訴訟における企業間NDA(秘密保持契約書)の法的拘束力とその限界
NDA(秘密保持契約書)を締結すると、訴訟でどの程度有利になるのか?企業間の秘密保持義務について争われた数少ない裁判例から、その法的拘束力の限界を探ります。
企業間NDAに関する判例がほとんどないという現実
企業間で取引をする際、まずはNDA(秘密保持契約書)を締結するという手順を踏むことが、多くの企業での当たり前のように行われています。上場企業ともなれば、少なくとも毎日1通はどこかの会社とNDAを締結しているでしょうし、契約件数が多くないスタートアップ・ベンチャー企業でさえ、NDAに限っては馴染みのある契約書として認識しているはずです。
ここで疑問に思うのが、これだけ数多くの件数のNDAが結ばれている割には、実際にNDAを巡って争った事例をほとんど耳にしないということ。果たして、NDAを締結していたことによって訴訟で勝てた・有利になったという事件がどのくらいあるのでしょうか?
そんな疑問から、判例データベースや国会図書館所蔵文献を調査してみましたが、企業とその取締役や従業員との間で守秘義務を争った裁判例はたくさん見つかる一方、企業が取引先との間で締結したNDAについて、その内容や有効性が具体的に争われた判例を見つけることはできませんでした。
契約書に秘密保持義務を定めただけでは思うような法的保護を受けられない
そんな中、NDAそのものに関する事案ではないものの、それに近いものとして、(1)取引基本契約の中に定められた秘密保持義務に違反したとして紛争になったケースと、(2)システム製造販売契約の中に定められた秘密保持義務に違反したとして紛争になったケースの2つを、かろうじて見つけることができました。
(1)不正競争行為差止等請求事件(大阪地判平成24・12・6裁判所HP)
原告P社が、自ら開発した撹拌造粒装置の主要部分の製造を被告K社に委託。K社がP社との取引関係が終了した後に他社の委託に基づき撹拌装置を製造・製造販売した行為について、P社が特許権侵害等の他に秘密保持義務違反を争ったという事件です。
P社とK社との基本契約には、以下の秘密保持義務がありました。
第35条(秘密保持)
1) 乙は,この基本契約ならびに個別契約の遂行上知り得た甲の技術上および業務上の秘密(以下,機密事項という。)を第三者に開示し,または漏洩してはならない。但し,次の各号のいずれかに該当するものは,この限りではない。
① 乙が甲から開示を受けた際,既に乙が自ら所有していたもの。
② 乙が甲から開示を受けた際,既に公知公用であったもの
③ 乙が甲から開示を受けた後に,甲乙それぞれの責によらないで公知または公用になったもの。
④ 乙が正当な権限を有する第三者から秘密保持の義務を伴わず入手したもの。
2) 乙は,機密事項を甲より見積作成・委託・注文を受けた本業務遂行の目的のみに使用し,これ以外の目的には一切使用しない。
P社は、取引終了後にK社が利用した技術情報が、この35条の「甲の技術上および業務上の秘密」にあたると主張しました。しかし、裁判所は以下のように述べ、不正競争防止法に定める営業秘密の要件を満たさない情報について、契約上も特別な義務を負わせることは認められない、と結論付けました。
本条における秘密保持義務の対象については,公知のものが明示で除外されている(本件基本契約35条1項②及び③)。そして,被告は,原告の「技術上および業務上の秘密」(本件基本契約35条1項本文)について秘密保持義務を負うと規定されているが,その文言に加え,被告の負う秘密保持義務が本件基本契約期間中のみならず,契約終了後5年間継続すること(本件基本契約47条2項)に照らせば,原告が秘密とするものを一律に対象とするものではなく,不正競争防止法における営業秘密の定義(同法2条6項)と同様,原告が秘密管理しており,かつ,生産方法,販売方法その他の事業活動に有用な情報を意味するものと解するのが相当である。
