事業譲渡というユーザー救済策を阻みかねないZaif利用規約
仮想通貨取引所Zaifで発生したハッキング事件。ユーザーの財産保護のため、フィスコへ事業譲渡を行った後Zaifは解散するとのプレスリリースが出されましたが、またしても利用規約に問題が潜んでいました。
Zaifが選択したのは「事業譲渡」そして「解散」
会社発表によれば、2018年9月14日にハッキング被害を受け、フィスコ(株式会社フィスコ仮想通貨取引所)からの金融支援獲得に向けて交渉を重ねていたというZaif(テックビューロ株式会社)。
その交渉の結果として、2018年10月10日付で以下のプレスリリースを発出しました。
▼ お客様預かり資産に関する金融支援 正式契約締結のお知らせ
弊社は平成30年10月10日、株式会社フィスコ仮想通貨取引所との間で弊社の仮想通貨取引所「Zaif」の事業を弊社から株式会社フィスコ仮想通貨取引所に対して譲渡する旨の事業譲渡契約(以下「正式契約」)を締結しました。正式契約の締結により、弊社の仮想通貨取引所を運営する事業は譲渡され、株式会社フィスコ仮想通貨取引所に承継されることとなりました。なお、弊社は本事業譲渡の手続が完了した後は、仮想通貨交換業の登録を廃止した上で解散の手続を行う予定です。
Zaifは、金融支援を受ける道を断念し、仮想通貨取引所ビジネス・資産・そこに紐づくユーザーとの契約関係をまるごと第三者のフィスコに「事業譲渡」し、取引所としての機能を存続させつつ、自らは「解散」しようと考えた、ということです。
さて、これを読んで、被害者となっているユーザーはもちろん、一般人にもさまざまな疑問が発生します。
- 重要な事業をフィスコに譲り渡す「対価」はいくらなのか?
- 取引所がなくなりもぬけの殻になるZaifが「解散」するとはどういう意味か?
- そもそもそんな「事業譲渡」がユーザーに断りもなく簡単にできるのか?
想像ばかり膨らませても仕方がないので、ここでは、客観的に検証できる「そもそもそんな「事業譲渡」がユーザーに断りもなく簡単にできるのか?」について、気づいたことを指摘しておきたいと思います。
スムースな事業譲渡を阻む利用規約第19条の存在
まず、Zaifがフィスコと契約をしこれから行う予定の「事業譲渡」の法的な定義について確認してみましょう。法律学小辞典第5版から引用します。
株式会社が事業を取引行為として他に譲渡する行為をいう。譲渡の対象が事業の全部又は重要な一部であるときは、株主総会の特別決議によりその契約の承認を受けなければならない〔会社467 ① 1,2・309② 11(略)〕。
今回、まさにテックビューロの事業のすべてといってよい取引所ビジネスをまるごと譲るということですので、株主総会の特別決議が必要となります。Zaifのプレスリリースにおいても、そのことは触れられています。
しかし、株主総会で決議がされたとしても、Zaifにはさらにクリアしなければならない障害があります。同じく法律学小辞典第5版より。
事業譲渡においては、事業を構成する債務・契約上の地位等を移転しようとすれば、個別にその債権者・契約相手方の同意を要する。
これまでZaifと契約していたユーザーが、突然「あなたの契約相手は明日からテックビューロでなく、フィスコになります」と言われたら、びっくりしてしまいますよね。当然といえば当然なのですが、Zaifが契約関係(ユーザーと締結する契約上の地位)をフィスコに譲るためには、Zaifにとっての債権者・契約相手方であるユーザーの同意が必要となるわけです。
実は、オンラインサービスでは、サービスを大手企業等に売却することも想定し、ユーザーに事業譲渡をあらかじめ利用規約で同意させ、企業が任意に事業譲渡できるようにしているのが一般的 です。たとえば、雨宮美季ほか『良いウェブサービスを支える「利用規約」の作り方』(技術評論社、2013)P164-165に掲載されているひな形では、以下のような条文サンプルが示されています。
第18条(利用契約上の地位の譲渡等)
1.(略)
2. 当社は本サービスにかかる事業を他社に譲渡した場合には、当該事業譲渡に伴い利用契約上の地位、本規約に基づく権利及び義務並びに登録ユーザーの登録事項その他の顧客情報を当該事業譲渡の譲受人に譲渡することができるものとし、登録ユーザーは、かかる譲渡につき本項において予め同意したものとします。なお、本項に定める事業譲渡には、通常の事業譲渡のみならず、会社分割その他事業が移転するあらゆる場合を含むものとします。
では、Zaifの利用規約では、この点どのように定められていたのでしょうか?
