契約に関する事例・判例・解説

ブックレビュー 淵邊善彦、近藤圭介『業務委託契約書作成のポイント』


システム開発委託契約以外の、「純粋な業務委託契約書」だけに絞った本格的実務書が登場。請負と準委任に関する民法(債権法)改正対応についても実践的に学ぶことができる一冊です。

書籍情報

業務委託契約書作成のポイント


  • 著者:淵邊善彦/著・編集 近藤圭介/著・編集
  • 出版社:中央経済社
  • 出版年月:20180926

製造委託型と役務提供型の2パターンに絞って深掘り

このブックレビューにたどり着いてくださっている読者層の方であれば、「業務委託契約といっても、請負と準委任で法的には大きく異なる」ということはとっくにご承知で、聞き飽きたという方も多いのではないかと想像します。

今回紹介する『業務委託契約書作成のポイント』は、すでにそのような一定の法的知識を備えた上で契約書をレビューされている方が、民法改正を1年半後に控えた今業務委託契約の基礎から応用までを確認し、実務をより確実に遂行していくための、本格的基本書と呼べる本です。

本書は、以下4つの章で構成されています。メインとなるのは3章と4章です。

  1. 業務委託契約の法的性質(P1-12)
  2. 業務委託契約における法令の適用(P13-33)
  3. 製造委託基本契約の解説(P34-167)
  4. 役務提供型の業務委託契約の解説(P168-194)

契約実務書の中で「業務委託契約」を扱うものの多くが、「システム開発委託契約」の書式をサンプルとして取り上げています。そうした本に出会うたびに、「求めてるのはそれじゃないんですよ…システム開発はそれ専門の実務書があるので…」とガッカリされた経験のある方は少なくないはず。

本書は、そうした システム開発系の契約をメインの解説対象からあえて外し、3章で請負寄りの製造委託、4章で準委任寄りの役務提供、この2つの「純粋な業務委託契約」だけに絞って解説 するという方針を採用しました。

業務委託契約の実務書を書く立場としては、テーマ的に読者に親しみやすく、参考にできる類書も多く、また経産省・JEITA・JISA等のひな形の紹介でお茶を濁すことも可能なシステム系の契約に逃げてしまいがちです。それをしなかったのは著者らの英断であり、そのおかげで、コピーアンドペーストではない業務委託契約を独力で作成できる「応用力」を身につけることを可能にしています。

淵邊善彦、近藤圭介『業務委託契約書作成のポイント』P98-99
淵邊善彦、近藤圭介『業務委託契約書作成のポイント』P98-99

条項ごとに2020年民法(債権法)改正対応要否を詳細に解説

もう一つの特徴は、2020年に施行される民法(債権法)改正対応について、類書を寄せ付けないレベルで詳細に解説されている 点です。

  • 瑕疵→契約不適合への変更
  • 危険負担の効果の見直し
  • 債務不履行解除の見直し(債権者の責めに帰すべき事由がある場合の解除制限)

など、法務担当者なら誰もが注目している大きな改正ポイントは当然、細かいが実務に落とし込んでみるとその影響が懸念されるポイントも、漏らさず拾います。

たとえば、実務では業務委託契約の多くが「基本契約」と「個別契約」の2つに分かれる点に注目し、個別契約(多くの場合「注文書/注文請書」形式の簡易な契約)の成立において紛争が起きないよう、「申込撤回権」を規定する必要性について述べているのが以下。

改正民法においては、申込者が撤回をする権利を留保したときは、申込者はその申込を撤回することができる旨明文化された(改正民法523条1項ただし書・525条1項ただし書)。
そのため、特に委託者側としては、業務委託の個別契約に係る条項または法文書において、「委託者は、受託者より注文請書の交付を受けるまでの間においては、発注に係る申込みを撤回することができる。」等の撤回に係る条項を規定することが考えられる。

加えて、民法改正の影響をうけない契約条項についても、確認的に「民法改正により特段改定すべき点は存在しない。」とはっきり断言 してくださっているのは、安心感があります。

さらに、こうした各条項の民法改正対応すべてについて、筒井健夫・村松秀樹『一問一答・民法(債権関係)改正』(商事法務、2018)の該当ページが脚注で示されている 点が、とても便利です。条項ベースで実践的なポイントを丁寧に論じる本書→『一問一答』を逆引きして復習することで、民法改正の趣旨がしみこむように理解できます。

淵邊善彦、近藤圭介『業務委託契約書作成のポイント』P100-101
淵邊善彦、近藤圭介『業務委託契約書作成のポイント』P100-101

独占禁止法、運送関係業法、建設業法、倉庫業法などの関連法にも言及

さらにここまでもと驚かされるのが、民法だけでなく、

  • 商法(運送営業・倉庫営業)
  • 独占禁止法(物流特殊指定)
  • 下請法
  • 運送関係業法
  • 建設業法
  • 倉庫業法
  • 労働関係法

等の、業務委託契約に関連する周辺法のポイントについても幅広く拾っている 点です。

労働関係法については、偽装請負か否かを判定する労働者性の考え方が手厚く解説されています。たしかに、この点実務では頻度高くリスクを感じるポイントです。そこまで重要視されていないために見過ごされるリスクについても、たとえば倉庫業法に関する以下のようなリスクが指摘されています。

たとえば物流業務委託の場合、倉庫業者に業務を委託する委託者も、受託者が倉庫業法に違反していないか注意する必要がある。(中略)登録を受けていない倉庫業者に対して商品を預けていた場合、倉庫業者が捜査を受ける結果、倉庫業者に引き渡した商品等を証拠物件として差し押さえられるおそれがあるからである。商品が差し押さえられることにより、委託者は商品を取引先に納入できなくなるため、これにより取引先に損害が生じれば、取引先から損害賠償請求を受ける可能性がある。(P27)

そのほかにも、役務提供型契約における業務内容の定め、損害賠償の上限額規定、紛争解決(準拠法・裁判管轄)の交渉セオリーなど、見所たくさんで、読了後はドッグイヤー・付箋・アンダーラインだらけになること確実。

今後数年は、業務委託契約の基本書と言えば本書、という地位は揺るぎないものと言ってよいのではないでしょうか。

(橋詰)

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