「商業登記に基づく電子認証制度」の解説—法人代表者の実印と同等の法的効力を持つ電子署名を実施する方法
法人代表者の実印と同等の法的効果を持つ電子署名を施すためにはどうすればよいか?これを理解するためには、電子署名法に加えて「商業登記に基づく電子認証制度」について理解する必要があります。
商業登記に基づく電子認証制度とは
商業登記に基づく電子認証制度とは、登記所(法務局)が電子認証局となって、商業登記情報に基づいて、会社代表者等に関する一定の事項を証明する制度 です。
この認証は、商業登記法12条の2および商業登記規則33条の2から33条の18の規定に基づき、法務省が管轄する登記所が独占的に提供しています。
第十二条の二 前条第一項に規定する者(以下この条において「印鑑提出者」という。)は、印鑑を提出した登記所が法務大臣の指定するものであるときは、この条に規定するところにより次の事項(第二号の期間については、法務省令で定めるものに限る。)の証明を請求することができる。ただし、代表権の制限その他の事項でこの項の規定による証明に適しないものとして法務省令で定めるものがあるときは、この限りでない。
一 電磁的記録に記録することができる情報が印鑑提出者の作成に係るものであることを示すために講ずる措置であつて、当該情報が他の情報に改変されているかどうかを確認することができる等印鑑提出者の作成に係るものであることを確実に示すことができるものとして法務省令で定めるものについて、当該印鑑提出者が当該措置を講じたものであることを確認するために必要な事項
二 この項及び第三項の規定により証明した事項について、第八項の規定による証明の請求をすることができる期間
(2〜10項省略)
みなさんがふだん目にする「商業登記簿謄抄本」には、以下のような会社と代表者の基礎情報が、登記申請書および法定の添付書面による審査を経て記録されます。
- 法人(会社)の称号
- 本店所在地
- 代表者の資格・氏名・住所
商業登記簿謄抄本に記録されている情報は、登記所による審査を経ていることから、相手方との取引の安全を確認するための情報として信用され利用されています。みなさんも、金融機関との取引や重要な契約を交わす前など、印鑑証明書とあわせて商業登記の履歴事項全部証明書の提出を求められた経験が少なからずあるはずです。
これは、法人の存在証明・代表者の権限・代表者に関する本人証明を、登記所の商業登記の仕組みを借りて行なっているわけです。
この認証をインターネット上で実現できるよう、登記所が登記簿記載情報を確認できる電子証明書を発行し、インターネットを通じた情報照会に対応したのが「商業登記簿を基礎とした電子認証制度」です。
商業登記に基づく電子署名と電子署名法に基づく電子署名の関係
電子署名法に基づく電子署名
この商業登記簿を基礎とした電子認証制度と似たものに、電子署名法に基づく電子認証の仕組みがあります。
これは、電子署名法(電子署名及び認証業務に関する法律)2条3項および同法4条に基づき、主務大臣の認定を受けた事業者(認定認証事業者)が、電子証明書を発行するサービス(特定認証業務)を提供することができるようになる、という制度です。
第二条 (1項2項省略)
3 この法律において「特定認証業務」とは、電子署名のうち、その方式に応じて本人だけが行うことができるものとして主務省令で定める基準に適合するものについて行われる認証業務をいう。
第四条 特定認証業務を行おうとする者は、主務大臣の認定を受けることができる。
これは一見すると、登記所の電子認証制度をそのまま民間で提供する制度のように見えます。しかし、この 電子署名法に基づく特定認証業務によって発行される電子証明書は、登記所だけが持つ情報である商業登記簿の情報は反映されていない、という点に注意が必要です。
民間の認定認証事業者は、「本人だけが行なうことができる」電子署名であることの証明サービスを、電子署名法および施行規則にのっとり実施する本人認証等により提供しています。
しかしながら、民間で運営している以上、登記所が独占する商業登記簿の情報は持っていません。したがって、「法人格の存在」「代表権の存在」「法人代表者としての本人性」を証明する機能は、民間の認定認証事業者は提供できないのです。
商業登記法に基づく電子署名
この点、商業登記に基づく電子認証制度が前提とする電子署名については、商業登記法上、「(電子)情報が印鑑提出者の作成に係るものであることを示すために講ずる措置であって、当該情報が他の情報に改変されているかどうかを確認することができる等印鑑提出者の作成に係るものであることを確実に示すことができるものとして法務省令で定めるもの」としており、法務省令において、電子署名の技術の普及状況、署名鍵の強度等を考慮して一定の電子署名を対象とする旨が定められています。
このことから、本制度による電子署名は、電子署名法上の「電子署名」の定義を満たすことになります。
商業登記法が直接的に代表者印相当の推定効を認めるものではありませんが、商業登記法の認証と、法人代表者の(個人としての)本人認証の両方を備えた電子署名を施すことができると解釈できます。
まとめと比較
この商業登記に基づく電子署名と電子署名法に基づく電子署名との関係を表で整理すると、以下のとおりです。
印鑑と登記簿に法人の信用情報を依拠する時代はいつまでつづくか?
電子署名法に基づく特定認証業務を提供する事業者は、
- 少なくとも個人(自然人)の意思の推定は法令上認められていること
- 法人としての意思推定が商業登記法によって否定されているわけでもない(事実上の推定や民事訴訟における自由心証主義により証拠力は確保しうる)こと
をもって、実態上これを問題視せず、電子署名の普及拡大に努めているところだと思います。
とはいうものの、上記のように登記所が商業登記に基づく電子認証制度を独占していることは、電子署名の普及促進にとっては健全な状態とは言えないように思えます。企業の法務部門や弁護士がこれらの法律の条文だけを読めば、「推定効を得られるのは商業登記に基づく電子認証制度とそれによる電子署名のみであり、民間の電子署名サービスを利用するのは危険」という過剰な反応が発生しても不思議ではないからです。
この問題のもとをたどれば、登記所が法人に対し設立時に法人の本人認証手段として印鑑の登録を必須とし、登記を強制しているところがスタートラインとなっています。この点、デジタルファーストの促進を図る目的から、法人の設立に印鑑を不要とする議論もすすんでいます。
商業登記法に基づく電子認証と電子署名法に基づく電子認証、この2つの制度がねじれた形で並存している状況がどうなるかは、法人の信用情報を印鑑と登記簿だけに依拠していたところから脱却できるかにもかかっていると言えるでしょう。
参考文献
- 名古屋法務局民事行政部長 太田健治「商業登記に基づく電子認証制度の創設」登記研究704号(2006)
画像:
nagi / PIXTA(ピクスタ)
(橋詰)
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