ブックレビュー 村松秀樹・松尾博憲『定型約款の実務Q&A』
定型約款に関する実務書籍の決定版がようやく出版されました。新たに制定された法律の解釈において欠かせない「立案の趣旨」を詳しく理解するための、重要な文献となりそうです。
概要解説→Q&A→制定経緯の3部構成
インターネットその他情報技術の進展によって取引相手が不特定多数となった現代において、約款に関する法律知識は、あらゆるビジネスパーソンにとって欠かすことのできないものとなっています。
2020年4月1日に施行される改正民法では、そうした約款とよばれる契約条項のうち、どのようなものが「定型約款」にあたるかを定め、その定型約款を用いて行う取引に関する規律が新しく制定されています。本書は、法務省民事局で定型約款の規定の立案を担当した当時の担当者が、「個人的な見解に基づくものとはいえ、今後生起するであろう各種の問題について立案の趣旨を踏まえるとどのように考えられ得るのかなどを明らかに」(はしがきより)したものです。
定型約款に関する改正民法のポイントについてまとめられた文献は、これまでも多数出版されてきましたが、本家本元による決定版がようやく出た、というところです。
本書構成は大きく3部構成となっており、約200ページのうち、およそ130ページがQ&Aで構成されています。
そのQ&Aをサンドイッチに挟むようなかたちで、前段に定型約款の規律が導入されることになった経緯の概要が文章でまとめられ、
後半には、具体的な提案がどのように変遷していったのかを表組み形式で整理しています。
定型約款該当性について国会答弁を補足
本書の見どころは、やはり立案担当者による文献ならではの、細部に渡る立法趣旨に関する新たな言及です。
読者としてまずいちばんに知りたいことと言えば、「自社の約款や契約書が定型約款に該当するか否か」だと思います。本メディアでも、定型約款の該当性に注目し、国会答弁や文献を紐解いて整理した記事を掲載したことがありましたが(定形約款とは?定形約款に該当するもの・しないもののまとめ)、本書は、これまで明らかにされていなかった見解や新しい見解が、元担当官の「個人的な見解」という注釈付きで述べられています。
たとえば、私が最も違和感を感じていた「銀行取引約定書は定型約款に該当しない」とする国会答弁について、以下のような違う立場からみた見解が添えられていました。
顧客の要望に応じて実際に銀行取引約定書の条項を修正することは極めて稀であるとの実態認識から定型約款に該当するとの見解もあります。確かに、銀行取引約定書は、各銀行が極めて多数の顧客と締結するものであり、銀行が当事者となる各種の取引に共通して適用される重要な通則的ルールを定めるものですので、その修正による銀行の管理の負担も小さくないと考えられます。したがって、銀行の管理負担の軽減が顧客にとってもメリットとして還元されているといえるとすれば(Q13の2(2)参照)、取引の内容の全部又は一部が画一的であることが双方にとって合理的であると解することも可能でしょう。(P52)
やや口幅ったい言い方ですが、要は、画一的に取り扱う実態はあるのではないか・あるとすれば定型約款に該当するという解釈も可能、と当時の見解を修正したものと読めます。改正法制定の過程の混乱の中で出された見解であったことは否定できず、本書のような一定の信頼性を持った書籍でこうした見解が明文化されることで、理解の浸透が図られていくものと思います。
ウェブサービス利用規約の実務に影響を及ぼしかねない定型約款表示義務
定型約款の規律がもっとも活躍するのは、インターネット上での取引の場面であることは疑いようがありません。
インターネット上の取引において、新しい定型約款の規律がどのような影響を及ぼすのか。この点についても、読んでいて新たな発見がいくつかありましたが、個人的に今後の実務に大きな影響を及ぼしそうで気になったのが、新法第548条の3第1項ただし書「相当な方法でその定型約款の内容を示さなければならない」に関する以下のQAでした。
Q46 相手方に対して定型約款の内容を記録した電磁的記録を提供していたといえるためには、どのような行為が必要ですか。
A (略)相手方(顧客)に対して「電磁的記録を提供していた」(新法第548条の3第1項ただし書)と評価することができるためには、顧客が電磁的記録中の中のデータを管理し、自由にその内容を確認することが可能な態様で提供行為が行われる必要があります。
したがって、会社のホームページにアクセスすることで内容を確認することができる状態に置いていたといったことでは、この要件を充たすことになりません。典型的には、定型約款の内容をPDFファイルとして保存し、これをCD-ROMに格納した上で顧客に送付するといった方法がこれに該当します。同様に、PDFファイルを電子メール等で顧客に送信する方法もこれに該当すると考えられます。(P112)
つまり、常時接続を前提とし、利用規約が掲載されたURLを示して「ほら、こちらに掲載していますよ」というのではNGという見解。インターネットに接続できない環境に本人が置かれてもアクセス可能なように、PDFなどのファイル形式にして電子メールで送信しておくことが必要と述べています。
この点、同じ著者が編著者にもなっている『一問一答・民法(債権関係)改正』では、以下のような玉虫色の見解が示されていたところです。
定型約款の内容を示す「相当な方法」としては、定型約款を書面又は電子メール等で送付する方法や、定型約款を面前で示すことのほか、自社のホームページにあらかじめ定型約款を掲載し、請求があった場合にはそのホームページを閲覧するように促す方法等が想定されている。もっとも、定型約款の表示の請求を受けた事業者が、請求をした者がインターネットでは閲覧することができないと述べているのに、ホームページに定型約款を掲載しているとだけ答えてそれ以上に対応しない場合には、契約の内容や、相手方の属性によっては表示義務を履行しなかったと評価されることがあり得るものと考えられる。(『一問一答・民法(債権関係)改正』P256-257注書)
この点、『一問一答』の出版時点よりも本書執筆時点でディフェンシブな見解に変更されたようにも読み取れ(事実、本書P110-111にもそのことを伺わせる記述が見られます)、今後、インターネット事業者にとって実務上の要注意ポイントとなりそうな気がします。
利用規約への同意を得る時点で、電子署名やタイムスタンプ付のPDF版利用規約をユーザーにダウンロードさせ、さらに保存も促しておきたいところですし、自社内でもバージョン管理の徹底がこれまで以上に求められるようになってくるでしょう。表示請求への対応は、相当の工数を割く覚悟が必要そうです。
(橋詰)
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