編集部が確認したところ、驚くべきことに、Zaif利用規約第19条にはそれとはまったく正反対の「ユーザーから(わざわざ)書面による承諾を取得しなければ、Zaifは事業譲渡や契約上の地位移転等ができない」旨が定められていました。
利用規約というものは、得てして、企業がある程度都合よく事業運営を進めてしまおうと、一方的に企業に有利な条文を定めていることが問題となるものです。しかしZaif利用規約の第19条は、利用規約策定時に少し注意をしてチェックをすれば利用規約には入らないはずの、企業にとって不利かつ手続きに混乱を招くような条文 になってしまっていたのです。これは想像に過ぎませんが、一般的な契約書にある相互義務の譲渡禁止特約を、弁護士のチェックも受けずに入れてしまったのかもしれません。
Zaifとユーザーはどうすべきか
以前、本メディアでも指摘したとおり、Zaifは、ハッキング事件が起きたとされる前日の9月13日に利用規約を改訂しようとしていた経緯があります。この改訂の法的有効性が確定しない限り、そもそもどの利用規約が有効なのかも不安定な状態とも言えるのですが、第19条の条文に関しては改訂前後に差異はない ことから、事業譲渡に個別書面同意が必要なことだけは確定していると言ってよいでしょう。
基本契約締結後、弊社と支援者側であるフィスコグループとの間で協議・交渉を続けました結果、最終的に上記の通り事業譲渡の方法を採用することとなりました。このようなスキーム変更が生じた要因は、支援者側のリスク回避の観点、顧客保護のために迅速な実行の要請などであります。結果的に当初のスキームに変更は生じましたが、顧客資産の保護という点では差異がありません。
Zaifが今回の事業譲渡をプラン通り実現するには、条文上はユーザーから書面で同意を一人ひとりから取得するほかはなさそうです。にもかかわらず、顧客保護のために迅速な実行が可能だから事業譲渡を選択し、しかも顧客資産の保護という点では差異なしとリリースしていますが、果たして本当にそうでしょうか?
こうなってしまった以上、Zaifは、事業譲渡を合意しているフィスコのためにも、事業譲渡の実行日である2018年11月22日までに、書面による同意をユーザーから取得する努力を尽くす必要があるわけですが、電子契約ならいざしらず、数万に上るであろうユーザーから1ヶ月の短期間で書面による同意を取り付けるのは困難を極める ものと思われます。
さらに問題はZaifのユーザーです。口座から資産も引き出せないまま、Zaifから同意を求める書面を受け取ったとしても、以下の不安が頭をよぎることでしょう。
- 同意書面を送り返せば財産の保護が約束されるのか
- 自分以外のユーザーは同意をするのか
- 同意してその後法的な問題は発生しないのか
- 同意をしなかった場合「テックビューロに契約が残る」とあるがその救済は
円滑な事業譲渡の実現のためにも、Zaif側からユーザーに対し、こうした不安を解消するための積極的な情報発信が求められるのではないでしょうか。
それにしても、利用規約の定め方一つでこれだけの疑義が発生するとは、まさに予想だにしない事件が起こってしまいました。
(橋詰)
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