契約専門書籍レビュー

ブックレビュー 小島国際法律事務所編『DISTRIBUTION AGREEMENTS 販売店契約の実務』


23カ国もの法律事務所とのネットワークに裏打ちされた外国法令リサーチ力と、日本発海外進出企業の法務サポート経験で得たノウハウをあますところなく披露する英文契約実務書が登場。国際契約に関する実践的な研修を受けたいが、なかなかいいタイミング・場所での開催がない、といった方に最適です。

書籍情報

販売店契約の実務


  • 著者:小島国際法律事務所/編集
  • 出版社:中央経済社
  • 出版年月:20180703

DISTRIBUTION AGREEMENTS(販売店契約)を取り上げるのはなぜか

販売店契約(ディストリビューション契約=distribution agreement)とは、販売店(ディストリビューター=distributor)が、製品を供給する者(サプライヤー=supplier)から製品を購入し、それを自己の販売地域(テリトリー=territory)でさらに販売するための、継続的な契約のことをいう。(P1より)

国際契約、特に英文契約書について学ぶ際にサンプルとして取り上げられるのは、売買契約であることが一般的です。多くの企業で使われる契約類型であり、誰もが取引の内容についてイメージが湧くので、教材としては一番扱いやすいからだと思われます。

それに対して、本書は、一冊まるごと「DISTRIBUTION AGREEMENTS(販売店契約)」を取り上げた英文契約実務書となっています。そうした本を執筆した理由について、はしがきで筆者らは、「国内外の企業間取引で最も頻繁に使われる契約の1つ」だからだ、と述べています。

しかしながら、本書を通読すると、販売店契約を題材としたもう一つの理由が伝わってくるはずです。それは、「準拠法が日本法ではない契約の落とし穴」を学ぶ契約類型としては、販売店契約が教材として最適ということ。

小島国際法律事務所『DISTRIBUTION AGREEMENTS 販売店契約の実務』P66-67
小島国際法律事務所『DISTRIBUTION AGREEMENTS 販売店契約の実務』P66-67

先日、「準拠法が日本法ではない英文契約書レビューは内製すべきか外注すべきか」と題する記事でも述べたとおり、国際間をまたぐ販売店契約には、日本の常識では想像もつかないような、販売店契約を規制する法律や判例が多数存在しています。そのため、これを知らずに各国事業者と販売店契約を結んでしまうこと自体が、そのままビジネス上のリスクとなります。

本書は、英文の販売店契約書をレビューする際のノウハウとともに、実際に紛争を経験しなければ現実感がわかないそうした「国際契約の準拠法リスク」について、販売店契約での事例を通じてその恐さを伝承してくれる本になっています。

23カ国の法律事務所とのネットワーク

サプライヤーに対して経済的弱者となりがちな販売店・代理店を保護する法律を制定している国は、たくさんあります。それらの法律の主な特徴として、サプライヤー側からの契約解除の自由がしばしば制限されるという点が挙げられます。

例えば、東南アジアの国々の中でも突出した人口の多さで注目されるインドネシア。ここでは、代理店契約・販売店契約を対象とする商業大臣令(No.11/M-DAG/PER/3/2006)が存在し、そうした契約を締結する際には、商業省に登録し登録証(STP)の発行を受ける義務があります。ひとたび発行を受けると、契約関係がこじれて新規の代理店・販売店と契約しようとしても、当該企業との契約が完全に解消した旨の書面(クリーン・ブレイク)を提出しない限り、新しい企業との契約に関するSTPの発行が受けられません。これにより、事実上サプライヤーからの任意解約ができないという仕組みになっています。

本書3章では、このような規制の有無や対応難易度について、23カ国の法令・規制がまとめられています。代理店保護法という特定分野には限られていますが、英文契約の実務書で、これだけの数の国の法規制についてまとめている書籍は、相当珍しいと思います。

そのような徹底した法令調査を可能としている秘密は、小島国際法律事務所が培ってきたグローバルなネットワークにあります。巻末には、本書の執筆にも協力した、23カ国の提携法律事務所が開示されています。

小島国際法律事務所『DISTRIBUTION AGREEMENTS 販売店契約の実務』P243
小島国際法律事務所『DISTRIBUTION AGREEMENTS 販売店契約の実務』P243

必ずしも大手ではない法律事務所がリストアップされているあたり、同事務所の独自の法律事務所ネットワーク構築能力に、自信のほどが伺えます。

貴重な紛争対応事例も掲載

4章では、「裁判での戦い方」と題し、筆者らが実際に代理人として取り扱った紛争について、

  • 事実関係
  • 攻め手として採用した法的手続き(本案訴訟・仮処分の申し立て・和解)
  • 申立ての趣旨

などを整理し、臨場感ある解説がなされています。以下P169-170ページの一節より。

3年程度の独占的販売業者としてのF社の実績と、往復書簡の中で“exclusive distribution”という言葉を用いてE社がF社に対し独占的販売店権を認めていたこと、その他の状況証拠を合わせて、裁判所は、継続的契約としての独占的販売店契約の成立を認めた。すなわち、注文受託義務がE社にあると判断し、かつ、独占的供給義務がある以上、日本市場への販売はF社を通してのみできる、と判断したのである。
(中略)
この事件では日本の保全処分で勝訴したが、その後直ちにE社が米国内で逆提訴してきた。F社は、裁判の長期化とコスト増大を恐れ、E社からの和解の申し入れに渋々応じることとなった。
このように、国際企業間紛争においては、法的手続きが複数の国において係属するおそれがある。

泣き寝入りすることも少なくない国際契約のトラブル事例。研修などでは自身が携わった法的手続きの実例が披露されることはありますが、書籍では貴重だと思います。

本書を読んでいると、経営法友会が実施する「国際法務担当者養成コース」という研修を思い出します。私が受講したころは、一般には表には登場されない経験豊富な大手自動車メーカー・商社の法務マネージャーが講師として起用され、毎回宿題が出された上で講義中必ず1度は講師から当てられるような研修でした。予習だけでアップアップしながらも、楽しく参加していた記憶が蘇ります。

そうした経営法友会のようなギルド組織が行う研修で共有されていたような知識・ノウハウが、書籍という誰でもアクセスできる姿でオープンにされるのは、とても喜ばしいことです。

(橋詰)

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