ブックレビュー 熊木明『負けない英文契約書 不利な条項への対応術』
スキャデン・アープス法律事務所パートナー弁護士 熊木明先生の手による、ちょっと変わった構成を採用した英文契約実務書。3年以上の英文契約経験をお持ちの方であれば、対象読者レベルを高めに設定した本であることが理解できると思います。
実戦を強く意識した「獅子はわが子を千尋の谷に落とす」スタイル
タイトル、表紙、そして280ページ弱のボリュームからは、一見すると初心者向けに英文契約書の対応ノウハウをまとめた「よくある実務書」のように見える本書。しかし、読みはじめるとその印象は一転。実戦を意識した本格的な実務書でした。
相手方の都合が遠慮なく優先された「Master Agreement for the Purchase and Sale of Products(製品売買基本契約書)」のひな形が送られてきた・・・そんな場面を想定して、29ページにわたる英文契約サンプルを、ノーヒントで確認するところからスタートします。
中立的なひな型を使って条項対訳で解説していくような本とも、英文契約頻出用語をひととおり説明し巻末付録として申し訳程度の契約書サンプルを付けたような本とも違う、「獅子はわが子を千尋の谷に落とす」スタイルです。
全体構造を見渡し危険な条項を見つけていく効率重視のリスクチェックを推奨
続く解説パートも、第1条から順に読み下していくような、ありきたりな構成は採用していません。
まず、各条項の見出しを並べて全体構造を把握し、
- 典型的に危険な条項
- 通常の契約書には見られない例外的条項
を見つけ、大きな視点・方針を心に留めながら軽重をつけて読むべしという、効率重視の手法を推奨しています。
そして、ひとたびその軽重の見つけかたと修正の仕方を身につけてしまえば、他の英文契約書も読める・修正できるようになるよ、というわけです。
取引に応じて①の取引に関するCovenant/Agreementは書き換える必要がありますが、その他については、若干の修正はしつつもほぼそのまま「利用」できるのです。そのため、取引Aのために作成した契約を下地として取引Bのための契約を作成する場合には、これを見れば、双方の契約で大きく変わる箇所は限定されているのがわかります。一部の「衣」をつけかえれば充分なのです。
(中略)
言い換えれば、法的リスクが高いとされる部分(②、⑤、⑥)は標準化された部分であり、そのレビューの方法は、契約の類型にかかわらず、ある程度はそのまま適用するのです。すなわち、以下でみる Representation&Warranty や Indemnification あるいは 特別Covenant、Miscellaneous のレビューの方法は、対象となる契約の内容・類型にかかわらず、少なくとも基本的な部分に応用できると考えて間違いではありません。
法律実務書のセオリーにとらわれない思い切った構成を取っている本書ですが、英文契約書を読み慣れている方にとっては、「いつも意識せずに頭の中でやっている方法」であることに気づくのではないでしょうか。
負けないためのドラフティング指南が具体的
本書タイトルにある「負けない」ための「不利な条項への対応術」も、極めて具体的です。
英文契約の実務書は、「以上解説したとおり、特殊なリスクをはらんだ条文が隠れている場合もありますので、見落とさないよう気をつけてチェックしましょう」で終わってしまっているものがほとんどです。それに対し、本書は、「あなたの会社が○○という立場なら、例えばこんな風にカウンターを返すといいでしょう」というところまで、見え消し・赤字を使って示します。
その修正のレベルも、一般条項の細かい文言まで手を抜かず、相手に交渉を仕掛けるスタンスになっています。以下は典型的なIndemnity条項における indemnify, hold harmless and defend 〜 against のワーディングの処理の仕方について。
一般的には「indemnify」と「hold harmless」は法的に同じ意味とされていますが、州によっては「hold harmless」のほうが「indemnify」よりも広いという解釈がとられる可能性があります。
すなわち、第三者からの請求等がされた時点で対応措置をとる責任が発生する「defend」と異なり、「indemnify」と「hold harmless」は、あくまで第三者等による請求等の結果敗訴により生じた金銭的な負担を賠償するという点は共通であるものの、「hold harmless」のほうは前払いの義務まで含むという考え方です。
(中略)
米国の州によっては、Indemnity条項が、単に第三者からの訴えによって生じた賠償額や訴訟費用の補償のみならず、第三者からの訴えを補償責任者が引き受けて自ら防御する義務まで含むと解される可能性があります。
これを回避したい場合は、上記文言により防御の引受けを明確に義務から排除することができます。この場合、第三者からの訴えにかかる手続規定において補償対象者が防御を義務づけられている場合には、これも削除する必要があります。
一方、自身が補償責任を追求する側に立つのであれば、特段修正せず、補償行為に関してはそのままでよいということになります。
「初心者お断り」とは明言されていないものの、対象読者レベルを高く設定していることが随所から伝わってくる本書。それもそのはずで、著者の熊木先生は、スキャデン・アープス法律事務所東京オフィス所属のパートナー弁護士でいらっしゃいました。
外国企業がドラフトした英文契約書をベースにした契約交渉において、素早くかつ的確に打ち返すための勘所を上級者から教わりたい、そんな成長過程にある法務経験3年以上の中級者におすすめします。
(橋詰)
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