準拠法が日本法ではない英文契約書レビューは内製すべきか外注すべきか


本メディアの「編集長へのお手紙」コーナーに、準拠法が日本法ではない英文契約書のレビューを企業法務部門が内製で行うことの是非について、ご質問をいただきました。

日本法以外を準拠法とする契約リスクに関する問題提起

いただいた質問は以下。質問者が特定されるおそれのある情報は含まれていませんので、そのまま転載させていただきます。

企業法務部門における英文契約書レビューの妥当性について、編集長のご意見等お伺いしたくメールさせていただきました。

英文契約書においては、準拠法が日本法以外で規定されているのが一般的かと存じますが、余程の大企業の法務部門でない限り、日本法以外の準拠法に精通している法務部員はほぼいらっしゃらないのではないかと感じております。

その前提で考えたときに、その準拠法に精通していない法務部員若しくはセクションが検討する契約書は、果たして真の意味で検討できているのか甚だ疑問です。この辺りのリスク(リスクという表現が適切がどうかは別として)を認識している経営層も少ないと思います。

私見としては、その準拠法に精通しているローファームにレビューを依頼するという方法の方がより適切かと思うのですが、編集長は如何お考えでしょうか。

編集長ご自身のお考えも大変気になることはさることながら、他の法務セクションの方がどのようなお考えであるのかも気になるので、トピックとして取り上げていただけますと幸甚です。よろしくお願いいたします。

質問者ご指摘のとおり、英文契約書をはじめとする日本語以外の言語で契約書を交わすシチュエーションで、日本法を準拠法にできるケースは、体感値で10-20%程度というところでしょう。もちろん、業界やその企業のバーゲニングパワーにもよると思いますが。

そのような準拠法が日本法ではない契約書のレビューやドラフティングを、その法に精通しない法務部員が担当すること自体のリスクについて、問題意識を感じていらっしゃるということだと思います。この点については私も同感です。

法務担当者として私がどう思うかと問われれば、「可能な限り、その国の信頼できる法律事務所の弁護士にレビューを依頼すべき」という回答になるのですが、以下その結論に至る補足説明をしながら、法務部門の役割についても改めて考えてみたいと思います。

契約書における準拠法とは

法務以外の方の読者のみなさまのために、まずは契約書における準拠法とはなにか、といいうところから確認したいと思います。

まずは、『有斐閣法律用語辞典』の定義から。

渉外的法律関係に適用される法として国際私法によって指定される法。例えば、「法の適用に関する通則法」13条1項は、動産又は不動産に関する物権その他登記すべき権利に適用される法として、その目的物の所在地法を準拠法に指定している。

一定の知識のない人にはまったく分かりません(苦笑)。もっとやさしい言葉で説明してくれる文献はないかと探し、見つけたのがこちら。道垣内正人『国際契約実務のための予防法学』(商事法務、2012年) 13頁から。

各国の法を統一することができず、A国法、B国法、C国法はお互いに内容を異にするとしても、ある特定の事象について、A国においても、B国で【原文ママ】おいても、C国においても、同じ法(たとえばB国法)が適用されれば、その事象及びその関係当事者から見れば、世界にはB国法しか存在しないのと同じである。この場合のB国法を「準拠法」という。

この解説を加えれば、分かりやすくなるでしょうか。A、B、Cの三者がある契約をする場合で、契約書に書いてあること、または書いていないことで揉めたときには、Bがいつも使っている彼の国の法令を基準として判断しようと決めること。それが契約で準拠法を合意するということです。

英文契約書レビュー実務の中で体得する準拠法条項への意識

英文契約書を前から順番に読んでいくと、準拠法を定めた条項は、決まって最後のほうに現れます。本来、ベースとなる法律が異なれば、そのプロジェクト自体のリスク評価はもちろん、準拠法条項の前に並んでいる各条文の解釈も異なる可能性があります。英文契約書のレビューはまず準拠法を確認するところからというのは、実務にしばらく携われば自然に意識するようになることです。

英文契約書を読み慣れていない方にとっては、「え、準拠法で契約書に書いてある合意の解釈が変わるなんてことあるの?」と思われるかもしれません。確かに、多くの国で契約を形作る基本的な法律が契約(の条件や形式)の自由を保障していますので、契約書に書かれている合意が尊重されるのげ原則です。しかし、日本にも「下請代金支払遅延防止法」や「特定商取引法」などがあるように、取引の安定や弱者保護を目的として、法律が契約の自由を制限するケースは少なくありません。

法務配属当時、人工衛星をはじめとする通信設備やロケットの調達契約に関わることになった私は、実務家が講師を務めるいくつかの国際契約の研修に送り込まれ、東南アジアやEUでの代理店保護法を事例に、国際契約における準拠法という落とし穴の怖さについて刷り込まれました。インドネシア法やタイ法では契約の解除や更新拒絶に制約を受けるとか、スペイン法でも解除予告の通知期間が法定されており、それを知らないで契約書を作ったがために・・・といった話です。

準拠法条項という落とし穴
準拠法条項という落とし穴

駆け出し法務として法律はなんでもわかるようにならなければ!と生真面目だった私ですが、「日本法でさえ完璧に知らないのに、世界各国の法律をくまなく抑えるなんて無理だ…」と、後に割り切り型法務の道を歩むことになる原体験の一つとなりました。

そのようなリスクを避けるには、すべての契約で準拠法を日本法とするよう交渉すべきですが、相手にとっても日本法は未知の法令であり、冒頭述べたとおり、受け入れてくれるケースはわずかです。そもそも、日本法を受け入れさせるバーゲニングパワーを持っているなら、英文ではなく和文を正とした契約にできるかもしれませんね。

