映画『カメラを止めるな!』盗作騒動と原作利用契約の対価の相場観
本来なら紛争を予防するのに役立つはずの契約書。しかし、その交渉をはじめるタイミングが少し遅かったがために、まとまる話もまとまらなくなる、そんな典型的事例が日本の映画業界で発生してしまいました。
『カメラを止めるな!』の原案vs原作騒動
日本映画としては久しぶりのヒット作となりつつある『カメラを止めるな!』。作品自体の高い評価とともに、盗作騒動が発生し、注目を集めています。
劇団PEACE「GHOST IN THE BOX!」の演劇制作者が、自身のブログやメディアで「【原作】としてクレジットするよう求めたにもかかわらず、映画製作者に拒絶され<原案>でクレジットされた」と告発したのが、そのきっかけです。
こうしたクリエイティブがヒットした後に起こる権利争いは、世の中の恒例行事のようなもの。関係者以外の者がことさら騒ぎ立ててもしょうがないのですが、本件については、監督自身が演劇に着想を得て映画を撮ったことを公にしていることもあり、いっそう耳目を集めています。
「原作利用契約」の買取金額の相場観は200-500万円
この紛争の著作権法上のポイントについては、弊社弁護士ドットコムの田上弁護士による解説が東洋経済オンラインに掲載されています。端的にまとめれば、演劇の脚本を著作物=【原作】として利用し翻案したのか、著作物にあたらないアイデア<原案>として参考にしたに過ぎないのか、という論点です。
写真週刊誌「FLASH」2018年9月4日号には、この点について演劇制作者と映画製作者が今年7月に協議をした経緯が、演劇制作者の立場から詳細に語られています。その中に、興味深い一節があります。
「弁護士に相談のうえ、後日、再度『原作』のクレジットを要求しました。その後、市橋プロデューサーから原案利用契約が提案されましたが、権利を買い取る内容でした。原案使用料を含め、今後想定される諸々の二次使用料を含めた買い取り額も、映画の大ヒットで得られる収益を考えると、明らかに違和感を覚える金額でしたし、『GHOST』をもとにした作品にもかかわらず、映画を舞台にリメイクする権利なども、すべてあちらが有するという一方的なものでした。」(2018年9月4日号 P40)
この証言内容が事実だとすれば、映画製作者サイドが提案したのは、「原案利用契約」とはいうものの、事実上の「原作利用契約(映画化権買取り契約)」であったことがわかります。
実務上、原作利用契約書を締結する際には、以下サンプルのように原作の映画化権の一切を買い取る契約条件とすることが一般的です。そうしておかないと、映画のビデオグラム化やグッズ販売等二次利用、インターネット配信、海外展開などに支障が出てしまうおそれを排除できないからです。
日本の映画業界で、こうした条件で映画化権を買い取ろうとする場合、原作に対し支払う金額は200-500万円が相場と考えられています(加藤君人ほか『エンターテインメントビジネスの法律実務』P31)。
こうした金額レンジが相場になった理由は、著作者の権利団体である日本文藝家協会による著作物使用料規程に定められた映画化対価の上限が長らく500万円だったから、と言われています。ただし、平成23年4月付で改訂された同協会の使用料規程(PDF)を見ると、
第25条 放送を目的として制作する映画以外の映画制作及び上映等における著作物の使用料は、番組制作費や提供価格等を斟酌し、1,000万円を上限として利用者と本協会が協議して定める額とする。
と、まさに問題の上限金額が1,000万円へと変更され、相場が上昇している様子も伺えます。
もちろん、こうした金額は、それなりに名の通った作家の作品を【原作】として利用する場合の相場観です。そもそもの予算が300万円と言われる『カメラを止めるな!』。俳優やスタッフに支払うギャラとのバランスに鑑みても、原案買取料として提示された買取金額は、相当に低いものであったことは容易に想像できます。
時期を逸した「落とし所」提案が紛争をこじれさせるきっかけに
【原作】であることは認めないスタンスだったにもかかわらず、なぜ中途半端な<原案>クレジットおよび買取りを提案したのか?
映画製作者サイドの心中を察するに、あいまいな状態で劇場公開にいたってしまったものの、演劇を参考にしたことは過去にも監督自身が認めている以上、<原案>という表現でのクレジットと相場よりも低額な金銭で解決するという「落とし所」を考えたとしても、不思議ではありません。しかし結果論ではありますが、この劇場公開後というタイミングでの時期を逸した提案が、演劇制作者サイドとのこじれを大きくするきっかけとなりました。
盗作騒動発生後に映画製作者から出されたプレスリリースにある、
本舞台とは独自の形で製作をすすめ、ストーリーは全く別物である以上、脚本の内容もまったく異なる
との主張をするのであれば、<原案>のクレジットも金銭支払いのいずれも固辞するスタンスを貫いていた方が、筋は通しやすかったようにも見えます。
いずれにしても、演劇制作者・映画製作者ともに、契約書により合意した上で映画を公開するという教科書どおりの順番さえ踏んでいれば、ここまでこじれることもなかっただろうと悔やまれる事案です。
追記:共同原作クレジットとすることで和解
2019年2月27日、株式会社ENBUゼミナールが和田氏側の主張を受け入れ、「共同原作」と「Inspired by」のクレジットへと変更することを発表しました。
落ち着くべきところに落ち着いたという感じでしょうか。時間はかかったものの、泥沼の訴訟とならなかったことは良かったと思います。
画像:
『カメラを止めるな!』公式サイト
(橋詰)
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