名のメリット
以上、押印権限にまつわるリスクとその回避手段としての確認方法について、それぞれ説明しました。
この問題は、印章による押印であっても電子署名であっても、同じように発生しうる問題です。しかしながら、押印と比較した場合のメール認証型のクラウド型電子署名のメリット として、
- 契約締結前後の商談のやりとりや事実確認の連絡が、認証に用いるメールアドレスにすべて紐づけることができる
- 電子署名作業のプロセスや日時がログに残り、正確にトレースすることができる
点が挙げられます。これらにより、上述した 契約締結権限の確認をメールで行っておくことで、文書の真正が争われた際には押印よりもその主張立証が容易になる 効果が期待できます。
なお、クラウドサインには、受信者の契約締結メールの転送を制御する機能も実装されています。契約の担当者から正当な押印権限者や押印代行者に転送し押印した場合、その転送過程のログも含めて電子署名を施すことが可能です。もちろん、安全を優先し転送を認めない設定とすることも可能となっています。このような機能もあわせてご活用いただければと思います。
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6. 参考文献
- 神田秀樹『会社法〔第21版〕』(弘文堂、2018)
- 喜多村勝德『契約の法務〔第2版〕』(勁草書房、2019)
- 川添利賢「署名代理と二段の推定」(立教法務研究、2008)
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