ブックレビュー 上田理『OSSライセンスの教科書』
ソニー所属のOSS伝道師の手による、弁護士監修付きの本格的なOSSライセンス実務書が満を持して登場。オープンイノベーションを支える契約スキームを深く理解するための重要な一冊。
多くの企業が見て見ぬフリのOSS組込みリスク
OSSとは、「Open Source Software」のこと。オペレーティングシステムとして著名なLinux、Webサーバーを支えるApache、アプリUIを作るのに便利なReactなど、いまやOSSが組み込まれていない機器・ソフトウェアは存在しないと言っても過言ではありません。
OSSには、上記のように有用なソフトウェアが多いことに加え、契約書の締結をせずに無料で自社製品に組込めてしまうこともあって、企業のソフトウェア開発現場でも便利に使われています。一方、ソフトウェアである以上は著作権はあり、かつ契約書はないとはいえ利用規約で利用条件が定められているため、侵害・違反すれば法的な問題に発展するリスクもあります(事実、一部OSSでは2007年ごろから訴訟も発生しています)。
しかしながら現実は、OSS利用規約のほとんどが読みにくい英文で書かれていることに加え、ソフトウェア開発に関する技術と契約法の両方を理解していないと解釈が正確にできない条文もあり、OSSの利用条件を精査しないまま開発部門が導入し、管理部門もそのリスクについて「見て見ぬフリ」をしている実態 があります。
こうした不健全な状態を解消するには、技術と契約の両方を理解する者が、エンジニアと法務担当者の間でうまく通訳を担ってリスクコントロールをする必要があります。そこで、ソニーに在籍しながら長らくOSSコミュニティの発展に貢献してきた著者が、曾我法律事務所で知財分野を専門とする弁護士を監修につけ、骨を折って執筆してくださったのが本書『OSSライセンスの教科書』というわけです。
OSSの原則「利用責任は利用者が負う」
著者が第1部基本編で伝えるOSS利用条件のもっとも基本的な原則、それは、OSSを利用して問題が発生した場合の責任は、OSSの開発者ではなく、利用者にこそある、という点です。
なぜOSSでは「開発者に責任がない」とするのでしょうか。ソフトウェア技術の提供者側には過度の責任を負わせないようにすれば、保守などの責任遂行のための余力に欠いた状態でもソフトウェア開発者が参加しやすくなります。結果、世界中から極めて優秀な能力を持つ人材が集まり、猛烈なパワーを発揮するようになります。(P21)
ビジネスとしてソフトウェアを開発して販売すれば、不適合を発生させた際の損害賠償リスク等も加味した価格とせざるを得ません。結果、提供者としては、当然にそのリスクに見合った高い利用料を請求することになり、ソフトウェアの利用も進まなくなるでしょう。
OSSの利用条件として、「開発者を免責する文言の掲示義務」があるということは、ご存知の方も多いと思います。これはなんのためかと言えば、資力は無いが優秀な技術を持つ開発者たちが安心してオープンイノベーションに参加できる場を先に作り、そのイノベーションを利用したい資力ある大企業がリスクを検証する費用を自己負担するという、OSSコミュニティを活性化するための「仕掛け」になっているというわけです。
こうした背景・思いを知った上でOSSに向き合うと、利用企業として組み込みリスクを理解することの必要性も、腹落ちするのではないでしょうか。
分かりやすさのポイントは「寛容型」と「互恵型」の二分法
本書中盤以降は、以下の7つの代表的なOSSライセンス条件について、そのライセンス条件が定められた歴史的・思想的背景とともに概説されています。
寛容型ライセンス | 互恵型ライセンス |
---|---|
TOPPERSライセンス MITライセンス BSDライセンス Apacheライセンス |
GPL LGPL AGPL |
本書の説明が全体として分かりやすく感じるのは、この表にあるように、数多あるOSSライセンスを大胆に「寛容型」と「互恵型」に二分し、読者がOSSごとの細かい説明を記憶しないまま読み進めても理解できたような気にさせてくれる、ストレスを感じさせない構成にあります。
その上で、解釈の間違いが法的リスクに直結しやすいLGPLなどの要所については、一つの章を割いて細かい説明も加えられています。
OSSライセンスを本書で初めて学ぶ方も、またこれまでつまみ食い学習していた方も、双方を混乱させずにすっきりと整理し理解に導いてくれる本書。オープンイノベーションの時代を支える契約実務書として外せない1冊になりそうです。
(橋詰)
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