企業は準拠法リスクを把握しているか

そうなると、企業としては、自社の契約書の中で準拠法が日本法でないものが一定数あるのであれば、その量や発生頻度をリスクの一つとして把握しておく必要がありそうです。しかし、そうした意識をもって契約書の準拠法リスクを把握している事例は、そうそう聞きません。

クラウドサインの契約管理機能を強化する過程で行った企業ヒアリングや、その際に参照した文献(法律実務雑誌における契約管理特集など)でも、契約管理システムに項目として入力される要素は、契約相手方・契約類型・金額・期間・更新条件に集約されており、準拠法を項目として管理している企業に出会うことはできませんでした。

契約書管理システムはあっても準拠法まで管理している企業は少ない
契約書管理システムはあっても準拠法まで管理している企業は少ない

そうした実態から、普段から準拠法リスクを定量的に把握できている会社は、グローバルに法務部門を設置するようなごく一部の企業に限られており、多くの企業が準拠法リスクに無自覚、または認識不足であると言えそうです。

しょせん、訴訟にいたるようなトラブルが勃発しなければ問題にはならないことですので、深刻な課題とまでは言いません。しかし、海外との取引に関する国際契約の割合が増えていることは間違いない中、準拠法リスクは契約管理の場面でもう少し意識されてもいいことなのかなと思います。

個人的な取り組みで、過去1年間に限定して契約書を遡り、締結済みの契約書における準拠法の分布を定量化したことがあります。和文以外の契約書の量にもよりますが、期間を区切って準拠法条項(とついでに紛争解決条項)を見るだけであれば、それほど大変な作業ではないと思います。「当社が締結済みの契約書において、準拠法が日本法ではない契約書は、全体の何%か?」法務部門から経営者に対し、そんなレポートをしてみると、面白い反応が得られるかもしれません。

準拠法を異にする英文契約書レビューは外注を原則とすべき

ご質問に戻りたいと思います。英文契約書レビューを内製すべきか、外注すべきかという問題について。一般的には、外注コスト削減の観点から、できるだけ企業内で法務部員を獲得・育成し、内製したいというインセンティブがあるはずです。

法務部門は基本的に内製化によるコスト削減に傾く
法務部門は基本的に内製化によるコスト削減に傾く

一方で、どんなに英語が堪能な法務部員がいたとしても、ご案内のとおり、準拠法の問題はその国の法令の不知によるリスクであり、語学力の有無とは別のリスクをはらんでいます。では、内製するために世界各国の法令に対応できる専門性を備えた法務部員を一企業が獲得・育成できるでしょうか?

これに関しては明確に否、といえると思います。バイリンガル・トライリンガルはありえても、複数国の法令に通じたバイローヤー・トライローヤー自体稀有な存在であり、ましてや企業内に抱え込むのは現実的ではないでしょう。

日本語で書かれた日本法準拠の契約書でさえ、一定のリスクをはらむ契約書は弁護士レビューを受けたほうがよいのと同様です。継続的な取引先との定型的な契約書でない限り、準拠法を異にする英文契約書のレビューは、原則として、その国の信頼できる法律事務所の専門家にレビューを依頼すべきと考えます。

法務部門はリスク管理の仕組み作りで貢献できる

しかしながら、契約書レビューの外注にはコストがかかります。法務部門としては、それがリスクの大きさに照らして適正となるよう、コントロールする役割があります。

そして、そのコストの妥当性を経営に説明するためにも、契約書管理の徹底と、データに基づいて準拠法リスクを含む契約リスクの定量化と分析が重要になってくるのではないでしょうか。

  • 契約書単位のレビューコストの管理(内製・外注ともに)
  • 相手方の信用・契約類型・金額・期間といった基本的要素に準拠法リスクも加味した契約リスクの大きさ・出現確率の推定
  • 当該契約で得られる売上・利益等のリターンとリスク処理にかかるコストとの比較

近年、会計システムも進化し、プロジェクト単位の業績・予実管理も容易にできるようになっています。こうなると、近い将来には契約書単位でビジネスリスクの処理コストが意識されるようになるかもしれません。また、そこまで徹底してはじめて、その企業の特性に応じた内製か外注かの分かれ目や判断ポイントが見えてくるようにも思います。

契約書単位でビジネスリスクとその処理コストを管理できるのが理想
契約書単位でビジネスリスクとその処理コストを管理できるのが理想

現状では、契約リスクの処理にかかるコストは、法務部門の人件費や顧問契約費用といったブラックボックスに閉じ込められ、内訳が見えにくい状態にあります。これに甘えて、目先のコストカットを優先してやみくもに専門性からはみ出した内製に走ったり、本当は青天井かもしれない国際契約リスクについて見ないふりをしているのは、長期的に見れば企業全体に最悪の結果をもたらしかねなません。

「法務部門は専門家集団なのだから、法律に関することは自前でなんでもできる・わかるように」と抱え込まず、リスクの大きさの把握、その大きさに応じた適切な外注、そして全体を捉えたコストコントロールがうまくできる仕組みづくりをするのも、法務部門の立派な役割であり貢献なのではないか。今回のご質問をいただいて改めてそのように考えました。

画像: bee / PIXTA(ピクスタ)、 NOBU / PIXTA(ピクスタ)、Makes / PIXTA(ピクスタ)、mits / PIXTA(ピクスタ)、 Graphs / PIXTA(ピクスタ)

(橋詰)

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