電子契約の運用ノウハウ

事業者署名型(立会人型)電子契約への批判—宮内宏『3訂版 電子契約の教科書』

トラストサービスの実務に古くから携わり、当事者署名型を支持する弁護士としての視点から、2020年の電子署名法政府見解を分析。事業者署名型(立会人型)を冷静に批判します。

2020年政府見解を踏まえて実績ある入門書が改訂

2020年の政府見解により、事業者署名型(立会人型)電子契約サービスの法的効力が真正面から肯定されました(関連記事:「電子署名法第3条Q&A」の読み方とポイント—固有性要件と身元確認・2要素認証の要否)。これを受け、複数の出版社から電子契約に関する解説書が出版されています。

そうした「電子契約本出版ブーム」が発生する以前から、老舗の一冊として定評を得ていた『電子契約の教科書』が、この政府見解を反映した3訂版として改訂されました。

書籍情報

3訂版 電子契約の教科書 ~基礎から導入事例まで~


  • 著者:宮内宏/著・編集
  • 出版社:日本法令
  • 出版年月:20210119

電子契約に詳しい専門家が限られている中、必ずといっていいほどお名前を拝見するのが、本書の著者 宮内宏弁護士です。

宮内弁護士は、元NECのエンジニアとして25年以上の長きにわたり電子署名に携わり、情報セキュリティやトラストサービスの技術に明るいという強みを生かして各所で活躍。総務省「プラットフォームサービスに関する研究会」の構成員等を務めた実績もお持ちでいらっしゃる他、当事者署名型電子契約事業者の顧問弁護士としてもご活躍をされています。

当事者署名型の視点から、事業者署名型(立会人型)電子契約のリスクを斬る

3訂版の見所を端的に言えば、事業者署名型(立会人型)電子契約サービスについて、当事者署名型を支持する弁護士の立場から、その法的リスクを指摘する記述を拡充 している点にあります。

宮内宏『電子契約の教科書』P48-49
宮内宏『電子契約の教科書』P48-49

事業者署名型(立会人型)の法的リスクについては、2020年以降出版された類書においても指摘はなされてきましたが、本書がユニークな点は、電子署名法上の「電子署名」の語の定義について、

  • 情報(データ)としての電子署名
  • 行為(プロセス)としての電子署名

の2つを峻別しながら条文や政府見解を読むこと、その上で特に 行為(プロセス)としての電子署名に着目してそのリスクを見極めるべき と主張する点です。

電子署名法で定義されている電子署名は、行為(プロセス)としての電子署名です。特に立会人型電子署名の場合には、少なくとも以下の処理を含むプロセスだと考えられます。
① サーバーによる利用者の確認(認証)
② 利用者情報を付随情報として提供
③ サーバーによる署名(デジタル署名)の生成
(中略)
ここで注意したいのは、電子文書に付された署名文(情報としての電子署名)をもって電子署名法上の電子署名としているのではないということです。また、署名文だけからでは、①〜③の処理が行われたことを示すのは簡単ではないようです。これについて、サーバー管理者(立会人型電子署名サービス事業者)が正当な処理をしたことの証明が必要になる可能性があります。(P75)

これに対する事業者署名型サイドからの反論としては、

「署名文(情報としての電子署名)があるだけでは法的効力が認められるわけではないのは、当事者署名型の電子署名も、さらに言えば押印による印影も同じである」
「サーバー管理者が正当な処理をしたことの証明が必要になる可能性があるのと同様、認証事業者による“当事者”の身元確認、さらには署名時の当人認証が正当な処理であったのかの証明が必要になる可能性もある」

といったものがでてくるとは思いますが、当事者署名型 / 事業者署名型の違いを単に「本人名義の電子証明書が有るか無いか」の違いと漠然と理解していたような読者に、リスクを正確に捉えるための視点を与え てくれます。

日進月歩のトラストサービスの今後を予測するのに必要な法律・技術知識とは

冒頭で「入門書」であると紹介したことと矛盾をするようですが、その厚みのわりに、度重なる改訂・拡充のたびに本書にも応用・発展的な記述が増えてきました。

  • 電子委任状法の実務への落とし込み(P56)
  • ようやく普及が進みつつあるマイナンバーカードを技術的にどう電子契約サービスと連携させるべきか(P95)

こうした点まで論じられているのは、電子契約に関する類書および論稿があふれつつある現時点でも、本書ぐらいでしょう。

宮内宏『電子契約の教科書』P56-57
宮内宏『電子契約の教科書』P56-57

これらは、さしあたり電子契約サービスを利用するにあたっては必要ない知識であり、2020年から慌てて電子署名法を追いかけはじめた初学者にとっては、キャッチアップが難しい部分かもしれません。

しかし、こうした法律・技術知識も、電子契約の普及をきっかけに、今後5年-10年かけて企業導入が一気に進むトラストサービスを実務にどう取り込むべきか、その未来に備えるための必須知識 となっていくでしょう。

実際に、本書の改訂頻度をもってしても、トラストサービス法制のほうがより素早く進化してしまう事態も発生しています。2021年1月に刊行されたばかりの本書3訂版P118以降で解説される、電子契約の商業登記利用に対する制約の解説は、2021年2月15日改正をもってすでに過去のものとなりました(関連記事:改正商業登記規則と法務省通達によるクラウドサイン登記の拡大)。

トラストサービス法制の進化はそれほどまでに日進月歩であり、過去に囚われず未来を見据えた法務力が問われていることの証左でもあります。

(橋詰)

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