ブックレビュー 北浜法律事務所編『取引基本契約書作成・見直しハンドブック』
一定規模の企業であれば必須となる「取引基本契約書」。2020年の新民法施行に備え、どこをどう見直せばよいか?条文・判例に忠実な解説でありながら、旧民法に詳しくない管理部門の方でも十分に理解できる平明な筆致で書かれた、バランスの良い書籍です。
取引基本契約書の見直し期限は2018年冬
企業がこれから新規で継続的な取引を行おうとする際、取引するたびにいちいち契約相手方と商品の引渡し・支払条件・受入検査・相手方に担保して欲しい品質責任などについて確認をしていては、円滑なビジネスはできません。そこで、今後発生するであろう二者間の継続的取引における基本ルールをあらかじめ合意しておき、個別の取引においては商品の種類・数量・価格等のみについて確認すれば良い状態にするための契約書が、「取引基本契約書」です。
取引の安全確保の目的はもちろん、従業員が50名を超え取引先が数十社を超えるような規模になってくると、業務効率・生産性向上のためにも、自社用ひな形を持っておくべき契約書の一つ。顧問弁護士や専門書のアドバイスをもとに、すでにひな形を作成・保有している企業も少なくないでしょう。
そして、この取引基本契約書は、2020年4月1日に施行される新民法改正の影響を最も受ける契約でもあります。2020年と聞くと、まだ検討の時間に猶予があるように聞こえるかもしれません。しかし、多くの基本契約書には「1年毎の自動更新」条項が設定されているはず。そこから逆算すると、2019年3月までには新民法施行に沿って見直しされた取引基本契約書のひな形を用意し、新規取引先との契約や既存取引先との契約更新に備えておくのが理想です。社内的には、この2018年の冬シーズンが契約内容見直しの実質的期限と言えます。
旧民法に詳しくない担当者でも読める間口の広さ
本書は、そうした企業法務部門のひな形の見直しニーズに応えつつ、実はまだひな形を作成していなかった企業の管理部門の方が、これから新民法を理解してひな形を作成していくのにも役立つよう、民法の原則・基本・用語から丁寧に解説しています。
章立てについても、
- 第1章 取引基本契約の意義
- 第2章 改正後の民法のポイント
- 第3章 条項毎の取引基本契約書作成・見直しポイント
という順に、いきなり具体的な条項の見直しパートから入るのではなく、契約や民法の基本を押さえた上で解説をしていく構成になっています。
新民法改正に伴い、類書はすでに何冊か出版されていますが、改正前の旧民法を知っていることを前提にした弁護士や専門家向けの解説書が多い中、敷居が一段低く、読者の間口が広く設定されている点、広くおすすめできる本だと思います。
豊富な文献と判例の引用そして実務TIPSがベテラン法務担当者にも役立つ
一方、法務部員の方であっても、これまでの改正に至る議論の経過をくまなくフォローしていた方もいれば、そうでない方もいらっしゃると思います。
その点、本書の解説は、「民法(債権関係)の改正に関する中間試案の補足説明」や「法制審議会民法(債権関係)部会資料」もしっかりと抑えていますし、3月に刊行されたばかりの重要文献である筒井健夫ほか著『一問一答 民法(債権関係)改正』も参照されています。改正の端緒となった判例や取引基本契約に関わる裁判例の引用も丁寧で、初心者向けにポイントや結論だけを端折って書いた本にはなっていません。これ一冊で契約実務への落とし込みが必要な改正民法の知識を総ざらいできます。
加えて、民法改正とは直接関係のない、取引実務に即したTIPSも随所に散りばめられており、たとえば
- 取引基本契約の締結によって双方に具体的な発注・受注義務が生じるのか(P6)
- 継続的契約の解消に制限を設けることにどのような法的議論があるのか(P9)
- 電子記録債権(でんさいネット)の利用契約数・残高の増加ぶり(P127)
- 反社会的勢力に該当するか否かの調査実務(P198)
- 日本法ベースの契約で完全合意条項について定める意味と裁判例(P212)
などは私も参考になりました。腕に覚えのあるベテラン法務担当者でも、新たな発見があるのではないでしょうか。
新民法対応の契約書作成・審査ノウハウが詰まったバイブルとして、本メディアでは『契約審査手続マニュアル』をご紹介していますが、同書の取引基本契約のパート(P132〜145)を補足・拡充する意味でも、本書も併せて備えておくことをお勧めします。
(橋詰)
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