ブックレビュー 玄田有史『雇用は契約』
「労働者の約10%が自分の雇用契約の期間も知らずに働いている」——衝撃的なデータで雇用の実態をあからさまにし、働き方の多様化を望む労働者と、その支援を義務付けられた企業に不足する視点を提供する一冊。
2018年は有期雇用の無期転換ルールが発動する年
2018年は、日本の労働法・労働市場の一大転換期ともいうべき年です。
フルタイムの無期雇用社員である正社員に対し、「非正規」という不名誉な呼称を与えられながらも、実際には企業活動には欠かせない存在となってきた契約社員・パート・派遣社員。彼ら・彼女らの雇用の安定を図るべく、有期雇用契約を無期に転換する義務が発動するのが、この2018年の労働法のトピックスとなっています。
その第一弾が、2013年4月に施行された改正労働契約法です。この法律により、5年を超えて契約更新をする有期雇用契約者(契約社員・パート・派遣社員)は、無期雇用に転換を希望することができるようになりました。施行から5年後にあたる今年の4月1日から、転換請求権が発動しています。
そして第二弾が、2015年9月の改正労働者派遣法施行による派遣の無期雇用化の発動です。同一組織への有期雇用での派遣が最長3年となり、同一の派遣社員を受け入れ続けるには、無期雇用派遣への転換が必要となりました。その「最長3年」の期限が到来するのが、いよいよ来月、2018年9月末というわけです。
雇用契約書に書かれた期間を知らずに働く労働者は全体の12%
これだけ大きな法改正にもかかわらず、労働者からも企業からも大きな話題となっているように見えないのはなぜなのか?
その原因の一つとして、著者玄田有史氏が本書で繰り返しが問題提起している「自分の雇用契約の期間も知らずに働く労働者の多さ」があると、私は考えます。
雇用安定に向けた日本の法律や制度は、正社員とそれ以外といった曖昧な呼称ではなく、雇用契約の期間や年数といった客観的な基準に基づきながら、精緻に設計されてきました。法律では、正社員と呼ぶか否かに規定はありませんが、契約期間については、無期か、有期か、有期であれば更新は可能かなどを、契約する時点で明確にすることが求められています。安定した働き方を実現するには、自分自身の契約期間がどのようになっているかが、きわめて重要なポイントになってきます。
法律や制度では、契約期間の明示や、有期雇用から無期雇用への転換などについてきちんとしたルールがあるのですが、実はそのようなルールをよく知らないまま働いている人たちが多数にのぼるというのが、残念ながら日本の雇用社会の実情なのです。(P61)
では、自分の雇用契約の期間を知らずに働く労働者は、いったい全体の中でどのくらいいるのでしょうか?
本書では、平成24年(2012年)の調査結果が引用されているのですが、ここでは、本書校了後に公開となった平成29年(2017年)就業構造基本調査の結果を見てみましょう。
「雇用契約を締結した自覚はあるが期間はわからない」と答えた方が約194万人、「そもそも雇用契約自体結んでいるかどうかもわからない」と答えた方が約478万人。合計約672万人、労働者の総計5584万人中約12%もが、雇用契約の一番重要なところを認識していないという結果となりました。本書がベースとする2012年調査では445万人・8.3%という数字が使われていますので、さらに悪化しているということになります。
雇用契約は、契約自体はメール等を用い電磁的に締結することは可能でも、その内容について雇用主が書面で交付することを法律上の義務としてきました(労働基準法第15条第1項および労働基準法施行規則第5条)。にもかかわらず、こうした結果を生んでいるのは、書面交付の強制という形式主義にこだわり続ける労働政策の限界を問う結果にもなっています。
雇用契約の多様化には「短時間×無期契約」だけでなく「フルタイム×有期契約」の拡大も必要
冒頭でおさらいしたように、これまで「非正規」として扱われていた有期雇用契約者たちは、実績に応じて(希望すれば)無期に転換される道が開かれました。これにより、特にこれまで家庭のために自分を犠牲にし、就労を諦めてきた女性たちを中心に、短時間×無期契約の組み合わせで働く多様な働き方が促進されることは、まちがいないでしょう。
その一方で、フルタイムでプロジェクトにコミットしつつ、あえて有期の契約を望む労働者の存在にも注目すべきと、筆者は指摘します。
現在、このような有期・一般型人材は、雇用者の20%を占めるまでになっています。正規・非正規の二分法では見過ごされてきた、この有期・一般型雇用として充実したキャリアを歩んでいく人が増えていくことが、多様性のある雇用社会の実現には欠かせません。
おそらく、こうした組織にコミットしないキャリア志向型人材は、これまでの日本企業では「扱いづらい人材」として捉えられ、忌み嫌われてきたのだと思います。マネジメントの怠慢の現れとも言えます。
若年者人口が激減する中でこれまでの雇い方では通用しないという事情も働き、雇用に対する日本企業の意識は変わりはじめています。ここで「正社員」という言葉で一括りにしていたこれまでの雇用慣行に終止符をうち、企業で働くすべての人が雇用契約を理解し、契約書を丹念に検討することが、働き方改革の大前提として必要になってくると思われます。
(橋詰)
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