このように本件基本契約上の秘密保持義務についても,非公知で有用性のある情報のみが対象といえるため,前記4で論じたこと【橋詰注:原告主張ノウハウは,いずれも原告製品の形状・寸法・構造に帰するものばかりであり,それらを知るために特別の技術等が必要とされるわけでもないということ】がそのまま当てはまるところ,被告に上記秘密保持義務違反は認められないというべきであり,原告の上記主張は採用できない。
(2)製造販売差止等請求控訴事件(東京高判平成11・12・8裁判所HP)
原告M社が開発したカードポイント管理システムについて、被告F社がこれを利用するPOS機器を販売しており、両者は「カードポイント管理システム対応PSシステムの製造販売に関する契約」を締結。M社はこの契約の第5条として定めた秘密保持義務に基づき、F社にカードポイント管理システムの技術情報を開示しました。
その後、F社がこの技術情報を使用したPOSシステムを小売店に使用させた行為がM社との契約に定める秘密保持義務に違反するとして、M社が訴訟を提起するに至りましたが、裁判所は、
本件契約において、本件契約第五条一項但書②の「公知または公用の情報」に、公然と知られ、又は公然と実施されている情報から容易に想到し得る情報が含まれるものと解しても、格別契約当事者の合理的意思に反する結果となるものとは認められない。
同号証記載の技術と公知のカードポイントシステム(原判決九二頁七行目から九三頁九行目まで)とを組み合せることが、一般人やPOS端末機製造販売業者にとって、容易に想到し得るものとはいえないと主張するが、カードポイントシステムにおける累計ポイントの最新更新年月日に相当するものが、クレジットカードにおいては最新使用年月日に当たることは明らかであり、また、同号証記載の技術を公知のカードポイントシステムに適用することがPOSシステム又はPOS機器の製造販売業者にとって、容易に想到し得るものではないとする理由については具体性を欠き、控訴人の主張はいずれも採用することができない。
と述べ、M社が開示した情報それ自体が「公知または公用の情報」でなくとも、当業者が容易に想到するものであれば「公知または公用の情報」に該当し、秘密性は認められないと判断しました。
数少ない裁判例に共通する契約による秘密保護の難しさ
これら2つの裁判例に共通して示されているのは、いくらガチガチの厳格なNDAを締結して「この情報は(世の中的にどうあれ)当社にとって大切な秘密情報である。だから漏えいしたら損害を賠償してもらう」と迫ったところで、その情報が不正競争防止法に定める営業秘密の3要件、すなわち
- 秘密管理性
- 有用性
- 非公知性
を満たすような情報でなければ、契約で法律上の要件を上書きして緩和し、過度な義務を相手に負わせることはできないということ、そして、特に非公知性・有用性の2つを立証することは相当難しい、ということです。
逆に言えば、もしあなたの会社が「当社が渡す情報はすべて秘密であり、その一つでも漏えいしたら違約金を支払うものとする」とするような理不尽なNDAを結ばされ、契約上不利な立場に立たされたとしても、裁判でそのまま不利に取り扱われることはない、ということでもあります。
なお、営業秘密として認められる3要件について詳しく知りたい方は、経済産業省の「営業秘密管理指針」を確認してみてください。
NDAだけに頼らない実効的な秘密管理こそが重要
「他社とビジネスを始める際には、必ずまず初めにNDAを結ばなければならない」
「NDAさえ結んでおけば、いざというときに裁判に訴えて自社の情報(秘密)を守ることができる」
現代の神話とも言うべきこんな誤解から、企業間取引に必須の儀式であるかのように締結されている契約書の筆頭がNDA。NDAさえ結べば秘密情報は守られたも同然と、なかばペーパーワーク化させてしまっているビジネスパーソンも、決して少なくないものと思います。
そもそも秘密情報を安易に渡さない、渡すとしてもそれがコピーされたり独り歩きしないような形式にするといった、NDAだけに依存しない実効的な秘密管理の手法を検討することこそが重要だと考えます。
画像:Rawpixel / PIXTA(ピクスタ)
(橋詰)
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